2ndモッタイナイ『ドリンクの氷②』
__氷の回収を始めてから数時間後__
カミュとレヴィは、世界中にある、途方もない量の、コールドドリンクの容器に余った氷を回収し、レヴィの住む薬缶の中に詰め込んだ。
そして……
\\\\ピューン!////
北極の巨大氷河に降り立った。
見渡す限りの白銀の世界。
ポツリ、ポツリと、セイウチやアザラシ、ホッキョクグマなど、動物たちの姿も確認できる。
レヴィの青い背中におぶさる、スーツ姿のカミュ。
その口からは、白い吐息がもくもくと上がっている。
動物たちを見たカミュは……
「分ブゥ厚ヅい脂ジ肪ゥ……ヴヴヴヴヴヴ! 温グぞうな毛ゲェグ皮ワァ……ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!! ヴラヤマジィ!!」
凍えている。
〈ははは、そんな薄着で来るからだ〉
と、レヴィはカミュをバカにする。
「お前ヴェは……寒ブくないのグぁ?」
〈妖精だからな〉
\\バンッ!//
カミュはレヴィの背中を平手打ちする。
〈寒さも、痛みもないぞ?〉
「チッ……」
カミュは舌打ちする。
〈おいおいカミュ、それよりあれ見ろよ〉
と、レヴィが指差す方には……
隣り合う二つの氷山……
ではない。
一方はそうなのだが、もう一方は、氷山と見違えるほどの、巨大な船である。
船首からは、何やら太い槍のような金属質のものが伸びる。
その先端は、陽の光をきらりと反射している。
「ヴヴヴ……何ンンドゥぁ、あれヴァ?」
船は、氷山との距離をさらに縮めていく。
〈あの船、槍で氷山に突っこむつもりか? ってあの槍、湯気みたいなのが出てないか?〉
カミュは、『湯気』というポカポカしたワードに喰らいつく。
「なぬヴッ? 湯気ゲェッ!? あガっ……たかそうだぁ」
〈怪しいな、カミュ、行くぞ〉
レヴィは、船の方へと体を傾ける。
\\\\ヒュゥウウウウ!////
空を切る高速移動。
船と、目と鼻の先の距離。
槍から立ち昇る湯気のおかげで、いくらか寒さが緩和される。
\ジュワァ……/
「うおぉーっ! あったかい! 生き返る!」
カミュは、元気百倍になった。
〈んじゃ、面倒臭そうだから、あとは対応頼むぜ〉
「まかせろっ!」
槍のある甲板には、厚着の船員が十数名。
船員の一人が、空飛ぶスーツの男に気づく。
「おいっ! なんだあいつ? 飛んでるぞっ!」
と、指差す船員A。
「よしレヴィ、甲板に向かって急降下だ!」
〈あいよ〉
\\\\ビュゥウウウウン!////
「貴様らぁ! なぁにをするだーっ!!」
雄叫びを上げながら、妖精を駆り突撃するカミュ。
船員たちの目の前で、急停止。
「うわぁ! 誰だお前?」
と、驚いて退く船員B。
カミュは、レヴィの背からスタッと降りて……
「環境大臣! カミュ・ストロースだ!!」
バシッと台詞を決める。
「あぁ、環境大臣か。ニュースで見たぞ。なんでも、フレアリングされる余剰ガスをかき集めた伝説の英雄らしいじゃないか」
不意に褒められるカミュ。
「知ってるのか! そりゃどうも……」
調子に乗りそうになるも……
「じゃなくて、お前らこそ何なんだ!?」
と、仕切り直す。
「へっへっへ、俺たちは……」
船員Cがそう切り出すと、彼らは声を揃えてこう名乗った。
「「「「北極の氷溶かし隊!!」」」」
「な、なぁんだって? やはり環境破壊か! 許さん!!」
と、カミュは断固として抗議する。
「破壊じゃねぇ、世の中を便利にするためにやってんだ。まっ、見てろ、全速前進だ!!」
船員Dが、そう誇らしげに言うと、船は巨体を揺らしながら、目の前の氷山目掛けて突進する。
\\\\ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!////
船の震える音。
カミュは、思わず体勢を崩す。
「うわぁ! 揺れる揺れる! 振動エネルギーを感じるぞ!」
〈おーいカミュ、衝撃に備えろよ、氷山にぶつかるぞぉ〉
カミュはふわふわと浮いているので、いかにも他人事と言わんばかりに、涼しい顔をしている。
アツアツ極太の槍が、氷山にめり込む。
\\\\ドガンバギバギズギュゥゥゥゥウン!!////
氷山が崩れ、鼓膜を破るかと思うほどの衝撃音。
そして逃げまどう、動物たち。
「「「「ぅおーーーっ!!」」」」
と、セイウチたちの鳴き声。
「「「「くくくくくぉーーーっ!!」」」」
と、アザラシたちの鳴き声。
「ぉがぁーーーっ!」
と、ホッキョクグマの鳴き声。
「ぐわぁっ!!」
と、カミュの鳴き声……ではなく、叫び声。
手すりに捕まり、なんとか体勢を保つ。
船員たちはというと、慣れっこなのか、誰一人として騒ぎ立てない。
無惨に崩れ落ちる氷塊。
\\\\ドッバァァァァアン!!////
それは、白い泡の膨らみとなって、冷たい海に消える。
そして、氷山と槍の接触部分は、ジュージューと熱され……
\\\\ブシュワァァァァァアア!!////
と音を立てながら、大量の蒸気を噴出する。
ものすごい勢いで、溶けゆく氷。
熱を帯びた槍の効果は絶大なようで、みるみるうちに、氷山は小さくなっていく。
あまりに酷い光景に、カミュは、唖然とする。
「環境大臣よ、見たか! こうやって熱々の槍を氷山にぶち込んで溶かす。するとだ、船の通り道ができる。俺たちのボスが、そうやって最終的に北極圏を横断・縦断する新航路を作って、貿易に役立てるって言ってるんだ!」
と、船員E。
「なに!? そんなことのために、氷を減らして、動物たちを追いやるとは……聞き捨てならん! そのボスとは一体、何者だ!?」
カミュは、激しく抗議する。
「それは、いえねぇぜ、へへへ」
と、船員F。
「くっ……貴様ら……ただではおかんぞっ」
カミュはそう吐き捨て、船員たちに背を向ける。
「なんだ? もう正義ごっこは諦めたのか?」
と、船員G。
カミュは、両手を筒状にして口にあてがう。
そして、蒸気で輪郭がぼやけた氷山に向かって、こう叫んだ。
「おーーーいっ! 氷の国の動物たちよ! ずっとやられっぱなしでいいのかぁーーー!?」
動物たちに、人間の言葉なぞ伝わらない。
が、カミュはもう一度呼びかける。
「毎日毎日、黙って逃げていても、いずれは絶滅する未来が待っているだけだぞぉーっ!!」
カミュの声は、氷の世界に、虚しく消える。
「アハハハハッ!! 環境大臣よ、お前、面白いな? 動物に人間の言葉が通じるわけがなかろう! なぁ? お前らもそう思うよなぁあ?」
と言う、船員Hの嘲笑に……
「「「「アハハハハハハハッ!!」」」」
船員は皆、同調する。
カミュは、船員たちに背を向けたまま……
「そう思うか?」
ニヤリと笑って、そう言った。
そういえば、彼の近くに、レヴィの姿が見当たらない。
「まっ、見てろよ」
カミュがそう言った瞬間。
視界を遮っていた、蒸気が晴れ上がる。
氷山の上に、逃げゆく動物たちの姿を確認する。
その中の一頭。
四肢を使ってトボトボと歩き、こちらに背を向けるホッキョクグマが……
踵を返した。
その白い野獣は、船を正面に捉える。
雄々しく立ち上がり、船員たちを睨みつける。
「…………ォガァァァァァァァアアッッ!!!!」
響き渡る咆哮。
ホッキョクグマの隣では、レヴィが、ドヤ顔で浮遊している。
「レヴィ!! 通訳、助かったぞーーー!!」
と、カミュはレヴィの仲介に感謝を伝える。
ホッキョクグマに続き、セイウチや、アザラシたちも、続々と振り返り始める。
そして、カミュもまた、振りかって船員たちと対峙する。
カミュは右腕を伸ばし、天高く振り上げる。
「カミュ・ストロースが命じる……北極動物連合軍は、悪党どもに反旗を翻せ!!」
腕が勢いよく振り下ろされ、船員たちを指差す。
「かかれい!!」
司令官、カミュの号令。
セイウチとアザラシたちは、氷山の上を這って、船めがけて進軍を開始した。
\\\\ドドドドドドドッ!!////
動物たちの、怒りの足音。
「おいおい、なんだかまずいことになってないか??」
と、船員I。
「くっ、仕方ねぇ……野郎どもぉ! 銃だ! 相手は所詮動物、迎撃するぞ!」
と、船長らしき者。
その合図で、船員十数名は、長銃を構える。
動物たちは進み続け……
\\\\ドドドドドドドドドドドッッ!!////
ついに、先頭にいたセイウチが、氷山の端、槍の刺さるところまで辿り着く。
だが……
槍は依然としてホカホカ激アツ。
\\ジュワァァァア//
セイウチも、その後ろのアザラシも、尻込みする。
「ぅおーっ……ぅおーっ……」
「くぉ……くぉ……」
彼らは高温の蒸気に怯えているようだ。
氷山から船に移動するには、槍を伝わずに、飛び乗るしかない。
しかし、セイウチやアザラシのジャンプ力では、到底届きそうになかった。
「ずんぐりむっくりのセイウチアザラシ! ここまできたのに、飛べぬとは、哀れよのぉ!」
と、罵倒する船員J。
「今がチャンスだ! 皆の者、撃てぃ!!」
船長が、発泡の合図をする。
引き金が引かれようとする……
その瞬間!!
\ヒュゥーーーン/
セイウチに落とされる、黒い影。
白い何かが、その上方を舞い上がり……
船員たちめがけて……
盛大なタックルをお見舞いした!!
\ドシン!/
着地する、白い毛並み。
そう、ホッキョクグマだ。
「野郎ども、怯むな! まずはシロクマをやれ!」
と船長の号令。
「「「「イエッサー!」」」」
タフな船員たちは起き上がり、ホッキョクグマめがけて……
\\\\パパパパパパパパパパァァァァァアン!!!!////
発砲音。
しかし。
ホッキョクグマは……
目にも止まらぬ敏捷性で、銃弾を交わす!!
\シュン!/ \シュン!/ \シュシュシュン!!/
ホッキョクグマの、空を切る音。
「打ちまくれぃ!!」
と、船長の声。
\\\\パパパパパパパパパパァァァァァアン!!!!////
船員たちの、止まない攻勢。
\シュン!/ \シュン!/ \シュシュシ/ __ズキュッ……__
一発の弾丸が、ホッキョクグマの前腕部に命中した。
「ォガァァァァア!!」
悶えるホッキョクグマ。
カミュは、ホッキョクグマに駆け寄って……
「おい、大丈夫か!! ……貴様らぁ! 動物保護条約にも違反する気かぁ!!!!」
そう叫び、両手を横に広げて、ホッキョクグマを守る盾となる。
「打つなら、俺を打て!!」
彼は、本気だ。
船長は、カミュを見てニヤニヤとしながら……
「ほぉ……だってよ? 野郎ども、目標、環境大臣! 撃ち方よぉい!」
容赦ない指示を続け……
「っと、最後に、言い残すことはあるか?」
カミュに、舐め腐った情けをかける。
「くっ……貴様ら外道に残す言葉など!」
と、絶体絶命のカミュ。
が、そこに……
\ピューーン!/
と、レヴィの浮遊音。
〈最後じゃないんだなぁ、それが〉
と、レヴィがボソリ。
船員たちには聞こえない。
「レヴィ、何か起死回生の妙案が?」
〈そんなところだ〉
「本当か! どういう作戦だ?」
〈まぁ、いいから見てろって〉
「そうか、わかった、お前を信じよう」
カミュは、船員たちから見れば、虚空に話しかける、異常者に映る。
「おいおい、なぁに独り言言ってんだ? 死を前にして、頭がいかれちまったのか?」
と、煽る船長。
だが、そこに……
船の近くの水面下、大きな、大きな黒い影が忍び寄る。
〈カミュほら、そっち、見てみろ〉
レヴィは、カミュに目配せして、海面に浮かぶ影を見るように促す。
カミュは、その通りにすると……
「でかしたぞ、レヴィ。お前は最高のモッタイナイ妖精だ」
と言って、両手を腰に当て、偉そうに直立する。
船長含め、船員たちは、まだ黒い影の存在に気づいていない。
「ボソボソと、まだ一人で何か言ってやがる。念仏は唱え終わったか?」
と痺れをきらす船長。
「黙れ雑魚が!」
カミュは船長を、そう罵った。
「はぁ?」
と、船長は、なぜカミュがこうも威勢がいいのか、理解できずにいる。
「貴様に『
というカミュの合図で……
\ドドドドドドドドドドドド/
今までとは格が違う、長い揺れが始まる!!
「なっ、なんなんだぁ? 地震かぁ!?」
叫ぶ船長。
そしてカミュは、傷ついたホッキョクグマと共に、レヴィの背に乗って……
「北極動物連合軍!! ここで、撤退だ!!」
と、動物たちを指揮する。
船を離れる、カミュ、レヴィ、動物たち。
\ドドドドドドドドドドドドドドドドド/
海が、氷河が、船が、激しく揺れる音。
\ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド/
そして、紺色の頭部が海面に覗く!
\\ブシュォン!!//
海面から、何かが射出される!!
\\シュゥオーーーーーーーーーッ!!//
船全体が、雲でもかかったかのように真っ暗になり!!!
上空には……
十階建てのビルほどの全長がありそうな、巨体!!!!
「船長!! 上を見てくださいっ! くっ、クジラですっ!!」
と、船員K。
「船に落ちます!! おしまいですっ!!」
と、船員L。
「ぬぁにーーーーぃっ!?」
と、船長の叫ぶと同時に……
\\\\\\バッコォォオンメキメキドンガラガッシャーン!!!!//////
船は、真っ二つに割れた。
クジラは、一仕事終えると……
「キュオーーーーン!!」
と、甲高い鳴き声を上げて、すぐに去って行った。
「クジラよ! 助かったぞ、サンキューだ!!」
と、カミュはクジラに手を振り、感謝を告げた。
「「「「うわぁあああああん!!!!」」」」
泣き叫ぶ船員たち!
「「「「だすけてぇぇぇえええ!!!!」」」」
助けを呼ぶ船員たち!
彼らは、船の残骸に、命からがらへばりついている。
「では、仕上げと行こうか!」
カミュはそう言って、溶けて小さくなった氷山の端に向かって、レヴィの背中から飛んだ。
\シューーーーーッ/
そして、華麗に着地する。
\スタッ/
カミュは、情けない姿の船員たちを指差してこう言い放った。
「貴様らは絶対に、許さないし、助けない! そして今から、氷の裁きを下してやる!」
「「「「ひゃぁあ! \シクシクズルズル/ ご勘弁を!」」」」
船員たちは、涙と鼻水まみれだ。
「レヴィ、ぶちまけた分は、拾ってくれよ? もったいないからな」
〈承知した。あ、シロクマさん、一旦ここで待っててな〉
「がお!」
カミュは、スーツの内ポケットからおもちゃの薬缶を取り出し……
それを、目にも止まらぬ速さで、ナデナデし始めた!!
\シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ/
すると、薬缶の注ぎ口から、氷が!
北極に来る前に回収してきた氷が、次々と飛び出て氷の
「ハァァァアアッ! モッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイ!」
襲いかかる、氷ッ!!
\\\\バチバチバチバチバチバチバチバチ!!!!////
「「「「いでででででででででででででッ!!」」」」
船員たちの全身に、激痛。
\ヒューン、パシパシ/ \ヒューン、パシパシ/
レヴィが、空を舞い、溢れ落ちる氷を回収する。
カミュは、全身全霊の、氷の裁きを続ける!!
「モッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイモッタイナイ、食らえ! 勿体無ァァァァァぁあい!!!!!」
船員たちは、船の残骸もろとも、遥か彼方へと、ブッ飛んだ。
「ふぅ。これで一見落着」
と、極寒の北極海で、額の汗を拭うカミュ。
\ヒューン!/
そしてレヴィが、氷を回収し終えて戻ってきた。
〈おぅいカミュよ、俺に雑用を任せていいとこ取りとは、やっぱり大臣は違うなぁ〉
と、レヴィはグチグチ言う。
「レヴィ、これを見ろ。仕事はまだ終わっていないぞ。最後の仕上げ、北極に氷を授けなければならない!」
カミュが立っているのは、溶けて小さくなった氷山。
〈あぁ、そうだったな。それにシロクマさんの怪我の手当も、してあげないとだな〉
「がおがお!」
その後、カミュとレヴィは、回収した氷を使って、溶けた氷山を復活させ、氷河を拡大した。
住処が広くなったことで、セイウチも、アザラシも喜んでいる。
ホッキョクグマの傷は、幸い浅かったようで、応急処置をしてやると、元気に氷の世界に帰って行った。
環境大臣とモッタイナイ妖精の旅は、まだまだ続く……。
〈3rdモッタイナイに続く〉
モッタイナイ妖精レヴィ 加賀倉 創作 @sousakukagakura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。モッタイナイ妖精レヴィの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます