モッタイナイ妖精レヴィ

加賀倉 創作(かがくら そうさく)

1stモッタイナイ『フレアリング』

【注意】この物語は、フィクションです。加賀倉はフィクサーではありません。好きな映画会社は『二十世紀フォックス』です。


 環境大臣カミュ・ストロースの邸宅にて。


 大臣の家は、紙まみれだ。


 リビングと和室を隔てる、おびただしい量の障子。


 寝室には、五つの輪っかの模様が刻印された、ダンボールベッド。


「ううっ、眩しい……」


 窓際に、一人の男性。


 そう。


 彼がかの、環境大臣、カミュ・ストロースだ。


 カーテンの隙間から、細く、だが力強く、日光が射し込んでいる。


「なぜこんなに部屋の明かりがついている? 外はこんなに良いお天気だと言うのに! リモコン、リモコン……」

 

 カミュは明かりを消すためのリモコンを探す。


「リモコン発見!」


\\ピッ//


「あぁ、もったいない! もったいない!」


\\シャー!// \\シャー!//


 家中のカーテンを開けまくるカミュ。


「あぁ! もったいない! もったいない! 太陽光がもったいない! もっと、部屋に、自然の光を、取り入れなければ!」

 

\\ガチャッ//


 玄関のドアが、開く音。


「ただいまー」

 と、妻のクリス・ストロースが、大きな茶色い紙袋を抱えて帰宅する。


「おかえり、クリス。今日のランチはハンバーガーかい?」


「ええ、そうよ。ドリンクはアイスコーヒーでよかったわよね?」


「うん。あ、そうだ、ストローはちゃんと紙製のものにしてくれたかい?」


「ええ、店員さんにそうお願いして入れてもらったから……ってあれ? これ、プラスチックストローじゃないの!」


「何だって!? それは大変だ! 今すぐ交換してもらいにお店に行こう!」


 —————————————————————


__無事交換してもらい、帰宅__


「ふぅ、一時はどうなるかと思ったよ。やっぱり紙ストローを使って飲むアイスコーヒーは、格別だなぁ!」


「そうね。あ、お店の人が、お詫びにって言って、キッズセット用のおもちゃをくれたんだけど、見る?」


「あはは、僕たちお子様じゃないんだから、そんなものもらっても……ってまさか、そのおもちゃ、プラスチックじゃないだろうね?」


「確かに心配だわ。はい、確認してみて」


 クリスはカミュにおもちゃの包みを渡す。


「おいおいおいおい! 包装がビニールじゃないか! なんてもったいない! で、中身は……」


 開封の儀。


 カミュは、恐る恐る、封を切る。


 中身は、薬缶だった。


 おままごとのおもちゃのようだ。


「「プラスチック!!」」


 二人は同じリアクションをとる。


「今すぐこれを返しに、もう一度お店に行こう!」


「ええ、ぜひそうしましょう!」


「あぁ、かわいそうなプラスチック……」


 カミュはそう言って、おもちゃの薬缶を、そっと撫でる。


 すると……


\\\\ポワワワワワワワワァン////


 薬缶の注ぎ口から、煙が立ちのぼる。


「なんだこれは? 環境に問題のないガスか? 温室効果ガスじゃないだろうな!?」


「ゴホッ! ゴホッ! 何よ、これ!」


 むせる、喘息持ちのクリス。


〈モッタナイ、モッタイナイ……モッタイナイ、モッタイナイ……〉


 なんと、おもちゃの薬缶の中から、雲のようにモクモクと宙を漂う、巨大で真っ青な妖精が現れた。


「「何これ!!」」


 夫妻は仲良く飛び退く。


〈私はモッタイナイ妖精の『レヴィ』だ〉


 妖精は、そう語る。


「なっ、何者なんだ?」


 \\バサバサ!!//


 カミュは、近くにあった新聞紙を広げて、盾にする。


〈そう警戒せんでよい。私は良い妖精だ〉


「『良い』妖精だと? それは僕たちの方で判断する!」


〈落ち着きたまえ。世の中には、使われずに処分されてしまう、数多溢れるモッタイナイものが存在する。言ってくれれば、私がなんでも回収してきてやろう〉


「集めてどうする……そうか、それを有効活用すれば良いのか!!」


〈そうだ〉


「つまりお前は、僕たちのモッタイナイ精神に共感して、おもちゃの薬缶から出てきた、と言うわけか!」


〈そんなところだ〉


「なるほど……クリス、何がいいだろうか?


「やっぱり、プラスチックに関係するものがいいんじゃないかしら?」


「そうか、やはりプラスチックか……」


〈なんだ、思いつかないのか? お前のモッタイナイ精神はそんなものか?〉


「あぁ! 時間ももったいない! えーっと、私は、プラスチックの削減を掲げて政治家を、大臣をやってきたが……」


「カミュ、頑張って捻り出して!」


「あぁ、もちろんだクリス」


 \\ズズズッ!!//


 カミュは、近くにあったアイスコーヒーの、紙ストローを吸って、いくらか心を落ち着ける。


「…………そうだ、そもそも、この紙ストローを作るのにも、工場を動かして……それも電気を使って、で、その電気は火力発電によって作られ……結局、化石エネルギーを、使ってる、じゃないか! 環境に悪い! もったいない、もったいないぞ!」


〈そうだ、その調子だ〉


「あなた、頑張って!」


 レヴィとクリスが応援する。


「むしろ、石油をできるだけ無駄にしない、という姿勢が大事なのではないか? …………そうだ! フレアリングだ! 石油や天然ガスの取りこぼしを回収するのはどうだ? どうせ産出時に燃やされてしまうなら、私が有効活用しようじゃないか!」


——フレアリング。

 油田およびガス田では、原油・天然ガスを生産する際に、回収しきれない余剰ガスが発生する。その一部が、焼却処分されるのが通例である。この焼却処分のことを、『フレアリング』と呼ぶ。フレアリングを廃止することはすなわち、偉大で崇高で輝かしいスーパーウルトラ素晴らしいSDGsのゴール達成の、第一歩であるとされている。


〈ほぉ、フレアリングに目をつけるとは、お目が高い〉


「なんたって、うちのカミュは環境大臣なんですからね。それくらいの意識は当然よ!」


 クリスは鼻高々で、夫を褒め称える。


 が、カミュはなぜか俯き、しばしの沈黙。


 そして、次の瞬間……


\\ピキーン!!//


 カミュの目の色が、変わる。


「カミュ・ストロースが命じる、薬缶の妖精レヴィは、余剰ガスを回収せよ!!」


「イエス、マイロード……」


\\ピューン!//


 薬缶の妖精レヴィは、たちまち姿を消した。



—————————————————————



__数時間後__


\\ピューン!//


 レヴィが、戻ってきた。


「おっ! 戻ってきたか! で、余剰ガスは、どこだ? なぁ? どこなんだ!!??」


 待ちくたびれたカミュは、はやる気持ちを抑えられない。


〈国中の天然ガスタンクに詰めてきた。これでエネルギーの備蓄がたんまりだ〉


「でかしたぞ! やるじゃないか、レヴィ!」


「にしても、国中のガスタンクがパンパンって……そんなにたくさん集めてきたの?」


 レヴィのトンデモ話に、疑問を抱くクリス。


〈もちろん。輸入せずとも、向こう十年は問題ないだろう〉


「ほぉー!! それはすごいなぁ! よし、レヴィよ、これからも毎日、フレアリングの撲滅に努めてくれ!」


〈あ、毎日やる感じなのか……〉


「もちろん! さぁ! クリスもレヴィも一緒にぃ!」


「「「レッツ・モッタイナイ!」」」



—————————————————————



 カミュが、レヴィにフレアリングされるはずだった余剰ガスを回収させ始めてから、世界各国の油井、ガス田のフレアリングは完全にゼロになり、無駄な二酸化炭素排出が無くなった。


「なんだ? 日本が天然ガス備蓄を急に増大させてから、我が国のフレアリングがゼロになったぞ? でも、SDGs達成には好都合だな。環境貢献! 社会貢献! 企業価値向上! 役員報酬アッp……」

 と、どこぞやのエネルギー会社の重役。


「日本が得してるのはちょっと気に食わないが……ウィン・ウィンなら、まぁええか!」

 と、いらんことを心配する石油王。




__四半世紀後__




 どこぞやの会長の演説。


「えー、我が国では長い間、SDGs推進に伴い、二酸化炭素排出量ゼロを目指して来ましたが、ついにこの度、摂氏〇・〇〇六五度の気温低下を実現いたしました。ご協力くださった諸団体、諸組織、諸企業の皆様、ありがとうございました!!」


 こうして、地球の温暖化は阻止された。


 だが一方で……


 北の国々では……


「寒い寒い! 俺は氷の海を渡りたいんだ! こうも寒いとやってらんねぇぜ! だから、こうやって暖をとらねぇとな!!」


 次々と薪をくべ、メラメラと燃える火に体を寄せ、ポカポカになる、船員たちの姿があった。


〈2ndモッタイナイに続く〉

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