2ndモッタイナイ『ドリンクの氷①』
——ファストフード店にて。
おひとり様のカミュ・ストロースは、ネイビーのスーツをピシッと決めて、四人掛けのテーブル席を広々と使って、アイスコーヒーを飲んでいる。
提供用のトレーの上には、封の開いた、小さく細長い、ビニールの包装。
もちろん、ドリンクの容器の蓋に堂々と刺さっているのは、紙ストローだ。
\\ズズズッ!!//
完飲の合図。
勢いよく容器をトレーの上に置く。
\\シャカ!//
「ん??」
彼は、あることに気づいた。
ふにゃふにゃり、と弱々しい紙ストローをグリグリと回転させ、容器の中身をかき混ぜる。
\\シャカシャカ!// \\シャカシャカ!//
「……飲み終わったのに、氷が、残っている……」
さらに付け加えるとすれば、ドリンクの容器を持つカミュの手は、結露でビショビショだ。
「あぁ! もったいない、もったいない! 氷がもったいない! こんな時は、あいつを呼ぼう!」
カミュは、バッグ代わりにしている伊勢丹の紙袋を湿らせながら、何やら取り出す。
それは、彼の所持している、唯一のプラスチック製品、おもちゃの薬缶だ。
カミュはそれを、濡れた手で、ナデナデでした。
「いでよ! レヴィ!」
\\\\ポワワワワワワワワァン////
モッタイナイ妖精、レヴィが姿を現した。
レヴィの姿は、周囲の他の客には見えていない様子。
〈ほいほーい、今日はどうした?〉
「レヴィ、ドリンクの氷がもったいないんだ!」
〈はぁ。お前が
と、レヴィは根本を否定し、容赦ない。
「うるさぁい! 違うんだ! そんなことを言ってるんじゃない、この余った氷を見ろ!」
カミュは、やむを得ず取り付けられたプラスチックの蓋を外し、容器の中身をレヴィに示す。
容器の三分目ほどまで、積み上げられた氷の山。
〈ほぉ。確かに、結構残っているな〉
レヴィは、その青く太い指で、氷をツンツンザクザクする。
「だろう? それに、この滴り落ちる雫の量よ!」
\ポタッ!/ \ポタッ!/ \ポタッ!/
容器からは、冷水の流れが、止まらない。
「くっ……。この、無駄極まりない、水蒸気を冷却するエネルギーを、他の有意義なことに使えたらなぁ……」
と、カミュは、涙まじりに呟く。
〈おいおい、大袈裟じゃあないのか?〉
レヴィは、カミュの異常なまでの想像力と感受性に、呆れている。
「大袈裟なんかじゃなぁい!! 考えるんだ! この一見ちっぽけな冷却能力を、世界中から集めれば、何ができるかを!」
カミュは、ビシャビシャのドリンクの容器と、睨めっこをする。
何か思いついたかと思えば……
それを自身の体の各所、首元、脇、内腿などに当てて、涼み始めた。
〈あぁ、またあちこち飛び回れってわけか……〉
レヴィは、前回のフレアリングの余剰ガス回収のことを思い出す。
「そういうことだ! 何か文句でもあるか?」
〈いいや、ないさ〉
「よし、それでいい……」
カミュは、目を瞑る。
ドリンクの容器を頭頂部に載せ……
アフリカや東南アジアでしばしば見られる頭上運搬のような曲芸じみた体勢をとり、瞑想を始める。
「考えろ、カミュ。これと同じようなことが、今も世界中で起こっている。どうすれば効率的に……」
〈お、今回も悩んでるな。頑張れ頑張れ〉
と、他人事のレヴィ。
「よし……いいぞ、いいぞ……朧げながら頭にアイデアが浮かんできたぞ……」
カミュの全身が、プルプルと震え出す。
「そうだ!」
と、叫ぶと同時に、立ち上がるカミュ。
頭上から落ちる容器。
それを、見事キャッチして見せる。
〈おっ、きたかカミュ〉
「この無駄な氷を、北極の氷にすればいいんだ!」
カミュの手が力むあまり、容器が少し潰れる。
〈と言うと、どういうことだ?〉
カミュは、容器からダイス状の氷をひとつ摘み上げて、こう言う。
「北極の氷は、人間の活動による地球温暖化のせいで、溶け続けているんだ! この氷のようにな!」
氷が、カミュの体温で、たちまち溶けて水になる。
〈うーん……それは賛否両論あると思うぞ、そもそも地球は氷期と間氷期を順繰りで経験するわけで、今を間氷期から氷期の過渡期と見なせば、人間の存在に関わらず、氷が溶けるのも自然であるとも言える……〉
と、知識を持ち合わせているレヴィに、環境大臣の攻撃は簡単には通らない。
カミュは軽く怯むが、すかさず反撃。
「えぇいうるさーい! なら過程はいいから、氷が溶けている結果だけ見てくれ! 氷がないと生きていけない北極の動物たちを守りたい気持ちは、みんなあるだろう? どうだ?」
と、丁寧に論点をすり替える。
〈あぁ、確かに……一理あるかもしれない。私の視野が狭かったのか??〉
大臣の高度なレスバ
「そうとわかったなら……」
カミュはそう言って俯くと……
\\ピキーン!!//
目をかっ開き、瞳の色は、赤色。
「カミュ・ストロースが命じる。薬缶の妖精レヴィは、世界中のもったいない氷を回収し、北極の氷の維持あるいは新たな氷河や氷床を作るのに活用せよ!!」
「イエス、マイロ」
レヴィは、北極に早速向かおうとするが……
「待て!」
カミュは手に持つ容器の中身を、一気に口に流し込む。
\\ボリボリボリボリ!!//
カミュは、濡れた口元を拭う。
「今回は俺も行かせてくれ!」
と、空になったドリンクの容器をトレーに置き、準備万端。
〈でも、危ないぞ?〉
「いいから!」
〈断れないみたいだな……〉
「ああ、もちろん!」
カミュは無遠慮に、レヴィの背に乗る。
〈じゃ、出発〉
\\\\ピューン!////
カミュとレヴィは、かき消えるようにしていなくなった。
それを見た、隣の席の、学生客。
驚きのあまり、氷の入ったドリンク容器を持つ手が脱力し……
\\バッシャンガラガラ!!//
床に、冷え冷えの炭酸飲料がぶちまけられた。
弾ける気泡が、四角い氷の間隙で目立つ。
「あの独り言のおっさん、急に消えやがったぜ……」
〈2ndモッタイナイ『ドリンクの氷②』に続く〉
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