Report08_吊られずのマリオネット
「速報です。先日S市で発生した大規模爆破テロにて、警察により押収されていた凶器が先ほど、武装した集団により奪われたとの報告がありました。凶器については、依然として『犯人によって違法に製造されたもの』としか公表されていませんが、これが持ち去られたとのことです。警察によると、凶器を専門家による鑑定のためT署から運び出す際に、十人程の武装した集団によって襲撃され奪われたとの報告がされています。襲撃された警察官は......」
テレビの電源を落とし、三谷ともう一人の女性は休憩用の部屋を出た。
「なんかここ一週間くらいで、凄く物騒になりましたね。西さんの家ってT市の方でしたよね?大丈夫でした?」
「あたしのとこはこっち寄りだから全然大丈夫。けど、一人暮らししてた弟がS市住みでね」
西は三谷の同僚であり、二人は昼休憩を終えて仕事に戻るところだった。
「え!?そんな......すみません!私......!」
「いや、生きてる生きてる!ちょうど実家に戻っててね〜本当良かったよ」
「あぁ〜〜〜良かった〜〜〜」
「紛らわしい言い方しちゃったね〜。ごめんごめん」
二人が話しているのは先日起きた事件についての話である。テロ発生から二週間、いまだに犯人は捕まっておらず協力者の有無は不明。図書館のあるU市からは街二つ分離れた位置にあるS市のほとんどが跡形もなく消えた事件である。
事件当時は大規模な電波障害が発生しており、周辺のカメラなどは一切機能していない。二つの町のちょうど中央にあるT市のシンボルタワーから光が放たれたのを見たと周辺住民から通報があり、犯人が使用したと思われる凶器が発見されたが、指紋鑑定などで特定できる人物がいまだに分かっていない。世間では持ちきりの話題だ。
「さ、仕事しよ!午後は始まったばかりだし、切り替え〜切り替え〜」
「はい」
西がそのままエントランスへの階段を降りていくのを見送ると、三谷は第三図書室へと別れた。
三谷が図書室に入ると一番奥の窓側の席に、一人の少年が座っているのが視界に映る。交代で休憩に行く同僚に軽い会釈をすると少年の方へと歩みを進めた。
「元気?」
「ん?あぁ、こんにちは......」
しばらく前までは、毎日ここに来て学校をサボっていた少年はいつも通りそっけない返しをした。
「今日はサボり?調子どう?」
不登校だった少年が一週間ほど前から学校に行き始めたと聞き、嬉しくなった三谷は、この頃はさらに努めて明るく振る舞っていた。
「今日は土曜日だよ」
「ん?あぁ、そういえばそうか!じゃあ休日まで図書館来て学校の勉強してるのか〜感心感心〜」
三谷は今日が土曜だということを知ってはいたがわざとらしく彼をからかってみた。
「友達はできた?」
「別に」
「うっ......じゃあ勉強は!?ついていけてる?」
「行き詰まると思う?」
相変わらず本から目を離さない彼は淡々と答えを返す。あの時見た笑顔は勘違いだったんじゃないか、と苦い顔を浮かべてしまう。
会話が途切れてしまい、何か話題を出そうと思っていたところで三谷は手元に持っていた壊れた家電について思い出した。
「あの〜、ところで一つお願いがありまして〜」
彼の肩がピクリと震える。
「これなんだけど、直せないかな?」
そう言うと、三谷は手に持っていた白いプラスチックのカゴから小型の扇風機を取り出した。
「電池換えても付かなくなっちゃってね〜、これから夏だし無いとこまっ......」
「ごめん」
三谷の言葉を遮るように彼は言った。
「え?」
「やめたんだ。ごめん......」
怯えるように震えた声だった。
彼の何かに苦しむような表情を見て驚いた三谷は扇風機をいそいそと片付けた。
「あっ!いや、別に謝る必要無いし!学校のこととか慣れないこととかで忙しいよね!忘れて!」
「っ......」
彼も自分自身の不自然な態度に焦ったのか、本を抱きかかえると下を向いた。
「あの、本当にごめんね?」
三谷が彼の肩に手を伸ばそうとした時、彼は席を立ち荷物を纏めて図書館を後にした。
「やっちゃった......」
♢
彼は帰宅すると、転がり込むように自室へと走った。息を切らしながら床に座り込み、呼吸を整えようと胸に手を当てゆっくりと肩で息をした。父の従兄弟夫婦が彼にと当ててくれた部屋は
決して広くはなかったが、彼にとっては心の休まる空間だ。窓は天窓が一つ付いているだけなので、電気を付けていない部屋は薄暗く、瞼を閉じると光をほとんど感じない静かな部屋だった。
呼吸が整うと彼はパソコンに電源を入れた。元はこの家にあった古いパソコンだったが、彼が貰い受け小遣いを削り少しずつスペックを上げた。
起動したモニターに目をやると、タイトル無題の新着メールが届いていた。差出人は......。
「MM......」
彼は眉をひそめてそれを口にした、
彼が呟いたのは一人の男の通り名だった。メルクリウス モンド、裏社会では名の通った仕事人だ。盗みに殺し、金さえ貰えば一国を傾ける大規模テロさえ起こしてみせる。'大犯罪者'という馬鹿げた看板を素で背負う男である。MMとはつい先日、ガララアイトの回収を頼んだ相手がこの男であり、それが最初で最後の関わりだった。
>>構わない時でいいから連絡をくれ
文面にはその一文と、音声通話が可能なSNSの番号のみが記されている。MMとは基本的に文章でのやり取りしか行うことはなく、こちらから連絡することはあっても、あちらから連絡が来ることなど今までになかったために嫌な予感が彼の頭をよぎった。
家の人間が全員いないことは帰ってきた時に確認していたので、彼はMMへの連絡を試みた。
数回のコール音が鳴り通話は繋がる。画面上にはSNSの初期アイコンが写っていた。
「何の用だ......」
恐る恐る声をかける彼とは裏腹に、その男は軽い言葉を返してきた。
「嘘だろ!?驚いたねぇ!いやなにこんなに早く連絡してくれるなんてなぁ!」
初めて聞くその声は想像していたよりも若いが、彼とは違い声変わりを済ませた青年の声という雰囲気だ。
「あぁ、驚いたってのは連絡が早かったことに対してだけじゃない。'Sp'がどんだけヤバいマッドサイエンティストなんだと思ってたら、全然まだまだお子様だったことさぁ!」
Spというのは彼の連絡用に使っていた名前である。ハッハッと笑い矢継ぎ早に軽口を並べるこの男が、今までに世界でいくつもの大犯罪を成し遂げてきたとはにわかには信じ難いが、彼の緊張は益々強くなる。
警戒を解くことなく、彼は強気に言葉を返した。
「どうでもいい連絡ならこれ以上言葉を交わすつもりはない」
「おいおい待てよ!ちゃんと要件はあるんだってば!」
全くせっかちだねぇとMMは調子を崩さずに話を進めると、少しの間を置いて言葉を続けた。
「ちょっと前の大型テロ、アレやったのアンタだろ」
彼の体が大きく震えた。
「なんのことだ......?」
「とぼけなくていいさ、ガララアイトを使った兵器による大規模テロ......まあ首謀者がアンタじゃないにしても、あの兵器を作ったのはアンタだろ。そもそも直近でアレを回収させたのはSp、お前だ」
先ほどまでとは違いワントーン低いMMの声には彼が言葉を詰まらせるだけの圧力があった。
「だ、だからって作ったのが僕だって証拠は......」
「もう回収してるって言ったら?」
MMは先ほどよりも一段と低い声を発し、彼の言葉に被せた。さらに通話越しにチャキチャキと金属が擦れるような音が鳴る。わざとらしいブラフの可能性もあるが、嫌な汗が彼の首筋を流れる。
「人質でも取ったつもりか......?」
「いや別に、信じるか信じないかはアンタ次第さ」
どう言い返すこともできず、彼は観念したように口を開いた。
「確かにそれを作ったのは僕だ。けどそれを知ってどうするつもりだ?政府に密告して情報でも売るつもりか?」
「まさか!そんなことする訳ないさ!ウチの利用客が一人いなくなるのは悲しいことなんだぜ?それにこいつはこれからどんどん金を生むんだからなぁ!」
先ほどまでとは打って変わり、MMは元の調子に戻って話を進めた。
「コイツをとある国の、ちょっとばかりデカいマフィアのボスに見せたのさぁ、そしたらどうだ?コイツを言い値で買うと言い始めたんだぁ!」
最悪の空気感の彼とは裏腹にMMはどんどん声の調子を上げていく。
「だから俺は言ったのさ、コイツは売れないがこれを作った奴の別の兵器なら融通が効くかもしれないとな」
彼の最初に感じた嫌な予感の正体が姿を現した。
「まさか僕にその兵器を作れと言ってるのか......?」
「なーに、タダでやれなんて言わないさぁ。分け前は8:2でアンタが2だ。仕事は山ほど回してやるし、材料もこっちで手配する。お子様の小遣いにはそれで十分だろ?」
声の調子は一段と軽く戻ってはいるが、彼が通話越しに聞かされた内容はほとんど脅しのようなものだ。
「僕はそんなヤバい仕事には関わらない!お前のやる仕事に穴が無いのは知ってる!けど、犯罪者に直接手を貸す仕事なんか絶対に......」
「あれだけ殺しといて今更何言ってんだ?」
空気が凍る。それまで彼が息をしていた部屋の酸素が全てなくなってしまったかのように、彼は呼吸ができなくなった。
頭の中にあの日の地獄が鮮明に蘇る。炎が街を焼き、全てを飲み込む光景がまざまざと映し出される。さらに追い討ちのようにMMは言葉を続けた。
「なにが犯罪者だ?お前も同じだろうが?......どうせお前、今まで一度も人をヤったことなかったんだろ」
「っ......!」
「話してるだけで分かる。お前みたいな甘い考えのやつを今まで山ほど見てきたんだ。それとも何か?自分は引き金を引いてねえから殺してないとでも言いたいのか?」
通話越しにMMの大きなため息が聞こえる。
「気楽でいいよなぁ?お前ら発明家は銃を作る時に責任も引き金に組み込めんのかぁ?」
MMの言葉を聞いた彼の脳内に、数日前の自分の言葉が蘇る。
'僕の責任を勝手に奪うなよ!'
自分が人を殺す兵器を作ってしまった責任を。人殺しに道具と意志を与えてしまった責任を。大勢の人々を巻き込んで殺してしまった責任を。
彼は無意識にその全ての責任から逃げてしまっていたことに気づいてしまった。
その瞬間、バチンと何かが音を立てるように、彼の頭の中で一つの想いを固めた。
「......やるよ」
「あぁ?」
「やってやるって言ったんだ......!僕はあの日だけで5千人以上の罪のない命を奪った人殺しだ!その兵器を作った責任も!みんなみんな殺した責任も!全ては僕のものだ!!!」
普段物静かな彼には似合わない激情。
感情を全面に出した叫びは部屋の空気を震わせる。
啖呵を切り、息を切らしている彼をよそに通話越しにはハハハッ!と愉快な笑い声が聞こえてくる。
「正義感の強い坊ちゃんだねぇ」
「後悔するなよ......」
「うん?」
「お前が脅してるつもりになってる相手はただのガキじゃない......!お前が持ってるその兵器を作った正義感の強いイカれた発明家だ......!僕は、いつか必ずそいつを......'僕の責任'を取り戻す!」
「交渉成立、だな......!」
彼は奇しくも悪魔と二度目の契約を交わした。
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