第四話『タイムマシン完成!?』

 

 浦田真白は、阿久田史哉あくたふみや博士の友人である人類学者佐備円周作さびえんしゅうさくの助言を踏まえ、何としても四万年前に戻って、人類の『虚構』を生み出す能力の獲得を阻止しようと、リューグジョニウムを使ったタイムマシン作成に着手し始めた。どうすれば人類が虚構の有用性に気づかないようにできるか、また、果たして本当にタイムマシンは作ることができるのか、確かな自信は得られないまま、浦田真白と阿久田博士は、朝も昼も夜も、加速器を動かし、原子核同士の衝突合体実験を重ね、リューグジョニウム生成に明け暮れていたが……



__阿久田あくた素子そし科学ラボラトリーにて__


 実験再開から三ヶ月、二人は重大な発見に至った。



 金属まみれのドーナツ型の施設の中。


 ヨレヨレの白衣を着た阿久田博士が、複雑な、だが真剣な表情で、宣告する。

「浦田くん。今日の水銀とパラジウムの合体実験の結果なんだが、良い報告と、悪い報告が一つずつ。どちらから聞きたいだろうか?」


 浦田真白は、

「そうね……じゃあ、いい報告から、頼むわ。私は食事の時も、一番好きな食べ物から食べることにしているから」

 と答え、唾を飲んで白い首元を上下に動かす。


「わかった。まず良い報告だが……リューグジョニウムがぐるぐると回っている加速器の円の内側に存在するものは、過去に行ける、と判明した」

 いい報告のはずが、阿久田博士の表情は固い。

 一方で浦田真白は、屈託のない笑顔で、

「本当!? それじゃあ、一応タイムマシンは完成ってことよね、円の内側に人間を置けば……」

 と、期待を膨らませる。


「そういうことだ。周長十キロメートル。とんでもなくデカいタイムマシンだ」

「でも、どうやってそんなことが確認できたわけ?」


 阿久田博士は、少しモジモジとしてから、ボソッと、

「チューリップだ」

 と呟いた。


「はぁ、チューリップ。どういうことかしら?」

 浦田真白は、純粋な疑問を呈する。


「加速器の内側に、チューリップを植えていたんだよ。赤いチューリップをね。加速器が起動して、リューグジョニウムが生成される前後で、チューリップの花がやけに成長していたのに気づいてね。小さな蕾だったのが、立派に、満開に咲いていた。小さな蕾が過去に行って、花になって現代に現れた、というわけだ」

 阿久田博士は、やや生き生きとして、花について語る。

 

 が、浦田真白は、

「あらそう、素敵じゃない。でも、蕾が開くくらいの時間じゃダメだわ。最大で、どれくらい過去に戻れるのかしら?」

 と、チューリップよりも、タイムマシンの性能が気になる。


「そう、その点なんだよ、問題があるのは」

 阿久田博士は、苦虫を潰したかのような顔でそう言った。


 浦田真白は、表情を曇らせ、

「あっ、てことはもしかして、四万年前まで……」

 と言いかける。


「浦田くん、お察しの通りだよ。どう頑張っても、四万年前に戻るだけのリューグジョニウムは、用意できそうにない。リューグジョニウムを使って過去に戻る場合、その量と過去へのタイムスリップ幅は比例する。多ければ多いほど、より遠い過去へ戻れる。そうだなぁ、材料費や電力消費、加速器の維持費から考えて……効率化を図ったとして、一万年と、良くて二千年前だろうな」

 肩を落として、一層やつれたように見える阿久田博士。


「つまり、人類が虚構を生み出す能力を身につけた後でしか、原始人に接触できない。いや、一万二千年前って言ったら、日本は縄文時代に入っている頃よね。人類は、文明人になりかけよ? あーもう! 結局『農業』を破壊しなくちゃならないじゃない!」

 くずおれる、浦田真白。


「それにあれだぞ? 一万二千年というのは、それこそ過去に高飛びできる前提で金を借りまくって、尚且つ人手も増えた時の理想の数字に過ぎない」

「振り出しに戻る、か。この間来てくれた佐備円周作さびえんしゅうさくさんにも、何だか申し訳ないわ」

 

 浦田真白は、しょんぼりとしている。


「……」

 阿久田博士も、もどかしそうに、黙りこくる。


 万事休すか、と思われたが……

 

 浦田真白は、ニヤつきながら、

「……ねぇ博士、お金と人員があれば、状況は良くなるわよね?」

 と尋ねる。


 もはや諦めモードの阿久田博士は、

「まぁ、そうかもな」

 と、適当な返事をする。


「私に任せて!」


 浦田真白は、名案を思いついたようだ。


◀︎◀︎◀︎


__翌日__


 いつものように、ラボに来た浦田真白。


 いつもと違うのは、そのテンション。


「博士ぇー! おはよぉー! 今日もいい天気ねっ!」


「なんだ浦田くん、やけに元気だな。というか、外は我々の苦悩の涙の如く土砂降りだぞ?」


「なぁに言ってるのよ! そうやって既存の枠に囚われてばかりだからダメなのよ、博士は。で、これ見て!」

 浦田真白は、一枚の紙を、阿久田博士に突きつけた。


———————————————————————————

◀︎◀︎◀︎ましろちゃんの過去へのタイムスリップ計画◀︎◀︎◀︎

 どうも〜。

 地獄の底から舞い戻りし素粒子物理学者、浦田真白です。

 私は、まだ生きてますよ?

 今日は、大きなご報告があります。


 SF好きのあなた!

 過去の地球を見てみたいあなた!

 どうしても何かから逃れる必要のある訳アリなあなた!

 はたまた歴史修正『主義』止まりの、ちょっとワルなそこのアンタ!


 完全実力重視で、時間逆行元素リューグジョニウム研究のメンバーを募集します!

 最終目標は、タイムマシンを使って一万二千年前にタイムスリップをして、『農業』をこの世から消し去ります!

 先に謝罪を。

 農家の方、食品生産に携わる全ての皆様、申し訳ございません。

 私、浦田真白は、この生き辛く争いの絶えない世界ができた根本要因は、人類があまりに増えたから、だと判断しました。

 そして、人口爆増は、『農業』という画期的な食料生産方法の確立に起因すると考えます。

 過去に行って、人類に『農業』をやめさせれば、気ままに、その日暮らしで木の実や獲物をとっては寝て、の生活が続くでしょう。

 縄張りも、面倒な人間関係も、チクチク攻撃してくる輩もいません(肉食獣には気をつけねないとねっ!)。

 地球を理想郷とするために、過去を変えましょう!

 ご応募、どしどし、ドシドシ、お待ちしております!!!!


 参加条件:有能なら誰でも。寄付があればなお有難いです。

 研究場所:兵庫県神戸市中央区阿久田あくた素子そし科学ラボラトリー

 応募方法:上記へそれっぽい書類送付をお願いします。直接門を叩くも可!

 報酬:過去へのタイムスリップ。縄文人にマウントを取れちゃうかも?(逆撫でしてぶっ殺されないように注意!)

 警告:片道切符です。

 責任者:素粒子物理学者浦田真白(うらたましろ)、原子核物理学の権威阿久田史哉(あくたふみや)


【注記】

 こちらは詐欺広告ではありません。

 皆さん、国際研究公正委員会や世間の声に騙されないでください。

 タイムマシンは、ほとんど完成しています。

 \\\\リューグジョニウムはあります!////

———————————————————————————


「何だ……これは?」

 戸惑う阿久田博士。


「広告よ、広告。これで研究メンバーを募集するの。需要は絶対にあると思うの! じゃ、これSNSでばら撒くから、誰か応募者が尋ねてきたら、対応してねっ!」

 と言って、浦田真白は、博士の手にその紙を無理やり持たせる。


 すると阿久田博士は迷惑そうに、

「おいおい困るよ、私の名前を勝手に……」

 と抗議しようとするも、


「どうせ高飛びするんでしょ?」


 と、一蹴された。


〈第五話『お伽草子〜うらたましろ〜』に続く〉

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