すこしふしぎなペンギンとヤンキーのおはなし
藤泉都理
すこしふしぎなペンギンとヤンキーのおはなし
ペンギンに特化した学術系サークルであるペンギン大学によると、ペンギンが見られる全国の施設の中で、種類が最も多くみられるのは、長崎ペンギン水族館らしい。
キングペンギン(水族館で一番大きいペンギン。嘴が長く、下嘴の左右がオレンジ。首から胸元にかけてのきれいなオレンジ色の羽毛が自慢。性格はおとなしくておっとり屋さん)
ジェンツーペンギン(頭の上に白いヘアーバンドのような模様がある。足の色に注目すると見つけやすい。足の色が黄色なのは水族館でこのペンギンだけ。性格はとっても好奇心旺盛)
ヒゲペンギン(顎から耳の後ろまで入った黒のラインが、帽子の紐みたいでキュート。足はピンク色で尾羽根は長め。性格は行動派で動きが早い)
キタイワトビペンギン(目の上に伸びている幅広く黄色い眉状の羽が特徴。頭部は黄色の飾り羽(冠羽)と黒い羽が多く、長いものは九センチメートルにもなる。嘴は橙赤色で眼(虹彩)は真っ赤。足はピンク色で、足の裏は黒色。ミナミイワトビペンギンと比べて、飾り羽が長い)
ミナミイワトビペンギン(その名の通り、岩をピョンピョン飛び回る。マカロニペンギンと似ているが、黄色くて立派な飾り羽がチャームポイント。性格はちょっぴり攻撃的)
フンボルトペンギン(乾燥地帯に住むペンギン。胸に大きな黒の帯が一本入っていて、お腹には黒の斑点が散らばっている。個体数の多さでは水族館ナンバーワン)
マゼランペンギン(南米のアルゼンチンやチリに住むペンギン。首から胸にかけた部分に黒い二本の線がある。性格は警戒心が強くおとなしめ)
ケープペンギン(南アフリカに住むペンギンで、別名「アフリカペンギン」とも呼ばれている。胸の羽毛がとてもきれいな純白なのが自慢)
コガタペンギン(世界最小のペンギン。その重量は約一キログラム。オーストラリアからニュージーランドに住み、海岸の岩場の割れ目や、海岸近くの地中に掘った穴で生活する)
「………はあ」
ペンギン大学でペンギンが見られる全国の施設を、長崎ペンギン水族館でペンギン図鑑の説明文を読んでいた高校生ヤンキー、
もはや畳の匂いすらしない古ぼけた畳であったが、弾力性はまだ残っていたらしく、おかげで背中を痛める事はなかった。
「………はあ」
キタイワトビペンギンだったか、ミナミイワトビペンギンだったか。
どちらの飾り羽だったかは忘れたが、ひどくカッコよく見えたそれを真似した髪型を未だにしているというのに、今の今まで、どうしてこの髪型にしていたのかというその理由も。
幼い頃に初めて見た時、あのふわふわもこもこした愛らしくもどこか精悍な顔立ちのペンギンに触れてみたい、抱きしめてみたいと生じた強い衝動すらも。
すっかり忘れていた。
きっと、忘れたままだったのだ。
あの、ペンギンの着ぐるみを目にしなければ。
ペンギンは全部で十八種類いて、その半数が絶滅危惧種。だの。
ペンギンは種類によって大きさがだいぶ違う。だの。
大昔には人間くらいの大きなペンギンがいた。だの。
ペンギンは寒い地域以外にも生息している。だの。
ペンギンは歯がなくて口の中がトゲトゲ。だの。
ペンギンの翼はすごく硬く、はたかれると大根が折れるくらいの威力がある。だの。
ペンギンは短足ではない。だの。
氷の上に居ても足がしもやけにならない秘密がある。だの。
ペンギンは年に一度全身の羽が生え変わる。だの。
エンペラーペンギンのパパは三か月断食して卵を温める。だの。
駅の広場にいたペンギンの着ぐるみを着た長身の男性が、黒のトップメガホンを使って声高々に、ペンギンについての情報を簡潔に言い並べるや否や、猛ダッシュでその場を立ち去って行ったのだ。
「はあ」
何が引き金になって、遥か昔と言っても過言ではない強い衝動を思い出すのかわからないものだ。
「はあ」
(ペンギンに、会いてえ。映像じゃダメだ。直に、会いてえ)
高遠は胡坐を解いては、身体を横にして目を閉じた。
久々に、本当に久々に長文を読んだからだろう。
疲弊しきった頭は休息を激しく必要として、瞬く間に眠りに就いたのだ。
夢を見た。
ペンギンの着ぐるみを着た長身の男性が、波が荒れ狂う大海原が眼下に待ち構える絶壁の頂に立っていたのだ。
男性の周囲には、十八種類のペンギンが一匹ずつ佇んでいた。
男性は屈んでは、そのペンギンたちの嘴に自分の嘴をハイタッチするように軽くはたき終えると、もう何の未練もないと言わんばかりに、崖から大海原へと飛び込んだのだ。
あの高さである。
自分だったらもう即死だな。
思わず身震いした高遠は気づけば、大海原の中にいた。
まるで自分が新幹線か、弾丸になったような気分であった。
男性に乗り移ったのだろうか。
とてつもなく速い速度で大海原の中を自由自在に泳ぐ、いや、俊敏に突進するその男性は目指している場所でもあるのか。
迷いなく大海原を突進していく。
痛い、辛い、寒い、冷たい、苦しい、気持ち悪い。
心身の不調が渦巻く一方で、高揚感が次から次へと開花していく。
切り拓いているのだ、この大海原を。
誰もが屈服してしまう、この偉大な大海原を。
すげえな、すげえ、すげえ。
高遠の飛び跳ねたい気持ちに応えるように、男性は何度も何度も、海中から海面へと、天空へと飛び跳ねた。
月にだって軽々と届くのではないか。
高揚感が最骨頂に達した高遠が常になく大きな、とても大きな満月に目を奪われた瞬間。
目が覚めた。
(今日もいるな)
高校の行くために使う駅の広場で、高遠はペンギンの着ぐるみを着ている長身の男性を見かけた。
毎日、毎日、朝と夕方の二回。
恐らく、中に入っている人間は違うのだろう。と、思いながらも、どうしてか、同一人物だろうという考えも捨てきれず。
どうしてか男性が気になる高遠はけれど、話しかけられないままに、ペンギンの情報を黒のトップメガホンを使って声高々に言い並べては立ち去る男性を見送る日々を送っていた。
ペンギンに直に会えない日々を送り続けていた。
夢はあれきり、もう見る事はなかった。
「なあ、あんた」
高遠がペンギンの着ぐるみを着た長身の男性を見かけて、一か月が経った。
高遠は意を決し、話しかけたのだ。
こちとらヤンキーなんじゃい怖いもんなんかないんじゃい。
そう心中でメンチを切りながら。
否、実際にもメンチを切りながら。
「はい?」
「なあ、あんた」
「はい」
「ペンギン、好きなのか?」
「ええ、大好きです」
「そうか」
あれ他にも訊きたい事がいっぱいあったはずなのにおかしいな。
そう思いながらも、高遠は礼を言って男性に背を向けて歩き出していた。
もう、無理だ、これでもう話しかける事はできない。
そう思うと、何故だか、泣きそうになった高遠の脳裏を、唐突に過ったのだ。
崖から荒れ狂う大海原に易々と飛び込んだ男性を。
「なあ、あんた」
高遠は背を向けたまま、男性に話しかけた。
もしかしたらもういないかもしれないと思いつつ。
だから、いるとわかった時は、いてくれてよかったという想いと、いなければよかったのにという想いがぶつかり合っては消滅して、話したいという想いだけが残った。
「あのさ。俺、ペンギンに会いたいんだけどよ。本当は、長崎ペンギン水族館に行きたいんだけどよ。金がねえから、行けねえんだ。調べてもよ。近場でペンギンに会えるところはねえんだ。だから。だからよ。近くでペンギンに会えるところがあるなら、教えてくれねえか?」
「………」
何か言ったような気がしたが聞こえなかった高遠が聞きたいとの衝動のままに振り返ると、男性が着ぐるみを脱ぎたいと言ったのだ。
「着ぐるみを脱いで、教えたい」
「え、いや。まあ。好きにすればいいんじゃねえのか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
するするすると、男性が着ぐるみを脱ぐと、そこに居たのは。
「え?」
どう見ても、小学生、しかも低学年の小学生が立っていたのだ。
どう見ても、今の今まで、あの大きな着ぐるみを着ていたとは到底思えない小さな小学生が立っていたのだ。
「え?え?」
「お兄さん。近場でペンギンが見たいんでしょ。これ。ぼくが作ったの。ペンギンが見られるよ。本物だよ」
「え?ああ。ありがとう。な」
着ぐるみを器用に小さく折り畳んでは収納したバッグの外ポケットから紙を一枚取り出した小学生は、高遠にそれを差し上げた。
高遠はそれを受け取ると、待っているからねと手を大きく振りながら去って行く小学生を黙って見送った。
「イ、イリュージョン」
ぽつりと呟いては、紙を見た。
書かれている文字は、まったく読めなかった。
その日、夜にいつものように眠った高遠は夢を見た。
小学生に戻った自分と着ぐるみを着ていた小学生が一緒に長崎ペンギン水族館に行く夢だった。
念願のペンギンに抱き着きもしたし、ペンギンと一緒に泳いだりもした。
とても、楽しかった。
腹の底から、否、足の爪先から、本当に楽しんだのだ。
(ようやく会えたね、か)
夢から覚めた高遠は小学生の言葉を反芻しては、起き上がった。
もうあの小学生は、駅の広場に立っていないだろうが、違う場所で会えるような気がした。
どうしてか、確信があった。
だから高遠は口に出して言った。
夢の中では言わなかった言葉を今。現実で。
またな。
(2024.5.7)
すこしふしぎなペンギンとヤンキーのおはなし 藤泉都理 @fujitori
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