第14話

「というわけで、僕はどうすればいいかな?」

「やればいいじゃん」

「お前は一体何を言っているんだ?」


 僕は父上が好きかもしれない、と言った相談をナナは一言で片付けた。

 それでいいのか?

 すぐわきで、リュウで戯れている数十人の子供たちの父親じゃないのか?


 …寝転んでいるリュウの体が、子供たちに遊具のように扱われている。

 どうにかしろと、リュウが視線で訴えてきている気がしたが、無視してナナと向き合った。


「父上はナナと何人も子を残しているのに、僕が父上に想いを伝えることを何とも思わないのか?」

「それの何が悪いの?」

「いや、悪いのって…」


 ナナがあまりにも不思議そうに言うので、僕は自分こそが間違っているのではないかと思ってしまった。


「だって、父上は立場的に、ナナの夫でもあるだろ。それを、僕がとってしまうようなこと、気にならないのか?」

「ロイってほんと、頭が固いよね。それ、どうにかした方がいいよ」

「なんで僕の方がおかしいみたいな話になってんだよ!」


 ナナの憐れんだ目がムカつく!


「要は嫉妬しないのかって話でしょ。するわけないじゃん」

「なんでだよ?父上を愛してないのか?」

「愛してる。大事だし、仮にお父様と私のどちらかが消えなければならないとかなったら、私が消えるくらいには大切」

「じゃあ、なんで?」

「あの人は、私たちを作りし神様だから」


 その言葉は、僕たちが持っている本質を鋭くえぐった。


「昔お父様が話してくれた世界の話を覚えてる?」

「…父上が住んでいた地球の話しか?」

「そう。ロイはその時の話に強く憧れてたから、お父様の言うことを信じて、お父様が私たちと同じ存在だって思ってるのかもしれないけど、私はそうは思わない。

 お父様と私たちは同列じゃない。私たちが下で、お父様こそが上。それも、圧倒的に手の届かない存在が、気まぐれで私たちのお父様をしてくれているだけ。

 強靭な肉体も無ければ、特別な力もない。あるのは無限の命と、底抜けの明るさだけ。でも、そんなお父様に、私たちは全てを捧げてしまう。


 まるで、そう決められているかのように」


 そう語るナナの内心は、僕には到底推し量れない。

 けれど、力なく笑うその顔は、普段快活な彼女も思い悩んでいたことを教えてくれた。


「ロイも感じてるんじゃない?」

「何を?」

「自分が訳もなく、お父様を狂おしいほどに求めてしまうこと」

「……」

「その感情が何なのか知りたくて、お父様に抱かれてみたら少しはわかるのかもって思った。…けど」

「何かわかったのか?」

「ううん。何もわからなかった。むしろ、お父様の瞳を間近で覗き込んだとき、その奥には全部を呑み込んじゃうような底があった。

 その時わかった。

 ああ、この人は私たちとは違う存在なんだ、…って」


 ナナの言う底というものが何かはわからない。

 けれど、父上を狂おしく求めてしまう感情は理解できる。


「だから、ロイがお父様に愛を告げるのを、私は止めないよ。私たちにはあの人を愛して、全てを捧げようとする本能みたいなものが備わってる。

 でも、お父様は誰の物にもならないし、そんなこと誰にもできない。


 だって、あの人は時の終わりを見る人だから」


 僕は想像する。

 もしも父上に全てを捧げることができたなら、それはどんな幸せなことだろうか。

 ひょっとしたら僕たちがそう感じることは、父上が望んだことなのかもしれない。


「…じゃあ、ナナはそれを承知の上で、父上に抱かれにいったのか」

「ううん。あれはお父様のナイスな体にすんごくムラムラしたから。今まであれこれ話したことは、やった後お父様の胸の中で賢者タイムに浸りながら考えてた」

「深い話が急に浅く思えてきたな」

「お父様だって、気持ちよくて良かったって言ってたもん!」

「やかましい!」


 ナナは僕のツッコミにけらけらと笑っていた。


「まあロイもとにかくやってみたら、気持ちよくてスッキリするよ」

「今までの話で出た結論がそれかよ!?」

「ロイが気が引けるって言うから、そんな必要ないって言ってあげただけじゃん。いいんだよ、自由で。

 だって私たちは、お父様の子供たちなんだから」

「それ言われるとぐうの音もでねえ」


 そういえば父上が悩んでるとことか見たことない。

 少しはあの態度を真似てみろということだろうか?

 いや、無理だな。できる気がしない。


「昇りくる朝日や、夜を照らしてくれる月を理由がなくとも愛してしまうように、お父様は大きすぎる存在だから無条件で愛してしまう。でもそれでいい。

 この感情がどこから来るか気にするより、感情に従って素直に行動する方が幸せになれる。

 現に私今幸せだし、ロイも子供作ってみたら?」

「…いいのかな、こんな体でも…」

「大丈夫大丈夫!私でもお父様欲情したんだもん。ロイも顔は良いんだから、きっと抱いてくれるよ!」

「お前本当に言い方飾らないな!」

「お父様の娘だからね!」


 きらん!と舌を出しておどける顔が、憎らしいほど魅力的だ。

 僕もお父上と愛し合うことができたら、少しは変わることができるだろうか?


「それに、私たちは途中で脱落するけど、子供たちなら血をつないで、私たちよりもお父様についていくことができるかもしれないんだよ」

「…!確かに…」

「お父様が子供たちを見て、いなくなった私たちのことを思い出してくれると思うと、なんかエモい感じがするでしょ!」

「な、なるほど…。

 父上を子孫が末代まで支える…、良いかもしれない…」

「何が良いの?」


 いつの間にか父上が隣にいた。


「ち、父上ー!?」

「あれ?家に帰ってきたときにただいまーっていってたけど、気が付かなかった?」

「す、すみません。話に夢中で気づきませんでした」

「へー。そんな夢中になるってことは、よっぽど大事な話なんだね!」

「あ、あはは…」


 あなたをやるかやらないか話してただけですよ、と言えずに曖昧に笑ってごまかす。


「そうだお父様!ロイがお父様にデートに誘ってほしいって!」

「うえっ!?」

「いいよ~」

「うええええーっ!?」


 あっさりオッケーされた!?


「じゃあ、ロイ」

「は、はい…!」

「俺とデートしてくれないか?」


 父上が極上の笑顔で手を取りささやいた。

 その瞬間、僕のためらいや遠慮は銀河の遥か彼方へ飛んで行ってしまい、ただとろけた顔と頭で頷いていた。


「はい…。父上となら、どこまでも…」

「…見てたらやっぱムカついてきたわ」


 ナナが面白くなさそうに吐き捨てていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

仲違いがちな神様たち 一人神話創造記 cheese3 @cheese3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ