狂人の喜助
千織@山羊座文学
狂人の喜助
喜助ば、生まれつき身体ばおがしぐで、おっきぐなっでも言葉はしゃべれねで、可哀想な童だっだなす。
大人さなっでも、骨はまっすぐにならねで、歯も髪も揃わね。
肌は木の幹のよんた硬さでしわもよってで、まず三十歳近くだけんども、年寄りよんた見だ目だっのす。
喜助は日がなうろうろど村を歩いでは、女子を追っかげだり、童さ大声出しだりよ、畑の野菜だ店の物だ盗るごどもあったのす。
その度におっ母が飛んで来で謝っでな。
だけんども喜助はわがらねのす。
自分が何しでらが、おっ母がどんな気持ちだがは。
だがら村の者もしょうがながんべって、おっ母や喜助さ怒るこだねがったのす。
ある日のごどだ。
喜助が童の学校さ突然来たのす。
学校には七人の童がいだんだけども、喜助は教室さ入って、うーうー唸りながら、急に一番小さい女の子を抱きかがえだのよ。
先生はぁびっぐりして、
「喜助ぇ! やめるじゃ!」
と叫んで、童ば取り返そうとすんだけどもよ、喜助は帯ささしでら鉈を取り出して振り回したのよ。
そして、だっ、と走り出してぇ、学校の外さ逃げだったのす。
慌てで先生は追いかげで、残っだ童は他の先生を呼びさ行ったのす。
喜助ば年寄りみだいに腰曲がってれ、普段はよたよたよたよた歩ぐすけ、先生ば簡単に追いつけるべど思っでらんだげども、その時の喜助ば何かに取り憑かれだように走るのが速くて速くて。
童の泣き叫ぶ声ばどんどんと遠ざかって、山ん中さ入ってしまったのよ。
もし山ん中で隠れでら喜助に鉈で斬りかかられだら、ひとたまりもね。
先生も探しに行ぎでのを堪えで、他の村人が来るのを待ったのす。
すぐに校長と男衆と、喜助のおっ母が来たのす。
喜助がどごさいるがわがんねがら、他の童も家さ帰して、ぜって親がら離れんなや、ってなったのす。
そして、みな慎重に薄暗ぇ山ん中さ入っていっだ。
「喜助ぇー! どごだー! 喜助ぇー! 戻ってこー!」
おっ母はもう半分泣ぎ泣ぎ叫んだよ。
間違っても童さ何があったら、喜助殺して自分も死ぬ覚悟だじゃ。
したっけば、童の泣き声ば聞こえだのす。
泣き声のする方さ行ぐど、童は木さくくられで、喜助はその前で仁王のよんた顔しで、鉈ば構えで立ってらのす。
「何しでらが喜助! はぁやめるんだぁ! 童ば返せ!」
村長が叫んだ。
んだが、喜助の耳さは入っでねぇよんた。
喜助は、はぁはぁど息を荒ぐしで、近づけば襲いかがって来そんた勢いよ。
「喜助ぇ、なじょしたのよ。やめるべ。おっ母と家さ帰るべ。おっ母もみんなさ謝るすけ、こっだな怖いごどはやめでけれ。喜助ぇ、一生のお願いだぁ、おっ母の言うこど聞いでけれや」
喜助のおっ母が涙涙に言っでも、喜助には聞ごえでらようには見えながったのす。
痺れを切らした男衆が掴みかがってよぉ、喜助を取り押さえようどしたんだなす。
なんせ喜助は、細くて力仕事なんぞ何もでぎね体だったんだじゃ。
三、四人もかがれば、なんとがなるど思ったんだなす。
とごろがよぉ、あの喜助が男衆を振り払うのす。
その姿はまるで鬼のごとくで、うわあうわあど喚きながら男衆をぶっ飛ばすのよ。
尻もぢついだどごろさ喜助が鉈を振りかざすのだがら、男らは間一髪よげるものの、これは本気で喜助を何とがしなくてはなんね、ど思ったのす。
喜助の鉈が校長の腕を切ってさぁ、いよいよおっ母は覚悟を決めだよ。
「村長……! 喜助を殺してけで! こっだなことしてしまっで、もう取り返しはつがね! 喜助を、真っ当な人間のままで死なせでけで!」
村長は一瞬ためらっだけどよ、喜助の暴れようを見で、しがたがねど思っだ。
男衆は一斉に飛びかがって、喜助を押さえて、一番力のある男が頭ば殴っだ。
よろけだ喜助をみんなで何度も殴っだ。
喜助の血が男らの顔さ着物さあたりの草木に散っだ。
おっ母はうなだれで地面さへたり込んだ。
じきに喜助は動かなぐなっだ。
おっ母は静かに泣いたけども、おっかない思いした童や、やりたぐもねぇ人殺しばさせだ男衆のことば考えだら、喚きてぇ気持ちもぐっど堪えだ。
したらば、突然鳥が一斉に飛び去って、ずずずずず、ど地鳴りがして、どーんと、空に大きな音が響いだのよ。
山ん中だがら揺れはわがんねがっだども、これはでっけぇ地震に違ぇねぇどなっだ。
慌てで童ば抱きかがえで、喜助ば必ず後から連れで来るすけ、すまねおっ母っつって、みんな村さ飛んで帰っだ。
村さ着いでみるど、古くて小さい家はひしゃげだり潰れだりしでら。
そごから何とか這い出してみんな逃げでらっだ。
学校さ行っで見でみるど、天井が落ぢで、潰れでらっだ。
あの童らの教室は跡形もなぐで、もし童らがいだらばみんな生ぎでねがったがもしんね。
見だ人はみんなそう思っだ。
「おっ母……もしがしで、喜助ばこったらひで地震が来るどわがってらっだんだべが。まさが、童ど守るべって、あんなごどを……」
校長が言っだ。
「わがらね。喜助が何のために童ば連れでっだのがは、おらはわがらね」
おっ母はそう答えだ。
もうその日は日が暮れでしまっだがら、翌朝、村人とおっ母らは喜助ば村さ連れで帰るために山さ入ったのよ。
喜助の姿ばねがった。
まさが生きでだんだべが、それども熊さ連れでがれだのが。
それはわがらねがっだ。
だが、おっ母の願いで、喜助の葬式ばあげるこどにして、村では喜助を弔う小さな塔をたでるこどにした。
あどがらおっ母が言うにはな、おっ母は喜助が生まれでがら、毎日毎日、地蔵さまさ拝んでらっだんだど。
自分が丈夫に産んであげられながっだばっかりによぉ、喜助は自分で何もでぎねべし、友達もいねがっだ。
何のために生まれで来たのか。
どうか喜助が一生で一度でもいいから、生まれで来ていがっだど思えるこどがあってほしいど。
そう拝んでらっだど。
もしかしだらお地蔵さまの力で、喜助は、最後の最後にそう思えだがもしれねんだなす。
どんとはれ。
狂人の喜助 千織@山羊座文学 @katokaikou
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