Report09_MM_マスターメイカー

「よお兄弟調子はどうだぁ?いつも通り?そりゃそうだ。そうでなくちゃ俺が困る。さっき送ったメールは見たかぁ?新しい仕事だ」

ゴーグルを装着して作業をする彼の側にはパソコンが一つ置かれており、そこからはMMの声が聞こえていた。

「以前話した、ウチの新型に興味を持った国からだ。試作品を大層気に入ったらしい。期限はひと月、まあアンタなら問題ねえだろ。期日になったら使いを寄越す」

相変わらず彼とMMの直接的なやり取りは通話のみ。この内容も客が代わるだけで全く同じことを何度も繰り返していて、ほとんど定期連絡の様なものだった。

そのため彼は作業の手を止めずに聞き流していた。通話越しに聞こえる彼の作業音が面白くなかったのか、MMは調子を変え会話を切り出した。

「相変わらず仕事熱心なこった。たまには口聞いてくれてもいいんだぜぇ?」

返事がないことを知っているが、MMはわざとらしく彼を煽る。

そして、あぁ、そういえば、と雑談を続けた。

「その依頼を取り付けた時に聞かされたんだがなぁ?刻印してるMMの文字、取引先の末端兵士に’マスターメイカー'なんて呼ばれてるらしい!アンタ知ってたか!?」

「......」

当然そんなことを知っているはずもないが彼は黙ってそれを聞いた。

「曰くマスターメイカー様は兵器を作ってるんじゃなくてソイツらの勝利という概念そのものを作ってるんだと!相変わらず発展途上国の連中は馬鹿ばっかり!とんでもねえ信仰心だぁ!アンタ神様かよ!?」

馬鹿げた話ではあるが、彼の作った兵器は世界中に出回っており、今やMMの文字が刻印された兵器をどちらが多く所有しているかで勝敗が決すると言われている時代である。少なくともそういった考えを持つ人間が現れてもおかしくはなかった。

「傑作だろ!あくまで俺が売ってる兵器だと証明するために付けたモンなのに!お前自身がMMになっちまったってこった!?」

アッハッハ!といつもの大笑いが通話越しに聞こえたが、彼の手は止まることなく作業を続ける。その音が耳に届いたのかMMは先ほどまでとは違い、いつかの低い声で続けた。

「気張れよマスターメイカー。アンタの知恵と技術は今や俺のものだ。精々、テメェの責任とやらに一目でもお目にかかれるよう祈るんだな」

MMは続けてじゃあな、という軽口と共に通話を切った。

「......」

通話が終了すると同時に、鍵のかかった扉と作業台が一つ置かれただけの閉鎖的な作業場には再び静寂が訪れる。

彼は通話を聞き流しながら調整していたピストル型のそれを片手で握ると立ち上がり、試射用の的へ向け引き金を引いた。

小さなピストル型の兵器から放たれたとは思えない光と衝撃は的に当たると轟音を鳴らし霧散した。衝撃で彼の白衣が音を立てて揺れる。凄まじい反動があったはずだが足はしっかりと地面を捉えていた。着弾した的は拳一つ程の大きさの穴を空けると粉々に砕け散る。それを見届けた彼は振り返り目に当てていたゴーグルを外した。

「調整終了......」

声変わりを済ませた青年の声が作業場に反響する。

彼が呟きゴーグルとそれを作業台に置くと、固く閉ざされていた扉が開きサングラスをかけた黒服の男二人が入ってきた。一人の男は部屋に入るなり作業台の上に置かれたピストル型の兵器を銀色のケースに詰め足早に部屋を去った。もう一人の男は、彼の前まで歩みを進めるとスーツのポケットから手錠を取り出す。男が彼の手に手錠をはめると、彼は一言も会話を交わすことなく作業場を後にした。短い廊下を進み自室に戻ると机の上にはコップ一杯の水と、プレートに載せられたパンとハムだけの食事が用意されており、彼はそれを一掴みに口の中に突っ込むとすぐにベッドへ身を投げた。

あれから六年の時が経っていた。

契約を交わしてからすぐに、MMの使いがやってきて彼はここへと連れてこられた。来てすぐの頃は何度か脱出を試みたがすぐに黒服たちに連れ戻され、ボロボロになるまで痛めつけられた。そのためすぐに彼は抵抗することをやめ、MMの言いなりとなった。仕事はあの時の約束通り、MMが絶え間なく用意するため、彼が自由に過ごすことのできる時間などは存在しない。

六年という時間で、ただの子供だった彼の生活は大きく歪んでしまっていた。



一月後、とある国の海沿いの倉庫群の一つに二人の男がいた。

波の音の反響するそこは、かつて工事関係の建材置き場として使われていたが現在は放棄され一般の人間は寄りつかない、所謂、裏社会の人間が出入りする場所となっていた。

片方は黒服を着てサングラスをかけた大柄な男で、もう片方は金髪をワックスで乱雑に固めて、着ているアロハシャツが目を引く糸目の男である。

金髪の男は黒服から銀色のアタッシュケースを受け取ると、上機嫌に声を発した。

「ご苦労さん!いや〜今回も期日通り間に合わせてくれて完璧な仕事だぜぇ!こっちも助かるなぁ!」

ケースの中身を確認しながら声を上げたこの男こそ稀代の大犯罪者メルクリウス モンドである。男はケースの中身を取り出し、MMの文字が刻印された兵器を持ち上げるとうっとりとした表情でそれを眺めた。

「あぁ、商品じゃなきゃ全部俺が頂いてんのになぁ......」

「それでは、俺はこれで......」

黒服が仕事を終え、その場を去ろうとするとMMが背中から声をかけた。

「ちょっと待ってくれ」

「はい?」

黒服が振り返ると同時にとてつもない轟音と閃光が視覚と聴覚を支配する。視界が晴れると自身の身に走る痛みと、何が起きたのか分からない困惑に耐えきれず、黒服はその場に倒れた。

MMが兵器を発砲したのである。黒服の胴体には背中まで貫通する拳大の穴が空いており、兵器の破壊力を物語る。

「ガララアイトは別に弾を消費しねぇから、お前みたいなのに一発使っても客は困りゃしねぇだろ」

MMは目を細めながら低い声を死体に吐き捨て、さらに言葉を続けた。

「せっかく兄弟が上等な仕事してくれてんのに、テメェらはどこまでザルな仕事をやってんだぁ?何のために商品を運ぶ人間を各所に配置して経由しながら輸送してると思ってる!?」

物言わぬ死体を蹴飛ばしながらMMはさらに声を荒げた。

「スーツでガワを着飾っても所詮はスラム生まれの素人だ!本当に使えねぇなクソが!尾行されてんじゃねぇかぁ!」

MMは、その場に隠れていたもう一人にわざと聞こえるように大声を出した。

この場所には取引が始まる最初から、もう一人の人間がいた。MMはそれに気付いていたのだ。

「そこのコンテナの裏だろ。さっさと出てこいよ。俺は今機嫌が悪い、さっさと出てこねえとこのまま撃ち殺す......まぁ出てきても殺すけどな」

MMが廃棄された青いコンテナに目をやると、裏から汚れた白衣を着た青年がゆっくりと姿を現した。青年は無表情にMMを視界に捉えたまま、何も言わずにただ立ち尽くす。

現れた人間の正体に、MMは自身の細い目を見開き驚きを露わにした。

「嘘だろ......?おいおいおいおいおいおいおいおいおい!おい!!!兄弟じゃあねぇかぁ!?アンタなんでこんなとこに居んだよ!?」

先ほどまでのピリついた空気が嘘のようにMMは両手を上げ、上機嫌な声を上げた。

それもそのはず、目の前にいる青年は遠く離れた別の国で監禁されていたはずの彼である。薄汚れた白衣からは道中の苦労が見て取れる。そんな彼との初めての対面に、MMは心の底から高揚していた。

「感動のご対面だなぁ......!」

MMは口の端を吊り上げ歪な笑みを浮かべる。

「色々と聞きたいことはあるが、まずはこれを聞いとこうかぁ?何をしに来た?」

無表情なまま、彼の目はMMを捉え離さない。潮風は白衣を何度か揺らすと凪いだ。20秒ほどの沈黙を破り、彼はゆっくりと口を開く。

「取り返しに来たんだ。僕の責任を」

言葉とは裏腹な彼の涼しい顔を見て、MMはさらに笑顔を歪める。いつかの激情は目の前の青年からは一つも感じられず、声音はおろか表情も一切崩れない。静かに、ただ静かに、強い意志を持った青年は悪魔の目の前に立っていた。

再び二人の間に強い風が吹いた。

「今まで送ってた兵器には全部GPSを付けてどこに運ばれてるのかを見てた。必ずこの場所へ送られて、しばらくしてから別の場所に運ばれてる。お前がこの辺を拠点にして活動をしている証拠だ」

彼は白衣のポケットから小型の端末を取り出し、その液晶を突きつけた。そこには赤い小さな点が無数に映り、世界中に散らばった兵器の居場所が確認できる。

「なるほど、6年間ずっと監禁してたが意味は無かったってことだなぁ......!」

MMは調子を変えずに両手を投げ出して笑った。

通話越しにしか聞いてこなかった馬鹿笑いを終えると再びニヤリと口角を上げ、次の質問を投げかける。

「なぁ?アンタどうやってここまで来たんだ?......あぁ、別にそこに転がってるやつと同じ飛行機に乗ってきたとか、船に密航したとかそんなことはどうだっていいんだ。俺が聞きたいのはそんなことじゃない......」

そこまで喋るとMMは今までで一番邪悪な笑みを浮かべて続きを口にする。

「お前のことを6年間ずっと世話してくれた奴だよ!?名前はなんて言ったけな?まあいいや、いただろ一人。ずっとアンタに手錠はめてくれてた奴が!?」

MMは心の底から楽しそうに声を上げた。

「毎日毎日!アンタが仕事を終えると手錠をはめてくれて!アンタの食事を用意してた世話係だぁ!アンタが脱走した時は捕まえに行って少し教育もしてくれたって本人から聞いてたぞ!?なぁ?なぁなぁなぁなぁなぁなぁ?なぁ!?あいつに許可取ってここまで来たのかよ坊ちゃん!?」

それを聞いた彼の表情はMMからは見えない。俯いたまま沈黙を続けた。潮風と波の音が静寂を破ると彼は顔を上げる。


「殺したよ」


真顔で、静かに、彼はそれを口にした。

倉庫にMMの高笑いが反響する。ひとしきり笑い終えるとMMは邪悪な笑みを貼り付けたまま彼の方を向いた。

「おいおいおいおいおい!自分で引き金引いちまったのかよ!?いや、そりゃそうだよなぁ?自分がアレから受けてた仕打ちを考えれば仕方のねえことだよなぁ?毎日毎日クソみてえな食事しか出さねぇ。仕事が終われば直ぐに手錠をはめにくる。何度か腹に蹴りも入れられたんだろ!?憎かったよなぁ?ムカついたよなぁ?嫌いだったよなぁ?結局は感情ひとつで殺せちまうよなぁ!?」

悪魔は上機嫌に彼の心を言葉で抉り始める。

「なにが正義感だぁ?なにが責任だぁ?やっぱりテメェは他の発明家や俺らと同じただの殺し屋なんだよ!!!」

彼は表情を変えず静かにMMのことを捉え続ける。

「今すぐ来た道を引き返せ、そうすりゃ今回のことは全部目を瞑ってやる」

今までの大声とは違い、静かに圧力をむき出しにした声でMMは彼を威圧する。

MMの言葉からは先ほどまで抑えていたのか、明らかな苛立ちが伝わり、聞いていた彼の首筋にはうっすら汗が流れる。しかし彼は表情を変えず言葉を発した。

「言いたいことはそれだけか?」

静かにMMを煽りながら彼はポケットに忍ばせた'ソレ'に手をかける。

震えながら取り出された手には一丁の'拳銃'が握られていた。

それを見たMMは当然彼がそれを抜くのを許すはずもなく、彼よりも早く兵器を持ち上げた。

「ガキが!イキがるな!」

MMの指は瞬く間に引き金を引き、放たれた光が彼の心臓を貫く............はずだった。

「あ???は???なんで?」

MMが兵器を持ち上げてから少し遅れて鳴った甲高い銃声は、MMの兵器からではなく、彼の拳銃から放たれていた。弾丸の描く軌跡はMMの肩へと吸い込まれ、その手に握っていた兵器を弾き飛ばす。

「テメェ......!なにか細工しやがったな......!」

肩から流れる血を抑えながらMMが苦悶の表情を浮かべる。今まで閉じていた目は見開かれ、彼に対する怒りが質量を持っているかの如くぶつけられる。それを受け取った彼は、先ほどの端末を取り出しMMへと突きつけた。

「なんだそいつは......!」

「僕の作った兵器が今どこで稼働してるか分かるんだよ。さっき言ったろ」

端末には先ほど同様赤い点が無数に写っている。しかし、よく見るとそれらは次々と灰色の点へと変化していくのが見て取れる。

「MMの印が入った兵器には全て遠隔で操作可能なチップが埋め込んである。僕はさっき世界中に散らばった兵器の、エネルギーに接続するためのモジュールをオフにしたのさ」

彼の言葉を聞いたMMの目はさらに見開かれる。

「馬鹿なことを言うなぁ!世界中に散ってる兵器を同時に停止させるだと?出来るわけがねぇ!」

獣のように吠えるMMに対し、彼は静かに指を空に向けて応えた。

「衛星をハッキングした。地球の裏側までしっかり届く電波を出してくれてるさ。時間はかかってるみたいだけどな」

「ふざけんなぁ!テメェ!自分が何やってんのか分かってんのかぁ!?大体、俺がテメェにいくら稼がせてやったと思ってる!?最初に提示した額は毎回テメェの手元に送ってやってただろうがぁ!?不義理にも程があるぞクソガキィ!」

MMが彼に怒号をぶつけると、MMのポケットから着信音が鳴る。

「どうやら成功してるみたいだな。今頃アンタから兵器を買った奴らはただの金属塊を握って戦場に出てるんだ。もう後始末なんか出来っこない」

「クソが!クソがクソがクソがクソがクソが!クソが!!!」

先ほどまで無表情を貫いていた彼は静かに、しかし悪魔に負けぬ激情を携えてそれをぶつける。

「さっき言ったよな?言いたいことはそれだけか?って。人を殺すのに仕方ないだと?そんなわけ無いだろ......!そうじゃなきゃこんなに躊躇う訳がない......!」

彼は拳銃を握ったまま震える手をMMへと突きつける。涙こそ流していないが彼の顔はぐしゃぐしゃに歪み、いつかの屋上で地獄を見た少年の顔に戻っていた。

「六年もお前のところで仕事してるけど、僕がもっと早くここに来れば世界に散った兵器はこんなに多くなかったかもしれない......。この場所だってずっとずっと前から分かってたんだよ!だからもっと早くにここに来ることだって出来た!でも出来なかった!監視を一人殺す!そんなことを、ずっとずっと躊躇ってた!!!」

悲しみを目の奥にたたえて彼は叫ぶ。ここに来る前に'殺した'男の後ろ姿がフラッシュバックする。いつも通り手錠をはめられた後、背中を向けた男に不意打ちで引き金を引いた。あの時の指先の感覚がいまだに彼の手を震えさせる。

「憎んでたよ!苦しかったよ!嫌だったよ!あの男の全部が嫌いだった!でも......お前を'殺す'ためには死んでもらうしかなった!」

彼は再び震える手で拳銃を握りしめ、銃口をMMの方へと向ける。

「僕の兵器は世界中で人を殺した!そしてそれは全て僕の責任だ!お前が生きてる限り、僕の背負うべきものは増え続ける!だから僕は、お前を殺して終わらせるんだ!もうこれ以上、僕のせいで人を死なせないし殺させない!だから......言え!!!お前の持ってる、僕の'最初の兵器'はどこだ!!!」

彼が叫ぶと同時に、MMは肩を庇いながらその場から逃げ出した。戦うことに慣れているのか、傷を負いながらも痛みを堪えて走る脚力は一向に落ちていない。

「待て!」

彼は不意を突かれたため少し遅れてMMの後を追う。走るMMの後ろ姿が一つの倉庫へと入っていくのを遠目に確認し、彼はそこまで一息に走る。

「......!」

入り口から中を見ると、大きな金属塊をこちらに向けてMMが立っていた。金属塊の周辺には紫色の光が細い線となり空中を漂う。MMはあの兵器を彼の方へと向けていた。

「お望み通り......テメェの責任とやらはこれ以上増えねぇようにしてやるさ......けどそれは、俺じゃなくてお前が死んで契約解除だ!!!」

かつて見た紫色の光が倉庫を照らす。MMはなんの躊躇いもなく引き金を引いた。

とてつもない轟音を鳴らし、光と衝撃が全てを飲み込む。引き金を引いたMMもその反動で後ろの壁へと大きく体を打ちつけ、その場に座り込んだ。倉庫の天井までをも光が飲み込み、文字通り全てが消えて無くなっていく。

「あは......ハハハ......ハハハハハハハハハッ!!!俺は死なねえ!!!金もこれ以上は増えねぇが随分と稼がせてもらったぜぇ兄弟!!!ビジネスは俺が生きてる限り無限に世界に転がってんだ!最後に生きてる俺の勝ちだ!!!」

目の前の光は一分以上空間を支配しその場に残り続けると、やがてその大きさを縮め大きなクレーターだけが地上に残る。海に近いこともあり、一部の地面は無くなり海水が入りこんでいる。

しかし、MMの目を引いたのはそんなものではなかった。

「なん......で、だ......」

クレーターの中央には紫色の光が丸くなり、その中の一部のみを守っている。透けて見える光の中には彼が立っていた。

光の玉にはヒビが入り、パリンと音を立てて割れてしまった。

「保険だよ。ガララアイトを使ってる。エネルギー出力値を兵器の時とは逆にしたバリアだ。本当は衛星のハッキングが上手くいかなかった時のために持ってきてたけど役に立ってくれたみたいだな」

MMは急いで兵器を握り直し引き金を引くが、そこからは何も出ない。カチカチと引き金が虚しく音だけを鳴らしていた。

「あぁ......なんでだ!なんでだよ!クソ!」

MMはただの金属塊を彼の方へと投げようとするが、傷ついた肩は思うように動かない。

「'2'だからな......」

「は......?」

「初めて作ったんだ。出力の調整なんか上手く出来てるわけがない。だから'2'だ」

いつかの老人に言われた言葉と同じように、彼は言う。

「待て!そうさ......取引だ!今までの取り分を全部逆にしてもいい!いや!俺の分を全部やる!だから......」

今まで目の前にいた悪魔のような男は、ただのみすぼらしい紙切れ同然になっていた。情けない命乞いをしながら男は涙を流して彼に懇願する。

しかし......

「時間だな......」

「は?え?おい!?なんだこれ!?」

MMの体が指先の方からから砂へと変わっていく。

「ガララアイトは並の金属じゃエネルギーの伝達による衝撃を抑えきれないんだ。ずっと商売で取り扱ってたのに知らなかったんだな。」

勉強になって良かったなと彼が皮肉を言うとMMは最後の恨みを口にする。

「覚えとけ......メルクリウス モンドが消えることでMMは本当にテメェのモンだ......マスターメイカー様よぉ、名前は一生付いて回るんだ。呪って......ぞ......れは......お......えのせ......」

最後は喉が砂へと変わり、何を伝えていたのかは分からない。しかし、稀代の大犯罪者であるメルクリウス モンドはこの時を持って死んだことだけは確かだった。

彼は目の前まで歩き、砂の上に転がる金属塊を持ち上げると静かに呟いた。

「別にお前を殺したって僕の責任が全部消えるなんて思ってないさ」

彼は床に転がった責任をようやく取り戻した。しかし、この6年間の戦争で死んでいった人々のほとんどの死に彼は関わってしまった。その責任を拾い集めることはもう二度とできない。

彼はたったひとつ取り戻した責任を抱き締め、その場に座り込み涙を流す。

「どうしようもないなぁ......六年かけてたったこれだけ......!これを取り戻すまでに僕はどれだけ責任を落としてきたんだろうな......もう掬い上げることはできないんだ......ごめんなさい、ごめんなさい......」

あの日、老人に声をかけられ、一冊の小説の挿絵に描かれた発明品に興味を持ってしまった愚かな自分の姿がフラッシュバックする。

それまでなんともなかった平穏な日常に自分で亀裂を入れた。


君のこと想ってるのよ


二人の大切な人から伝えられた言葉が彼の心を呪う。

「僕にはそんな権利ない......誰かに愛されちゃいけないんだ......」

兵器で失われた人々の命だけでなく、かけがえのないささやかな幸せをも落としてきてしまった。そんな後悔が彼の丸くなった背中を押しつぶした。

「もうやめよう......。僕は何かを知りたいと思っちゃいけない。何かを持っちゃいけない。何かを作っちゃいけない。僕の手には、何も載せちゃいけない......」


潮風と波の音は夢のように鳴り続けた。


Report09_MM_マスターメイカー

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400年後の未来の君へ しぇ @kuronoa9608

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