隣のBGM

人型改造

隣のBGM



〈某ゲーム雑誌2019年8月号の記事「ホラーゲームクリエイターの怖い実話」より〉



 これは私が高校生だった頃の話です。


 当時、私は両親と一緒にアパートの一室で暮らしていました。203号室です。


 そのアパートは壁が薄くて、隣の204号室の音がしょっちゅう聞こえていました。


 そんな音の中でも一番気になったのがとある音楽です。毎晩、午後9時になると隣の204号室から音楽が聞こえてくるんですよ。それが翌朝までずっと流れてるんです。


 よく耳を澄ませてみると、それはあるゲームのBGMでした。当時の私も持っていた携帯ゲーム機のソフトの曲です。


 具体的なタイトルは伏せますが、そのゲームはちょっとマイナーな作品でして、「隣の人もこれやってるんだ。珍しいなぁ」なんて思っていました。


 それで、ある時、ふと気づいたんですよね。これ、隣の人とゲームで通信できるんじゃないかって。


 ローカルとか、アドホックとかいう通信のモード。インターネットを介さずに近くのゲーム機同士が直接つながるモードですね。それができそうだと思ったわけです。


 でも、すぐに実践してみたわけじゃないですよ。できそうだと思っても、やっぱりちょっと気が引けるじゃないですか。そんなに親しくもない隣人と壁越しに遊ぶなんて。


 そんなある日の朝、引っ越し業者の方が204号室から荷物を運び出していたんです。


 ああ、引っ越すのか、と深く気に留めずにいたんですが、例の時間になってびっくりしました。


 その日の午後9時、私が自分の部屋にいると隣の204号室からいつものBGMが聞こえてきたんです。


 おかしいんですよ。引っ越し作業はとっくに終わっていたので、204号室はもぬけの殻のはずなんです。それなのに誰かがその部屋でゲームをしている。


 で、この時、私は強い好奇心に駆られました。今、隣でゲームをしている人と通信してみようって。


 不思議な状況だったからこそ、興味が湧いてきたのかもしれません。


 とにかく、直感的に何かが起こるような気がしたんです。


 私は自分のゲーム機を持って壁際にぴったりと身体を寄せました。203号室と204号室を隔てる壁にです。


 ゲーム機の電源を入れて、通信機能で近くの通信できる相手を探しました。すると、本当につながったんですよ。すぐ近くの誰かと。


 でも、それは一瞬のことでした。すぐに通信は切断されました。


 そしてその直後に隣から、204号室から、「ドンドンドンッ」という音が聞こえてきました。私がくっついていた壁の向こう側で、まさにその壁を叩くような音がしたんです。


 私はぎょっとして壁から飛びのきました。


 すると、今度はばたばたと慌ただしく走るような音と、乱暴に扉が開け放たれる音もしました。


 たぶん204号室から誰かが出てきたんだと察しました。


 外廊下を歩き回るような足音が聞こえるんですよ。


 私は半ばパニックになって両親に縋りつきました。外の廊下に変な人がいると言って、様子を見てきてほしいと頼みました。


 壁が叩かれる音は両親も聞いていたようで、父がすぐに廊下へ出ていきました。


 しかし、誰もいなかったんです。


 ちなみに、204号室の鍵はちゃんとかかっていました。


 例のBGMが隣から聞こえてきたのはその夜が最後です。もう二度と聞こえてくることはありませんでした。


 あの最後の夜、隣の部屋に何がいたのかは結局分からずじまいでした。



〈某オカルト系ライターの未記事化取材記録(取材日2019年9月13日)より〉



 ああ。あの話ですか。あれ、肝心な部分はフィクションですよ。


 謎めいた実体験を脚色して怪談にしたら面白そうだと思ったんです。


 だから、あのインタビューを受けた時、即興で怖い筋書きを考えて披露しました。


 実際には誰かが空き部屋から飛び出したり、外廊下から人の気配がしたりとかはありませんでした。終盤はほとんど創作です。


 職業柄、ついついホラーのシナリオを作りたくなってしまうんです。


 現実的に考えれば、BGMの出どころは204号室ではなく別の部屋だったということでしょうね。104号室とか、304号室とか。


 ちなみに、私たちの新作は例の話で出したゲームに少し影響を受けてましてね。オマージュなんですよ。



〈某ゲーム攻略サイトのページ(最終更新日2007年6月4日)より〉



・裏の空間バグ


 旧市街地の北東にある建物で発生するバグ。


 2階の左から4番目の部屋にはクローゼットがある。ただし、これは平らな壁にそれらしいグラフィックを貼りつけただけの飾りであり、本来は開けて中の様子を見ることができない。


 ところが、そのクローゼットの前で回避を繰り返すとだんだんその中にめり込んでしまう。


 完全に中へ入り込めたら、クローゼットの裏側にある空間が見える。


 ただし、その空間から抜け出す方法は無いため、復帰したければリセットするしかない。


 裏の空間の中でセーブしてしまうと、そのセーブデータでストーリーを進めることは不可能になる。



〈某ゲーム情報サイトのレビュー(投稿日2019年9月7日)より〉



・期待のインディーズ最新作だったのに


 世界観もゲーム性もいい感じだけど、変なバグが多い印象。


 特に、壁際でスタックして中に入り込むバグがヤバい。


 マップの裏側が何か気持ち悪いし。


 これ、ちゃんとデバッグしたの?



〈某オカルト系ライターの未記事化取材記録(取材日2019年9月18日)より〉



 発売前のデバッグでは何の問題も無かったはずなんですけどねぇ。発売してからボロボロとバグが見つかって大変です。


 すぐに修正パッチを作らなきゃいけないんですけど、急にリーダーと連絡が取れなくなっちゃったんですよ。


 だから、サークルの皆で探してるんですけど見つかんないんですよね。困りました。



〈某オカルト系ライターの記事「怪談の真相!」(公開日2020年2月7日)より〉



 はい。2019年の夏に204号室で変な物が見つかりました。


 押し入れの中板の裏にベニヤ板が打ちつけてあって、それを剥がすと古いゲーム機が出てきたんです。中板とベニヤ板の間に小さなゲーム機が挟み込んであったんですよ。


 誰が何のためにそんなことをしたのか……いつからそこにあったのか……まったく分かりません。



〈某SNSの投稿(投稿日2020年5月6日)より〉



 最近、隣の部屋から俺が好きなゲームのBGMが聞こえるんだよね。


 去年の夏に発売されたインディーゲームの音楽なんだけど。


 隣の人もやってんのかな。



〈某オカルト系ライターの未記事化文書データ(最終更新日2020年6月3日)より〉



 平素より記事をご愛読いただき誠にありがとうございます。


 2020年2月7日に公開した「怪談の真相!」の内容に偽りがあったことをお詫びいたします。


 この度、皆様に多大なるご迷惑を

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