夢見るペンギンと夢見る人間たちのハネムーン
新 星緒
1・ペンギンショー
茜色の空もと、身体を左右に揺らしながら彼がステージに出てくると、歓声が上がった。
飼育員の『お兄さん』が彼を、
「我が水族館の人気者、ヒゲペンギンのペン太くんです!」
と紹介する。お立ち台にのぼったペン太くんは、観客に向けてフリッパーを振った。ひときわ大きくなる歓声。
『お兄さん』がペン太くんにマイクを向ける。口元ではなく、首につけられた装置へ。
「こんにちは。ペン太です!」
少年の声が聞こえてきた。また、ワッと歓声が上がる。
「今日はぼくのステージを見に来てくれて、ありがとう。がんばるから、楽しんでくれると嬉しいな」
流暢なペン太くんの言葉に、万雷の拍手が送られた。これほど流暢に話す動物はめったにいない。ましてや鳥類となると、皆無と言っていい。しかも、可愛いペンギンだ。今の日本で一番人気のある動物といっても過言ではないだろう。
そして、この水族館は全国一の入場者数と収益を誇っている。すべてペン太くんのおかげだ。
動物の言葉を人間のものに翻訳できる装置が発明されたのは、ずいぶん昔になる。だけど、人間と円滑なコミュニケーションが取れるようになったかといえば、そうではなかった。動物側に相応の知性と、コミュニケーションを取りたい気持ちがなければいけなかったからだ。
人々が期待していたほど翻訳機の効果はなかったけれど、ごくまれに人間と会話をしてくれる動物はいる。
ペン太くんも、その特殊な例だ。
私はひざの上に広げた水族館のリーフレットに視線を移した。そこにペン太くんについて、詳しく書いてある。
彼が生まれたのは南極大陸付近の島で、完全なる野生種。だというのに高い知性と人間への深い興味を持っている。自分の生い立ちを何百回と話すことも苦にならない。
「えっと、知ってるひともいると思うんですけど」とペン太くんはマイクを両フリッパーで挟むように持って、観客に向けて話す。「ぼくのお父さんはご飯を取りに海へ飛び込んだところで、ヒョウアザラシに襲われて。助けようとしたお母さんと一緒に食べられてしまいました」
両親を亡くしたとき、ペン太くんはまだ幼鳥だった。エサをもらえず、守ってくれるひともいない彼は、空腹とトウゾクカモメの攻撃により瀕死状態におちいった。
そんな彼を救ったのが、たまたま観光に訪れていた日本人女性ナツミだったという。
様々な善意や多くのひとの努力の結果ペン太くんは回復し、そしてナツミになついた。が、いささか度が過ぎていたようだ。彼女の姿が少しでも見えなくなると彼は恐慌状態になり、自傷行為をした。
そこでまたも善意と努力のオンパレードがあり、彼はナツミと共に日本へ行く許可が降りたのだった。
「でも、すぐにナツミさんも事故で死んじゃって。ぼくはひとりぼっちになってしまったんです」
リーフレットに書かれている内容を、要領よくまとめて話すペン太くん。語り慣れているのだとしても、とてもうまい。
「荒れ狂うぼくの気持ちを知るために、この水族館の館長さんが」とペン太くんは首の翻訳機を片方のフリッパーで示す。「これをつけてくれました。人間とお話できるようになって、どんなにびっくりしたことか。天にも昇る気持ちでした。ぼくは飛べないけど」
観客から笑い声が上がる。
リーフレットによれば、館長と心を通わせたペン太くんは、この水族館に住むことを決めた。そして喪失感を紛らわせるために出演したショーで一躍人気者になり、今にいたるとのこと。
自己紹介を終えたペン太くんは、『お兄さん』とキャッチボールを始めた。幼児用の柔らかいボールをフリッパーで上手に挟み、投げている。
次は『お兄さん』とデュエット。
それが終わると今度はダンス。自身のテーマソングに合わせてよちよちと踊っている。最後はステージ上に張られた氷の上を腹ばいですべり、水槽へダイブ。華麗な泳ぎを披露すると、すぐに勢いよく飛び出てステージに戻り、音楽の終わりに合わせてフリッパーを八の字に開き、決めポーズをした。またも万雷の拍手。
人気者ペン太くんのショーは大成功だった。
◇
水族館から出ると、争っているひとたちがいた。水族館スタッフと、彼らにくってかかっている集団。
「ショー反対! 動物を人間の娯楽にするな!」
集団はそう叫んでいる。過激な抗議行動を繰り返している動物愛護団体ラブ・アニマルズだ。
関わり合いたくない。
彼らの脇を足早に通り抜けて、裏手の駐車場に向かう。中途半端な時間だから人の姿はなく、静かだ。
リモコンキーを鞄から取り出して、開錠のボタンを押す。が、反応が変だ。
また、鍵をかけ忘れたらしい。考え事をしていると、つい施錠しないまま車を離れてしまう。
気をつけないとと思いながら、鞄を助手席に置いて車を出した。
これから職場に戻らなきゃいけない。
さて、どうするか……。
あれこれと考えながら止まった信号で、なにげなくバックミラーを見た。
後部座席にペンギンがすわっている。
「――は!?」
叫んで振り返ると、首に翻訳機をつけたヒゲペンギンが、
「あ、みつかっちゃった」と言って首をすくめた。
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