第13話

「す、すすすす好き好き好きだってー!?」

―だからイライラしてんだろ。親父がお前の好意に気づかないことにもやもやしてるし、お前は親父をクソの中から拾い上げたナナに嫉妬してるんだよ。あーあ、僕の方が先に好きだったのに出遅れちゃったー!ってな。

「そ、そそそそんなこと!」

―親父の事嫌いなのか?

「父上を嫌うなんてありえない!」

―ほら、やっぱり好きなんだろ。

「うぐっ!?」


 足元がふらついて、顔が熱くなる。

 言われてみたら、ところどころ思い当たる節はあるけど、僕が抱えてるもやもやって、まさかそういうことなのか!?


「で、でも、父上が僕のこと好きかどうかなんてわからないだろ!」

―そりゃあ、親父がお前のことを肉欲含めて愛してるかなんて、俺にはさっぱりわからんよ。それがわからないからこそ、お前もどうしていいか迷って悩んでるんじゃないのか?

「それは…」

―あくまで個人的な意見になるけど、おおかたお前は、自分にはできないことができたナナを見て、どうしようか迷ってるだけなんだよ。

「迷ってるって…、何を?」

―決まってんだろ。親父をやるかやらないかってことだよ。

「わー!そんな不潔なこと言うな!」

―肉欲に綺麗も不潔もあるかよ。

 第一、そういうものが欲しくて、その体になったんだろ?


 僕は自分の体を見下ろす。

 ナナとは比べ物にならないほど、薄く貧相な体。

 けど、僕とナナは、父上を見た時、確かに似たような願いを持ったのかもしれない。


―くっそでかい力も捨ててその姿になったのに、今さら何が怖いんだよ?

「…だって、拒絶されたらどうするんだよ…」

―はぁ~?


 クロが心底理解できないというため息をついた。


―お前、ナナとも抵抗なくやった親父が、今さらお前のことを拒絶することなんてあり得ると思うか!?

「…わからないじゃないか。僕の体はナナと違うんだから」

―んなわけあるか。親父は母さん達ともやった男だぞ。今さらロイ程度の特異性に腰が引けるとは思えん。


 クロの言うことはいちいち容赦がなく、僕も思わず頷きたくなるような内容ばかりだった。


―はっきし伝えてやる。親父はお前が告白してやろうと誘えば、一も二もなくオッケーするだろうな。命賭けてもいいぜ。

「そうかな~。父上、僕みたいなやつでも、受け入れてくれるかな~」

―まあ、うじうじ悩むのはいいけど、結果はわかりきってる。ドーンと突っ込んで来い。親父なら必ず受け止めてくれる。

「…なんか、クロって鳥のくせに、僕が悩んでたこと全部に答えを出しちゃうんだね」

―お前がわかりきったことに悩みすぎなんだよ。鳥じゃなくてもどうすればいいかわかるわ。なんでこんなわかりきったことで悩むのか、ほんとに意味わからん。

「ふに~……」


 クロの容赦ない言葉に、僕の心はしおしおとしなびてしまう。

 そうか…。

 他の家族から見ても、こんなにわかりやすかったのに、わかってないのは僕だけだったのか。


「…ありがとうクロ。なんか、僕の悩みに付き合ってくれたおかげで、どうすればいいのか少しわかった気がするよ」

―こんだけずばずば伝えてやったのに少ししかわかんなかったのかよ!?

「い、いいじゃないか…。人には人のペースってものがあるんだよ」


 クロの信じられないというようなニュアンスに、言い訳するような言葉を返す。

 人間は言われたからといって、すぐに行動できるほど勇敢でもないし、恐怖を忘れることはできない。

 ましてやそれが、最愛の人からの拒絶がありうるかもしれないと思うと、少しは躊躇うくらい仕方ないだろ?


―はぁー。まあいいけど、一つだけ忘れんなよ。

「忘れんなって…、何をさ?」

―お前は人間だってことをだ。

「……」


 クロのニュアンスは、本当に僕が普段考えたくないことを的確に突いてくる。



―忘れんなよ。お前とナナは、親父と同じ目線で生きるために、明確なタイムリミットをつけているんだ。

「わかってるよ」

―まあ、だからこそ、お前たちは限られた命を最大限に活かすために、色々と突拍子もない行動が取れるのかもな。


 クロが少し笑っていた。


―俺たちは極めて長いサイクルの中にいるけど、ロイとナナは違う。

 お前たちが恋だの子供だのにこだわるのは、その短命さゆえのことだろうし、死ぬことも承知の上で親父に執着できる、その必死さが俺には少しだけうらやましい。

「…ありがとうクロ」

―おうおう。もっと感謝しろ。

 鈍感な兄?姉?

 …まあ、どっちかよくわかんねえけど、やらないで後悔するなよ。

 お前ら、すぐ死ぬんだから。


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