叶ったら夢じゃない。叶えたら夢じゃない。これは紛れもない、ただの事実。

 ペタペタと。ステージに向かうと、まるで水しぶきが上がるように、お客さんの歓声がワッと上がって。
「このペン太くん……喋るぞ!」とさらに盛り上がって。観客側は万雷の拍手を送りつつも、ペンギンが喋るというとても衝撃的な光景に、雷に打たれたかのような感覚に陥ることでしょう。だんだんとピークに持っていくのではなく、最初からクライマックスを見せつけていく! 私も一読者ながら、静電気が起きる程度には手を叩きまくって(拍手)応援したいと思います。(拍手で手を叩きまくったところで静電気が起きるかはわかりませんが……。)
 看板犬……ならぬ、看板ペンギンにして、稼ぎ頭である、ペン太くん。なるほど、これはファーストペンギンですね……(違
 私が目線を落とした先にあるリーフレット。そこに書かれているペン太くんの生い立ち。目の前のペン太くんはそれを引き継ぐように語っていて。その身の上話は文字通り、身を切るような痛々しさを伴って、それでも何とか今に至るなんて……人間並に波乱万丈の人生を……ペン生を送っていたんだな。いや、まるで人間が上みたいな書き方になってしまったのはペン太くんに失礼だな。命は皆、平等であるべきなのに。
 ペン太くんの生い立ちを(ほんの一部でも)人間と重ねてみても、その人生は壮絶なものだったということは想像に難くない。そこで、手を差し伸べてくれた館長。
 荒れ狂った海(心)は平静を取り戻し、海面に揺蕩うことができる程度には、落ち着ける環境が整ったのは、本当に良かった。天に昇ることはできずとも、海という広大な空へ羽ばたくことできるようになったというのは、ともすれば天に昇ることよりもはるかに喜ばしく、言祝ぐべき事象なのかもしれない。私はそう思う。自虐ネタで観客を笑わせることも大事だけれど、その中の一観客である私くらいは、そんな感想も持ってもフリッパーで叩かれることはないだろう。せいぜい、バシャバシャと水をかけられるくらいだろうか。

 ショーが終わり、水族館スタッフと揉めているラブ・アニマルズ。動物を人間の娯楽にするな……か。確かに一理あるのかもしれない。けれど、水族館の本来の役割というものを良く調べてから、反対するのはどうか。水族館共通の理念というものは調べれば出てくると思うけれど。……それでも、聞く耳を持たないからこうして抗議しているのかもしれないが……。その耳を揉んで差し上げようか。……おっと、こんなことを心の内で言っている場合ではなかった。そそくさと退散しなければ。
 ん? しまった……またカギを……。
 何はともあれ職場に……ん?

 なんだと……動物「愛護」団体とは……。あぁ、そういうことか。「保護」と「愛護」を履き違えているのか。駄目だな、まったく……「保」には「心」が籠っていないじゃないか。「愛」をもって「護る」から愛護だというのに……。
 っと話を戻して。目線もバックミラーに戻して。件のペンギンが逃げ込んだ先が私の車……。うん、それは間違いない。『逃がしてあげる』なんて、その言葉自体が二重かぎ(鍵)括弧になっているじゃないか。そんなの逃がす気が毛頭ないに決まっている。
 とりあえず、会話が成立することにありがたさを感じつつ、水族館へ……戻らない? ってか、ペン太くん。その喋り方……オフだとそんな感じなのかい? 私も口調がだんだんおかしくなってきそうだぜ! ……失礼。
 まぁ一年も一緒にいれば、口調も馴染むか……しかし、本当にオンオフを切り替えているなんて、なんてペンギンなんだ……。でもそうだよな……一年も一緒にいたんだもんな……。別れは辛いよな……ってリョウスケさん⁉
 そして、ひょんなことからリョウスケさんも一緒に車に乗り込み。一安心……ではないけれど、むしろ心配のメーターが振り切れそうだ。車のタコメーターなんて目じゃないくらいに振り切れている。振り切れて白目を剝きそうな位には。

 リョウスケさんの言い分も、(本当かどうかは別として)館長の思うところもまぁ分かる。しかし、このまま飛び立ってしまったら、途端に羽をもがれてしまいかねない。いくらリョウスケさんが本気でも、現実を見れば墜落する未来しか見えないというのに。……仕方がない。私も腹を括ろうじゃないか。(厳密には今、腹を括って(押さえつけて)いるのはシートベルトだけれども)南極、行ってやろうじゃないか。
 先ほど、墜落する未来と書いたけれども、私の未来も墜落することが確定した。いや、それでも、だ。ペン太くんの夢は絶対に叶えて見せる。人間も、ペンギンも。そこに境界線などありはしないのだから。

 ペン太くんの声が弾んでいる。それを聞いている身としてもとても嬉しい。人の夢もペンギンの夢も。人が夢を語らうのは、良いものだ。その先の未来に希望を見出して進んでいく様を見るのは、人だってペンギンだって素晴らしいと思う。
 いやはや、本当にとんだ巻き込み事故だよ。これが南極の氷の上だったら、独り相撲で海にポチャン、車はオジャンだよ。でも、謝るんじゃないよ。乗りかかった船……いや、乗りかかった夢なんだ。それを途中で挫折させるような真似はしたくない。
 後部座席に座る一人と一羽。なんだろう、このバディ感。この一年で彼らがどれほどのものを築き上げてきたのか、まざまざと見せつけられているみたいで……。なんだ……その……ちょっと妬いちゃうな。

 相棒を丁重に扱うその様、素晴らしい。このままスムーズに駐車場へ……そうは、問屋……じゃなかった、水族館が下ろしてはくれなかったか……。あまりの焦りように、問屋と続く言葉をかけて何か面白いことを書こうと思ったのに、そのまま水族館になってしまった。やめろ! ペン太を離せ! 夢という翼を折るような真似をするな!
 ペン太くん! そんな……カチリという無機質なその音が、まるで勝敗を決したかのような音に聞こえて、もう現状を直視できない……。ペン太くんが……死んだ……。
 人工的に植え付けられた記憶だったとしても、リョウスケさんと過ごした日々の「記憶」まで抹消してどうするんだよ……! 故障? そんなものメンテナンスしてやれば最小限で済むかもしれないのに……!
 私はいくら貶められても構わない。だけど……リョウスケさんとの記憶まで抹消して、ケースに押し込めて施錠までして。彼のペンギンとしての尊厳まで奪うことはないじゃないか……。

 世間から問題視されることを鑑みて、考えうるおよそ最悪の対策をとった水族館側。その為、ネットリンチに遭うリョウスケさん。観客席から、ワーワー言ってショーを眺めているだけの人々には、その舞台裏など知りようもない。ひとたび舞台裏に消えれば、何もかもを握りつぶしてしまえるのだから。そして、今はまるでショーの見世物のように、表舞台に無理やり立たされて、観客から心を握りつぶされるリョウスケさん。それでも、リョウスケさんは、ステージ上で、笑顔で観客に挨拶をする。それを見た観客はさらにヒートアップする。そんな負の連鎖が彼をがんじがらめにして、ステージから降りることを許してくれない。本当のことを言えば、解放されるのかもしれない。けれど、そのあとのことを考えれば、二の足を踏む。……きっと、今のリョウスケさんには、その二の足すら踏めないのだろうけれど。すべては、ペン太くんを守るため。相棒を守る為。
 博士なら愚かしいと言うだろう。私に言わせれば、そんな博士の言う「愚」の文字なんて、その文字の下にある「心」が潰れているんだろうな。博士の方がよほどアンドロイドのように思いますが。
 私とリョウスケさんの偽装結婚後も、ペン太君は休養中のまま。しかし、やまないリョウスケさんへの非難の声。天罰だと……?
 そんな中、天啓のように降りてきた動画。勇気をもって、その動画を公開してくれた撮影者に私は惜しみない拍手を贈りたい。世論や風向きが変わり、水族館の最低なシナリオで幕を下ろした今回の事件。
 リョウスケさんの涙を見て、私はなんて言葉をかければ良いのだろう。ほんのわずかな時間だけれど、後部座席で楽しそうに話していたあの時間だけで彼らがどれだけ濃密な時間を過ごしてきたかを目の当たりにして、それを引き裂かれて。そんな状態の彼にどんな言葉を添えたら、ペン太君への手向けの花になるのだろうか。今の私には、まだ答えを出せないでいる。

 三年後。南極ではしゃぐペン太くんを見ている私と、リョウスケさん。
 ペン太くん、復活。私はただただ、うれしかった。私を見下していた、博士の落ち度により、バックアップデータから引き揚げたペン太くんの心と記憶。
 色々な方面からの資金調達(あえてこの言い方で)により、オリジナルアンドロイドにペン太くんを乗せることに成功。
 あぁ、ペン太くんのセリフが眩しい。きらきらと輝いてて。……もしかして、これは私自身の涙か……?
 何にせよ、ハネムーン……羽を伸ばせば、月にも届きそうなくらい。この二人と一羽ならどこへでも行けそうな気がする。