45番ホール きざまれた光る道

 互いに0.5ポイントを加算し、双方1.5ポイントとなってコネクテッド4番ホールを迎えています。

 謎の仮面ゴルファーを向こうにニッポンの水守・大空も負けていません。ここまで横綱対横綱のがっぷり四つの相撲が展開されており——


 ちょおっとちょっと!

 いくらなんでも酷いじゃないのよ、向こうはよくてもこっちは花の女子高生よ? それをガッツリ4の字だなんて。


 いえ、がっぷり四つです。


 いっしょよ一緒。

 ただし世界の超一流を前にぜんぜん見劣りしないのには強く同意するわ。大したものよね。

 アタシは当初、ここロサンゼルスで経験を積めればいいと考えていた。ケガから全快した上で、4年後につながればって。

 でもあの子たちはそうじゃなかったみたいなの。アタシにもこの物語の帰着する地点が分かりかけてる。

 水守ちゃんにはたぶん、そんなに時間が残されていない。生命のじゃないわよ? ゴルフ選手としての選手生命の話。だからあんなにも懸命に、今回しかチャンスはないんだってかじりついて。

 そうしてやっと手に入るのは、両手で隠せちゃうくらいの小さなメダル。いまや純金ですらなくって、ただピカピカしているだけの。

 それが今日、銀色になるか金色になるかが決まるのだけれど、そんなもののためにあんなにも必死になって。

 見る人によっては滑稽に映るのかもしれない。人生を賭けるだなんて愚かな行いに感じるのかもしれない。

 でもね、自分に残された時間が少ないって知らされたとき、やっぱり人は自分のやりたいことをやるのよ。水守ちゃんにとってそれがゴルフだったってだけ。大空ちゃんといっしょのラウンドだったってだけなのよ。

 あの子の最後になるのかもしれない輝きを、全世界の人が見守る。水守ちゃんの生き様を世界中の人たちが心に刻みつけるのよ。最後が世界の頂点を決める舞台の真剣勝負っていうのなら、なお素敵じゃない。ゴルファー冥利に尽きるわ。


 1年間の療養を経て、満を持しての参加かと思いきや、体調は以前よりも優れませんでした。髪色が真っ白であることも、闘病の結果の脱色とのことでした。

 そうやって身を削り、なおもティグラウンドに立っています水守美月。弱冠17才、高校2年生の夢はついに世界の頂へと。

 手は届くのでしょうか。それとも。

 キャリーオーバーの発生しているこのホール、1打でも少なくホールアウトしたペアの勝利です。優勝です。世界一がすぐそこまで。


 決勝と3位決定戦はVホールアウト方式を取らないのよね。なんでまたそんな中途半端な決定をしたのかしら。


 最後にカップからの距離をメジャーで測って、勝ち負けを判断するような地味な決着にしたくなかったんじゃないだろうか。きちんと1打の差がついた時点で勝ち負け、欧米人の好みそうな趣向だよ。

 かくいう俺も、Vホールアウトよりこっちの方が好みではある。


「このホールが最後になるかもしれん、ちょっと遊ばないか」


「おい、マスクドマン」


「いいじゃないかマイク、少しくらい」


「いいよ。でもどうやって?」


「ちょ!? つばめさん!?」


「ヘイ、ジャパンチーム。こいつの戯言を本気にしないでくれ」


「その通りですよ、またそんな安請け合いして! オリンピックの決勝、それもお互いにマッチポイントなんですよ?」


「まあまあ美月ちゃん、そんな減るもんじゃなし。断ったところですることは変わらないじゃない。それにぜったい勝つし」


「お、言ったな? 小さい方はずいぶんなビッグマウスじゃないか、気に入った!」


「やれやれ、稀代の興業家マスクドマンの手にかかってはオリンピックも役不足か」


「決まったな、じゃあやろう! 善は急げという。なんでも君ら、国内の大会じゃ対戦相手と同時に打ったことがあるそうじゃないか。だったらここでもやってみないか?」


「1年も前の、日本の学生大会のことをよく知ってたねおじさん。もしかしてボクたちのファンなのかな?」


「つばめさん!」


「ハッハー! もちろんその通りだ! よく知っていたね? ペアゴルフというものは調べれば調べるほどに面白くてね。しかも過去に歴史はなく、すべて未来にあるんだ。新しい情報にはペアゴルフの未来がある!」


「いいよ。いいけど、ボクたちの対戦相手はそれで負けちゃったよ。それでもいいのぅ?」


「だからいいんじゃないか。さあやろう、やれやろう!」


「ところで君らに忠告だ。もちろんおふざけはナシで聞いてくれ。いいか、よく聞いてくれよ? ❝このホールではロシア戦でみせた大砲を使った方がいい❞」


「なん?」


「いや、君らに自滅願望があるのなら止めやしない。だが少しでも我らに勝つつもりがあるのなら、このホールは一打で乗せてこい。さもないと負けることになる」


「ですが? しかし!?」


「ちょっと届くか届かないか微妙ではあるけど。教えてくれてありがとうおじさん」


「つばめさん!?」


「いやなあに、マスクドマンの無茶に付き合ってくれるお礼だと思ってくれ。それと。全力を出し切った相手と勝負がしたい、ただそれだけさ」


「おじさんのいう通りにしよう美月ちゃん。挑戦しよう、もしかしたら、今なら届くかもしれない」


「なにを言って!? 833ヤードですよ? いくらつばめさんの距離が伸びているとはいえ、さすがにそこまでは」


「だからこそ使うんだよ、火の鳥を」


「昨日の今日でです? ボロボロじゃないですかすでに。そのうえもう一度放つと? 100ヤード近く上乗せして!?」


「だってそうしないと負けちゃうってあのおじさんが言うから。たぶん向こうは狙ってくる。そしてグリーンに乗せるのかもしれない。だったら」


「それはそうかもしれませんが。だからって」


「ここまで登ってこれるのなんて一生に一回のことなんだよ。もう一回はどう考えたって無理。来年はもう、ボクたちは国内だって勝ち抜けやしない。奇跡の上に奇跡が重なってやっとあがれたこの舞台。道を譲ってもらったプロの人たち。ずっと密着して見守っていてくれた高木のおっちゃん。ずっと事件のことを黙ってて接してくれた島の人たち。いろんなものに感謝して打とうよ、もう一度」


「ずるいですよつばめさん」


「あはは、バレた? でも本当のことなんだ。美月ちゃんを世界一にする。これは今日以外には考えられない。だからお願い」


「そんな愛の告白みたいに言われて断われるわけないじゃないですか」


 さあニッポンペアが構えます。

 あれは!? 準決勝で見せた!?


 どうやらそのまさかよ。

 あの子たち、約束を破ったわね?


 上野さんは大空たちと約束をかわされていたのですか?


 そうなのよ、許さないんだから。

 たしかにあの時は成功したわ。でもあんなもの何度も使っていいものじゃない。どんなに大空ちゃんが覚醒してようが、水守ちゃんが復調してようが一度でも失敗すれば大惨事になる。

 それに成功したって。あの技の後遺症を高木クンは考えたことがある?


 いえ……。


 腕なんか交通事故に遭ったのと同じよ。大空ちゃんの手首は……。

 プロレスは極限まで鍛え上げたプロレスラーだからこそ耐えられる。あんなものを素人がその身に受けたなら。骨やら靭帯やらが悲鳴を上げちゃう。だから大空ちゃんの身体は……!

 あれほどの信頼関係にある水守ちゃんでさえ、準決勝で使うまでさいごの一歩を踏み出せなかったのが何よりの証拠よ。あれは本来使っていいものじゃないの。


 だがあの子たちはそうは考えないらしいな。

 使わずに負けるくらいなら、使ったことにより一生もののケガをして引退してもいいくらいに考えている。

 そうした展望の甘さが若さなんだろうが、さっき上野くん自身が推測した通りなら、彼女たちに残された時間は少ないのだろう?

 だったら使うさ。

 使うのが規定路線、君にあとで怒られるのも含めて。


 ですが! 赤井さんからも——


 いいや、きっとおかしなことにはならない。逆にあの技を使って必ずや名勝負を見せてくれるはずだ。

 我々年寄りはいつだって見ていることしかできない。いつも巣立つ若者の背中を見ているだけだ。だったら。

 ただ背中を押そうじゃないか。上野くんも黙って背中を押してやってくれ。


 ウムム……。


 さあ、さまざまな人の思惑を乗せて今、水守と大空が打ちます。


「あの日ゆめにまでみた舞台なんだよ。ここで躊躇するほうがおかしいんだ。ここでぜんぶを出しちゃおう。ありったけを。明日はもう、いらない」


「いいえつばめさん、歩んでください。この一打はあくまで、その先に進むための壁を壊す攻城槌。正典・第6の奥義!」


「リザレクションフレイム・オブ・コンドル!」


 不死鳥ふたたび! 今度はコンドルが復活の炎より呼び醒まされる!? 飛び立ったティグラウンドを炎に包んで!


 まったく、毎度芝に着火させる技なんてどうかしてるわ。いったいどんなスイングをしてんのよ。

 カリフォルニア全土の芝はいま、乾ききっているとは思うの。それでも競技開始前の朝の段階でグリーンキーパーが水を撒いて回ったはずなのよ。そんな芝を摩擦熱だけでふたたび乾燥させ、クラブのぶつかりによる火花で着火に導くだなんて。

 それにしてもよく飛ぶわ。憎ったらしいくらいに。


 気をつけて高校生ペア! 上野さんの怒りはまだ収まっていません!

 っと!?

 日本ペアが打った直後、アメリカペアがここからスイングを開始する?


「ヘルアンドヘブンNo.3! ゲームエンディング・グランドスラム!!!」


 なんということだァーーーー!!

 あれはまるでトスバッティング!

 先ほどのショットはピッチャーとバッター、投球したボールを打ち返したかの如しでした!

 それに比べて今のショットはまるでトスバッティング! それも通常の変形サイクロンとはまるで異なります!


 さっきのピッチャーとバッターと見立てた新技の、極限まで距離を縮めたバージョンね。大空ちゃんたちの技にそっくり。


 グッドイナフに向かって打ったリチャードソンのクラブはまたもドライバー。目の前のドライバーショットをグッドイナフは見事にバット型クラブで捉え、それをはじき返してみせました!


 リチャードソン選手は男子ソロでもそこそこ飛ばすほうよ? よくも当てられる。

 水守ちゃんの打球を跳ね返す大空ちゃんもバケモノだけど、水守ちゃんのはがんばって200ヤード程度のもの。リチャードソン選手はその1.5倍、300はゆうに超えて飛ばしちゃう。それを打ち返せるグッドイナフ選手の膂力はもう……ステキ!


 なんという剛腕、なんという精度!

 アメリカボールが日本ボールを追いかける!?


 さすがに追いつきはしないだろうが。


 だって飛ばすゴールが同じなら、追いつくのはおかしいもの。水守ちゃんたちより速いのならグリーンオーバーが確実。だから安心ではあるんだけど。

 でもちょっと、軌道がおんなじなのよね。


「あ痛だだだだだ! 手からクラブが離れない。クラブから手が離れない? どっちだっけ?」


「どちらでも」


 その間にニッポンボールはグリーンオンに成功ーーーーッ! 見事に1オンを成功させましたァ!


 アメリカボールが乗るわ、ほとんど同じところに。


 近いですね。

 ぶつかりますか?

 コツンと当たった! なんとそのまま2球ともグリーンの外へ向かって転がりますッ!


「なんですって?」


「ん〜。そうきたか」


 まずいわよ!

 だってニッポンボールもまだ停止してはいなかった。このまま外へ押し出されてしまったなら負けるわよ!


 なんという展開!

 同時打ちが初めて牙をむき、水守・大空ペアを襲います。

 さあどうなる!?

 残れば両者オン、こぼれれば————

 こぼれたァーーーー! ニッポン万事休すーーーーッ!


 アメリカボールもこぼれたわね……。


「やってくれたね。おじさんたちが当てなきゃボクたちのはオンしてたんだけど?」


「ヤー、これは。すまない」


「我々にはラッキーだったなぁ。しかし君たちには悪いことをした」


「いいよいいよ、これもペアゴルフ。次で決着をつけよう」


「その意気だ」


「望むところだな」


 こぶしを合わせましたのは仮面ゴルファーと大空。

 握った手の大きさの違いは大人と子供です。そんな小さな手でも大空は、世界の飛距離を演じて見せました。


 大きなケガはないみたいね。よかったわ。

 でも約束破りは約束破り。みてらっしゃいよォ、上野真冬の恐ろしさ。クルミをも潰すこの腕力で、頭蓋骨を粉砕してやるんだから。


 そこはどうか穏便に。

 ふたりが追い込まれ、ふたりが考えて必要と判断したんです。ですから。


 わかっているわよそんなことくらい。でもね、自らの身体を度外視してまで勝つ目的ってなに? なにが彼女たちにそうさせているの?


 彼女らにも思うところはあるのですよ。今でなければ叶わない夢ってあるんです。彼女たちの嗅覚はそれをするどくかぎ分けて、そのためにだけ動いている。

 私がここで何かを言及することはありませんが、売名行為や私利私欲では決してありませんとだけ。今でしか得られない、自らの将来を棒にふっても得たい矜持のために戦っているんです。


 わかったわ、じゃああの子たちには手を出さない。


 ほ。


 その代わり高木クン? アナタがアタシのアイアンクローを受けとめなさい?

 そもそもあなた、影でこっそりあのふたりに密着取材していたのをアタシに隠してたわよね。

 振り上げておろす機会を失ったこのゴッッッドフィンガーを、その狭いひたいでしっかと受けとめなさいな!


 あれは黙認アタタタタタタタ!

 ギブですギブアップ!

 ギブギブギブ!?

 ギブギブギブギブギブギブううううう!!!

 あががアガガガガガガダバダババババ!?!?!?


 ったく、これくらいで許してあげるなんてアタシも丸くなったものよね。


 ハア、ハア……。

 あ、ありがとうございます?

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2024年12月24日 03:11
2024年12月26日 03:11

私はつばめ! ペアゴルファーつばめ!! おれごん未来 @oregonian

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