第五話『お伽草子〜うらたましろ〜』
『ましろちゃんの過去へのタイムスリップ計画』の広告は、リューグジョニウム事件並の波紋を巻き起こし、SNSを中心に、見る見るうちに拡散されていった。
半年前は、完全に世間から見放された浦田真白だったが、今回の計画には、とんでもない数の参加希望者が殺到した。
SFマニア、この世に辟易する者、野生への回帰を望む者、この世の享楽を堪能し尽くし暇と金を持て余した資産家、人に話せないような事情で現在から過去に逃れたい人、浦田真白と同じく研究成果を揉み消されたり横取りされた研究者。
採用されたのは、総勢百二十三名。
また、タイムスリップが片道切符ということもあり、後先を考えずに全ての資産をラボに寄付する者も多く、当初の予定の二倍、二万四千年分のリューグジョニウム材料を用意できた。
そして……
タイムマシンが完成した。
その名は、『タイムカプセル』。
二つの、楕円体のカプセル。
カプセルの一つの大きさは、東京ドーム一個分相当。
これといった突起や外付けの装備は無く、それを巨人が手で掴めば、海で水切りの石に使えてしまいそうな形状。
それぞれのカプセル内には、阿久田素子科学ラボラトリーに元あったエネルギー領域十一テラボルトの
そして今、加速器跡地、タイムカプセルの一つの目の前で、浦田真白と阿久田博士が立っている。
浦田真白は、
「何だかヘンテコなデザインよね。亀の子
と、ゴツゴツしたカプセルの表面を撫でる。
阿久田博士は浦田真白の真似をして、カプセルに手を伸ばし、
「外観のダサさには目を瞑ってくれ。なんたって、一万二千年もタイムスリップしたら、地形も変わるし、どんな場所に着くかはわからないんだ。火の中、水の中でも問題無いよう、耐熱性、耐水性、強度の高いものにしてくれと頼んだのは、浦田くんだろう?」
と言うと、ゴンゴン、とカプセルの外壁を叩く。
「うん、そうだけど、それよりも……」
実は、この計画には差し迫った問題があった。
反乱分子がいたのだ!
「厄介な奴らがいるわね。どうして採用しちゃったのかしら、自称資産家の
「うむ。他の研究者にも、タイムマシンを他の目的に使おうと呼びかけて回っているみたいだな。反逆者どもを強制解雇して、プロジェクトから離れてもらうか」
「いや、それだと……離脱したあとで、逆恨みからどんな嫌がらせをされることか。裏でコソコソ、スパイみたいなことをするような奴よ? きっと根本的解決にはならないわ」
浦田真白は訴える。
「くっ、それもそうか……」
と、阿久田博士はカプセルを殴りつけ、
「浦田くん、何か案はあるのか?」
と、少々怒り気味に尋ねる。
浦田真白は、ニヤリと笑い、
「決まっているでしょう? 私たちには、これがあるじゃない!」
と言って、首と四肢を引っ込めた亀のようなタイムカプセルを、ポンポンと叩く。
「浦田くんまさか……一応聞くが、何を考えてる?」
「そんなの決まってるじゃない……」
腰に手を当て、自信ありげな浦田真白は、
「過去に行くのよ、ほんの少しだけね。で、あのスパイどもを、面接で落とすのよ!」
と、提案する。
「ああ、なんてこった! 過去に行くために過去に行くなんて! まるで多段式ロケットだ! でも、一度過去に戻ってしまえば、浦田くん、君は現代に帰ってこられない。文字通り、過去に囚われてしまうんだぞ?」
消極的な阿久田博士。
「ええそうよ。それに二人の浦田真白が同時に存在すれば、どんなタイムパラドックスが起こるか、さっぱりわからないわ」
浦田真白は、あまりに軽々しく、冗談めかす。
「そんな危険に、君を飛び込ませるわけには! それにまだ、農業を破壊する具体策も
「いいえ、やるわ。ちゃんと計画があるもの」
「待て、浦田くん考え直せ! 他にも何か方法があるはず——」
阿久田博士は浦田真白の両肩を掴み、説得を試みるが……
「うるさいっ!!!」
と、手を振り払われてしまう。
浦田真白は、自分が無意識に大声を上げたのに気付き、
「ごめん……あれ以来、否定されることに過剰に反応しちゃうのよね。でも一旦、私の計画を聞いてくれない?」
と頼むと、
阿久田博士は、
「わかった、聞こう」
と快諾する。
「ありがとう。計画はこうよ。タイムカプセルの一台に、私が単独で乗り込む。二ヶ月前に戻って、スパイの二人を面接で落とし、加入を阻止する。あいつらがいなくなっても、タイムマシンは確実に完成する。だって、お金持ちだか何だか知らないけど、寄付もケチケチした額だったし、研究にはまるで何も貢献していないんだもの。で、現代が、奴らがラボにいない世界に変わったら、博士は残りの皆を引き連れてもう一台のタイムカプセルに乗る。ランデブーポイントは、西暦を無理やり適用して、紀元前一万二千年の一月一日、座標『北緯三四・三一二四五六一度、 東経一三四・七七一一四〇九度』の、おのころ島神社のあるところ。あと、農業を破壊する方法だけど……博士の方でなんとかしといて! 私は現代から遡って二ヶ月前の世界で、いつまででも待っていられるから、拾いに来るまでに頑張ってその手段を用意してほしいな! はいこれ、今言った内容のメモね!」
浦田真白は、否応なしに、阿久田博士にメモを突きつける。
「お、おう、了解した。でもどうして淡路島集合なんだ?」
と、阿久田博士が疑問を呈すると、
「イザナギとイザナミが国生みをした土地だからよ。日本の農業から破壊するなら、せっかくならそこからがいいかなと思って」
と、意味不明な返事が返ってくる。
「はぁ、相変わらず突飛でよくわからんことを言うなぁ、浦田くんは」
「でしょっ? てことで、そんな感じでよろしく!」
◀︎◀︎◀︎
作戦当日の夜。
ラボでは、反逆者の
加速器の跡地、巨大なタイムカプセルの前で、向かい合う浦田真白と阿久田博士。
「おい浦田くん! 大陸移動をちゃんと計算に入れるんだぞ! でなないと到着先の場所も時代も無茶苦茶になるからな!」
と、愛弟子が心配でしょうがない阿久田博士は、念を押す。
「はーい任せて、わかってるって! こんなの簡単なんだから!」
と浦田真白は余裕をかまし、しばしの別れに際し、これっぽっちも名残惜しさを感じさせない。
浦田真白は、明日も会える、というくらいに軽く手を振って、タイムカプセルに乗り込む。
カプセル内で、寄り道はせずに、早歩きで操縦席へ向かう。
目的の部屋の前に立ち、自動ドアが開くと、
小さめの、透明のフロントガラスに、スイッチやレバーでごちゃごちゃの操作卓。
電光パネルには、『XXXXXX年 XX月XX日 X緯XX.XXXXXXX度 X経XX.XXXXXXX度』と、未設定の行き先の表示。
浦田真白は着席し、設定を始める。
「えーっと、タイムスリップ先は、二〇一四年、〇五月二八日、北緯三四・七三四〇三八二度、東経一三五・一九三九〇一二度の六甲山のど真ん中っと。あっと危ない、大陸移動補正もオンにして……リューグジョニウム用のパラジウムは五百グラム、水銀は、一ボトル一ガロンだからリットルに直すと……四・五リットルよね。もう、博士ったらなんでわざわざ体積の単位を変えるのよ、邪魔くさいわね!」
と、文句を垂れながら、始動スイッチを押した。
タイムカプセルは、
\リュグリュグリュグリュグリュグリュグリュグリュグリュグリュグッ/
と、奇妙な音を立て、
\ジョウッ!/
と、どこかへ消え去った。
◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎◀︎
直後。
タイムカプセルは、
\ニゥム/
と、どこかの時代の、どこかの土地に到着した。
森の中。
タイムカプセルの扉が開く。
眉間に皺の寄った、浦田真白の姿。
「ちょっとまずいかも! 一ガロンってアメリカ式の方だったのね、三・八リットル、今思い出したわ……って、ここ、なんだか見覚えあるような景色なんだけど?」
不穏な一言。
森は森でも、島。
そしてタイムカプセルの一部がなんと、立派な和風建築の一棟に、ブッ刺さっている。
破壊された建物の壁の隙間から見えるのは……
黒の、達筆な毛筆字体で、『
襖で空間が仕切られ、畳が敷き詰められた部屋。
明らかに、室町時代、
そこに、男の声がした。
「おいっ! 何してくれやがる! オラのウチがぁ! 馬鹿馬鹿馬鹿!」
建物の持ち主のようだ。
男は、上裸に袴、裸足に草履を履いている。
そして、持っている釣り竿でバシバシとタイムカプセルをしばく。
浦田真白は、見慣れない見た目の男に、
「えっと、どちら様でしょうか?」
と尋ねると、
「てめぇこそ何ものだい!」
と、キレ気味に返される。
当然である。
浦田真白がタイムカプセルに乗ってやってきたのは……
室町時代の京都、彼女の実家の近く、
うらたましろ 〜リューグジョニウムはあります!〜 加賀倉 創作 @sousakukagakura
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