第1話 厄剤の"専門家" 後半
やがて周囲が騒がしくなって、我に返って女性に駆け寄る。
「
「うん? ……あぁさっきの子か。結末に直面するのは初めてかな? あれこそ軽視されがちな
「厄剤……いまのが本当に?」
警察学校で習った覚えがある。
『事実上は科学による産物であるにも
特定の薬品を指す名称ではなく、国連が設けたいくつかの判定基準に照らして当てはまった薬に与えられる称号。日本国では二種の薬剤が指定を受けている。その一つ目が──
「日本国
サドリの弾むような声が、知識を現実と結びつける。
「服用者に他者を惹きつける魅惑の引力を発揮させますが、徐々に求心力が重力すら生み、最期はその引力で文字通り自滅する禁薬だ」
「ブラックホールが彼女の身体を呑み込んだように見えました。どうしてあんな現象が」
「
遠回しな『貴方程度では触れられない機密情報ですよ』という線引きだったが、言葉の裏を読む習慣のない
「説明も出来ないほどの禁薬……。あんな代物に人生を狂わされるなんて。可哀そうに」
容疑者の流した涙がまぶたから消えてくれず、小方は唇を噛む。
「んーそうでしょうか」
女の軽妙な口調がその感傷を台無しにした。
「狂わされるどころか計算通りだったのでは?
心からそう思っているようで、ニコニコと微笑ましさすら
あの悲痛な絶叫を目にして平然とそんな感想を言えるとは。思考回路に欠陥があるのか、それともよほど人間の理性を過信しているのか。何にせよこの女がまともな神経をしていないのは確かに思えた。
「ところで先ほどから私を観察しているそちらは」
「しょ、署長!?」
サドリの視線を追うと、そこに立っていたのは紳士然とした初老の男性だった。
いかに新人の
驚き固まってしまった
「
「こちらも管轄内で久々の
「私の専門は
「嫌味な奴だ。厄剤事件の解決に勤しむ、それこそがお前の刑務だろうが犯罪者め」
「え? は、犯罪者……?」
聞き捨てならない単語が混じっていて、
「少し前まで警察学校に通っていたんです、厄剤の定義はご存じだろう。では厄剤の製造や研究が禁止された経緯は覚えておいでかな?」
「はい。二十年くらい前にアメリカで起きた薬災を皮切りに、下手すれば人類を滅ぼしかねない薬が
「細部が怪しいがおおかたその通りです。
やれやれとサドリが大げさに肩をすくめる。話について行けず首を傾げる
「まだ分からんか。いいや、本当は薄々勘付いてはいるのだろう? 厄剤の情報は最上位の機密扱いだ。こんな若い一介の研究者が警察組織以上に詳しい? どころか専門家だと? あり得ん。であれば、答えは一つだろう」
「それって……」
光の無い目で親しげに笑いかけてくる得体の知れない女に、厄剤の異質な印象が重なる。
ぞわりと、背筋に悪寒が走った。
「まさか、
「あんなのと一緒にしないで頂きたい。私の薬はもっと最新です」
サドリが意味ありげに笑う。
新たな危険薬物が出現すれば少なくとも警察関係者の耳には入るはずだ。ましてや
「その辺りは事情があってな」
署長が咳払いして
「
「はいはいなんです?」
「区内で厄剤絡みと思しき事件が発生した。至急、調査に向かえとの指令だ」
「承知
「……彼ならレポートに追われて来れんそうだ。貴様を一人で行動はさせられんな。
「っは!」
「彼女の相棒が不在の間、君がしばらく助手をやりたまえ」
「じ、自分がですか!?」
嫌だ! と
サドリを見やれば意味深な笑みを
「じ、自分は……」
さっきの悪寒が骨身にまとわりついて未だ取れずにいる。言うべき言葉は分かるのに、それを選ぶことを喉が許容できない。そんな葛藤の最中、予期せぬ方向から肩を叩かれた。
「その必要はねぇ。どこの誰かは知らねえがお前にゃ荷が重い」
横からぬっと現れたのは、小汚いダッフルコートを羽織った、くせ毛の跳ねが目立つ青年だった。
「手に負えねぇだろあのクソ女。おもりは俺が代わってやる」
甘やかさすら感じる低い声で苛立ち混じりに頭上から囁かれ、
「遅かったじゃないミメイ君。とっくに終わってしまったよ」
満面の笑みで迎えられ、青年は苦虫を噛み潰したような渋い顔でサドリと並ぶ。
「これでも急いで来てやったんだっつの。お前こそ
「ミメイ君こそレポート一つを厄剤事件と
「……動きが変なのに気付くのが遅れたんだよ。単位が足りなくなるとこだったのは本当だが」
「別にいいじゃない。なんだっけ、もう一年遊べるぞいだっけ」
「混じってんな、いろいろと。つかまだその呼びかた続けんのかよ。
青年が署長を
「
署長の眉が一瞬歪む。だが年長者の
厄剤指定第〇三号 〜言の葉を孕む錠剤〜 まじりモコ @maziri-moco
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