44番ホール 燃え尽きない流星
いや〜な雲が出てきた感じね。
ここは晴れているのに、海の向こうから真っ黒な雲がやってきてる。もうすぐ風が強くなるわ。
あれは雨雲ですね。カリフォルニアは雷が心配な地域でもあります。
さあ、女子ソロの選手がホールアウトしてコネクテッド3番ホールが空きました。
ここにはふたつのホールを分断するようにクリークがあり、そのふたつをくっつけたホールとなります。つまり目指すグリーン方向に対してクリークはななめに縦断しているかたちで、第1打はほとんどクリークに沿って飛ばすことになります。
ニッポンペアはそれを避けるために『くの字』に打って攻略することにしたようね。
打順が変わってアメリカペアは?
「新技なら届くんじゃないか?」
「ああ。あれなら可能性がある」
「なんでしょうあの緊張感。もしや?」
「ここから乗せるつもりがある、とでも言うの!?」
大空が驚いています。そしてアメリカペアの裂帛のみなぎる筋肉。
まさか直接狙う気があるのでしょうか?
そのまさか、でしょうよ。
じゃなきゃあんな入念に素振りする必要なんてないもの。さっきまでの和気あいあいとした雰囲気が吹っ飛んでいったわ。
そうは言いますがここは800ヤード近くあるんですよ? パー6の799ヤード。それをたったの一打で!?
自信があるからこそああしてるんでしょ。
あれがジョークだったら大した役者よ。
またもリチャードソンが後ろに向かって素振りを始めましたが。これは?
まさか2ホール続けての大サービスってことはないでしょう? 何が目的なの? 何をしたいのかしらアメリカペア?
「もう1ポイントくれるつもりならいらないよ?」
「ハッハーッ、もうタダではあげないさ。期待してそこで見ていてくれ」
グッドイナフがティグラウンドを降ります。どうしたことでしょう?
「これって!? まさか美月ちゃん!?」
「そのまさか、でしょうね……」
「ボクたちにはわかる、これからあの人たちが何をしようとしているのか」
ジャッジに意見だったら方向が違うわね。2打目地点に向かうでなし。
引きかえしていったわ、なんなのかしら。
「よし、ここらでいいか。いいぞマーイク!」
「オーキードーキー!」
リチャードソンが打つ! グリーンとは反対に向かって! ドライバーでです!?
はぅあ!
これってあれよ! 水守ちゃんたちとおんなじショット!
「ヘル・アンド・ヘヴン・No.2! クロス・ボンバーーーーアアッ!!!」
これは!
さながらリチャードソンはピッチャー、グッドイナフがバッターです!
リチャードソンが打ったドライバーショットをすかさずグッドイナフが打ち返したァーッ!
アメリカペアがなんと、決勝戦で新技を披露しました!?
「わたくしたちと同じ!」
「ピッチャーとバッターくらい離れてはいるけど? 偽典を!? アメリカの人たちも使う!?」
「ハッハーッ、驚いたか!」
「ノウノウ、さっきはこちらが驚かされたんだ。これでおあいこ、だろう?」
しかし飛びゆく方向はグリーン方向ではないぞ?
「ホワッツ!?」
わずかに弧を描くボールは今やクリークの線上、真上を沿うかたちで飛んでゆきます。
「マイガッ! なんってこった! どうしてあんなところにクリークがあるんだ!」
「なぜって、選手を苦しませるために決まっているじゃないか。今の君がまさにそれだ」
あれはもうダメね。クリークの中の石に当たって跳ねないかぎりアウトよ、アウト。
出入りの激しいゴルフが展開されていますペアゴルフ決勝戦。
ああ、やはりクリークに。
満を持しての新技投入が仇となりましたアメリカペア。
さあ、1打目の到達地点でアメリカペアにトラブルです。ニッポンにはチャンス。
設計の妙よね。そこをアメリカペアは強行、まんまとコース設計者の罠にはまったってわけ。
でも、1ポイントを無償でもらったあとだけに少し心苦しいわね。
おや、アメリカはギブアップをしないな。そのままコース内を進むようだ。
ボールを見定めるつもりでしょうか。およそ700ヤード先、着弾が見えにくかったのかもしれません。一縷の望みにかけてボールが止まった地点へと進みます。
「いつもは右か左に曲げるくせにどうしたんだ、こんな時ばかりまっすぐに打ちやがって」
「それくらいなんだ。祖国のスコアをひとつでも縮めるのに貢献しているんじゃないか、今回も大目に見てくれ」
「次を打たされる側に立って物事を考えてくれって、そう言ってるんだ」
「そうは言うがマイク、そんなどうしようもない状況でどうにかしてくれる人物がいるのを知ってるかい? 誰あろう君さ」
「はん、今回はおだてたってダメだ。だが。うまい酒なら手を打とう」
「交渉成立だな。赤か白かだけ決めてくれ、あとのチョイスは任せろ」
「なら今日は地元がいい、ナパバレーのものを。色はどっちでも、君のチョイスはきっと私と同じなのだから」
「手配しよう。君は今夜の夕食できっとそれを飲むだろう」
「だったらさっさと川遊びを終わらせて帰らなきゃだな」
入念に調べていたアメリカペアが? リチャードソンが靴のままクリークに入っていきますね。
まさかクリークの中から?
そのまさかでしょ。
だって1打罰でリプレイスなんてしたら絶対にこのホールを落とすことになる。リプレイスをしないと決めたのなら、ギブアップするかそのまま打つかの2択。
ソロだったら取れない戦法をペアなら取れるのよ。リチャードソンはクラブを持って下りていったわ。それが彼らの選択ね。
では本当に2打目をあそこから。
比較的浅い小川ではありますがそれでもくるぶしよりはかなり上です。リチャードソンにはボールが見えているのか?
構えます。打つと決めて入ったクリーク。対戦相手ではありますがどこか、応援したい気持ちもあります。
フフフ、わかるわそれ。
さあ強振!
ボールは出たか!? 大量の水しぶきに隠されてボールの見分けがつきません。
出たわよ!
グッドイナフ選手が目で追ってる!
野球少年にフライを上げるノックのように打ちました! クリークの外で待ち構えていたグッドイナフが、やわらかなバットスイング!
色の異なる、おそらくはアイアンの役目を持たされたバット形状のクラブを優しく振った!
まるで既定路線、普段通りに飛ばしてみせました!
リチャードソン選手!?
一番角度の寝たウエッジでのパンチショット……!
それができればクリークであろうがバンカーであろうが出せるんでしょうよ。でもそれであれだけの高さを?
グッドイナフ選手のいる平らなところまで、3メートルは垂直に上げたわよ。まるでグリーンエッジで打ったくらいに平然と上げてみせたわよ。
「これが世界の頂点のゴルフ……」
ほんとどうかしてるわアタシも。
ご自身の頬をそんなに強打されて!?
突然どうされました!?
アタシたちはどうしても国内のゴルフというものさしで物事を推しはかりがちよね。島国根性全開で。
でもここに居るのは紛れもない、全英やマスターズで出てくる選手にも比肩する名プレイヤーたち。
ペアゴルファーという色メガネで見ていたのは誰よりもアタシなのかもしれない。ここに居るのは世界の強豪、世界最高峰の名選手たちよ。
今ごろそれかい上野くん?
ロシアだって薬物を使いはしたが世界ランク2位、あるいはドラコンで幾度も表彰台を席巻していた堂々たる選手たちだった。
ほかの国もそのほとんどがソロからの転向者。転向前の世界ランクは2けた、1けたの選手だって少なくない。もちろんペアの新参選手であってもそれらと肩をならべる。
だけど忘れないでくれ、我らが美月くんつばめくんも同じく世界の一角であるということを。そういった数々の選手たちを退けての堂々たる決勝戦なんだ。まるで見劣りしない、言わば頂点同士の対決なんだよ。
おっしゃる通りです、まさに!
あの子たちは日本の宝よ。
しかし今にも燃え尽きようとしています。
言うな高木くん。
だからこそだ、見守ろう。彼女たちの希求を、思い描いた物語を。俺らが脚色なく語り継ごうじゃないか。
赤井さん……!
いつか例えた?
あの子たちは本物の流星なんですね。燃え尽きる前にどんな一等星よりも明るく。精いっぱいに輝く。
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