第12話

「初めまして。君はどんな子かな?」


 最初の記憶。

 僕は父上の手の中にいた。


―わからない。僕は何?

「君は僕の子供だよ。

 そうだな…、左手の子がナナで、君はロイって名前にしようかな」


―ロイ…。それが僕?

「そう。いい名前でしょ」


 いい名前かどうかはわからなかったけど、この人が言うのならそうなんだろうと思った。


―僕、あなたと同じになりたい。

「えっ?ロイは人間になりたいの?」

―…たぶん、そう。


 なんでそう思ったのかはわからないけど、僕は目の前の心惹かれる人と同じになりたいと願った。


「君は何にでもなれるだろうに、俺みたいな人間になりたいのか…。いいよ!なら、俺の体を分けてあげるから、それじゃあ光、あれで頼む!」


 だから、あれってなによ!?

 そんなニュアンスがあった気がした。

 けど、やがて体が形作られていくに従って、そのニュアンスも届かなくなり、僕は自由だった体を捨てて、不自由な肉の体を手に入れた。


「俺の名前は真昼。君たちのお父さん。よろしくね」


 父上がしゃがみこんで笑顔を見せてくれた。

 その時に見た笑顔があまりにも素敵だったから、僕はなるべくしてこの人の子供になったんだと理解したものだった。

 



「夢か……」

 目覚めると、懐かしい記憶は薄れ、朝から騒がしい我が家が目に入ってくる。


「ほぎゃー!ほぎゃー!」

「うおー!ほらほらパパですよー。泣き止んでちょうだいべろべろばー!」

「きゃっきゃっ」ビーム!

「ぎゃー!俺の顔面が消し炭になったー!」

「それでも赤ん坊を落とさないあたり、さすがだねお父様」


 父上とナナは自分たちの赤ん坊の世話で大忙しである。

 なんせここ最近で赤ん坊の数は増えに増えて、十人以上になっている。

 

 やりすぎだ。

 ナナのブレーキは完全崩壊している。

 自重しろ。


 そう思わなくもなかったけど、好き放題されているはずの父上は楽しそうに笑っている。

 その笑顔を見るたびに、なぜか心が傷む。


「なにか、しんどそうな顔してるけど、大丈夫かいロイ?」


 いつの間にか父上が心配そうな顔で僕を見ていた。

 その瞳を見るのがなによりも好きだったけど、今はなぜか辛い。


「…いえ、まだ寝起きでぼんやりとしているみたいです。

 …顔を洗ってきます」

「そうかい?なら、いってらっしゃい」


 笑顔の父上に見送られる。


 反射的に、赤ん坊たちに向ける顔と僕、どっちの方により感情がこもっているか比べている自分がいて、急に自分が薄汚れた存在になった気がした。


 せっかく父上からもらったこの体をダメにしている。

 そんな気分から、今は一刻も早く逃れたかった。




「はー…。僕って、ダメだなー」

 海の水を顔に浴びると、もやもやしていた気持ちも少しは楽になった気がした。

 とはいえ、気持ちは楽になっても、家に帰れば幸せそうな父上達を見て、また落ち込む気がするので、砂浜に一人で座り込む。


 太陽に照らされた海は本当に綺麗だ。

 なのに、薄暗く荒れていた大地で、父上と一緒に過ごしていた日々の方が綺麗で輝いていたように思えてしまうのはなぜだろう。


―落ち込んでるとこ悪いけど、少しはスッキリしたか?

「…クロか」


 いつの間にかクロが隣にいた。

 そんなことにも気づかないほどボーっとしていたことに苦笑してしまう。


「別に落ち込んでなんてないって」

―俺が隣にいるのに、全然気が付かなかったのに?

「…なあ、クロ」

―なんだ?」

「僕って…、落ち込んでるのかなー?」

―誰がどう見ても落ち込んでるよ。気づいてないのは忙しいナナと鈍感な親父だけだ。


 クロの言葉に少しだけむっとする。


「父上は鈍感じゃない」

―どっからどう見ても鈍感だろ。だから、ナナの好意に気が付かないでやられちまうんだよ。

「その言い方止めろよ!」

―事実なんだからいいだろ。お前は親父をナナにかっさらわれたから落ち込んでるだけだ。

「…っ!」



 かっとなって、クロの喉元に光の矢を突きつけた。

 クロはそれを、微塵も揺らがない瞳で見つめていていた。


―お前は不自由になったな。生まれた時は、あんなに絶大で、俺たちなんて足元にも及ばないほどすごい存在だったのに。

「僕は劣った存在になったわけじゃない」

―そうだろうな。なんせ、お前はこの世で一番望む物を手に入れるためにその姿になったわけなんだからな。

「…?なんだよそれ。クロに何がわかるっていうんだ?」


 クロのニュアンスは謎かけのようだった。

 僕が不自由で弱くなったから何だって言うんだ。

 それでも、僕はこの存在になったことを一度も後悔したことがないというのに。



―ここまで伝えてまだわかんないのか?

 …お前は、親父が好きなんだよ。


 僕は頭から砂浜に埋まった。

 クロのニュアンスは僕にとって衝撃的だった反面、心の中になるほどと頷いている自分もいるようで、少し腹が立った。


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