第10話 クッキングデブ。
「この学校に入学する前のこと覚えてる?」
「入学前……?」
こんな美少女に会った覚えはないので、誰かと間違えてやしませんか。
「ほら、商店街でアタシが悪質ナンパに困ってたら、田中くん助けてくれたよね?」
「えっ、……商店街のあの時の!?」
驚く。
なぜなら見た目というか、印象が全然違っているからだ。
あの時の彼女は、確かに素材は美少女だったかもしれないけど、地味めな地元女子という感じだった。
今目の前にいる彼女は、テレビで見るアイドルに負けずとも劣らないくらいに輝いて見える。
「えっと、分からなかった?」
「ごめんなさい、全然分からなかったよ」
「あ、そう。……高校デビュー成功かな?(ボソッ)……あの時はありがとう。絶対今度お礼するね!」
「いや、いいよ。気にしないで!」
途中、何かボソボソと言ってるところは聞き取れなかったけど、お礼は普通に遠慮したいので、気にしないで欲しいと伝える。
だって、お礼なんかされたら、ゼッタイ僕勘違いしそうだし。
あと、変にクラスで目だつことになるのも困る。
あ、でも無理そう。
「お礼期待してね」とか言ってるし。
うーむ。
「ところで、もう入る部は決めたの?」
「あ、一応1つ目は」
「何部?」
「料理研究部」
「へー! 料理!」
ほえーっ、と意外に愛嬌のある表情をしてみせる水嶋さん。
隙が出来たせいか、アイドル級美少女から商店街のかくれ美少女くらいまでには親しみやすくなった。
気の所為だけど。
「水嶋さんは?」
質問返し。
こちらも相手に興味を持ってるしるし、というヤツを奇跡的にできた。
そういえば、かなり久しぶりの、もしかしたら小学生時代以来のまともな女子との会話かもしれない。
緊張しかないな。
このまま無事に終わりますように……
「アタシはチアかな」
「チア?」
「チアリーディーング」
ひひっと笑う水嶋さん。
うっ。
左上に見える仮想のライフゲージがゴリゴリと削られていく。
別れるタイミングを逃した僕は、しばらく横になって歩くしかなかった。
紳士ムーブ、紳士ムーブ……
紳士ムーブってどんなんだっけ?
「じゃあ、またね」
「あ、うん……」
それは、部室棟を出るまで続いた。
「……」
◆
翌日、教室ですれ違った水嶋さんは僕を気にしている様子は無く、目配せ的なものや挨拶の類も一切無かった。
彼女にスクールカーストを無視したような振る舞いをするつもりがなさそうなので、少しホッとする。
まあ、少し寂しく感じてしまったのは事実ですが、何か。
その気持ちを紛らわすためという訳ではないけど、僕はさっそくダイエット用クッキーのレシピの研究を進めることにする。
今日は高橋部長ともう1人の3年生が、学年行事の為に部活を休んでるらしい。
なので、部室には僕と女子部員3名だ。
高橋部長がいないので、自然と会話は事務的なものしかない。
昨日、近所の商店街で揃えてきた材料を自分の前に並べる。
女子部員3名に、何となく注目されている気がする。
ふーっ。何か緊張するな。
よし作るぞ。
最初に作ってみようと思うのは、名付けて「クルミとバナナとヒヨコ豆のダイエットクッキー」だ。
インターネットで見つけたレシピをいくつかMIXして、僕なりのアレンジを加えたものだ。
最後は何度も同じ物を作れる用にレシピとして残すつもりなので、材料の組み合わせや量をメモの上で検討しながら試行錯誤を続ける。
とはいえ、材料費と時間の関係上、せいぜい3、4パターンの試作品でレシピを完成させるつもり。
「出来たー」
中々、美味しそうにできた気ガス。
今回のレシピはコレだ。
レシピ「タカシのクルミとバナナとヒヨコ豆のダイエット小麦抜きクッキー。ダイエットなのにハチミツ練り込んでシナモンを振りかけちゃったYO☆」
### 材料:
- 1缶(約240g)のヒヨコ豆(水を切っておく)
- 1/2カップのクルミ(細かく刻む)
- 1/2~3/4カップのバナナピューレ(熟したバナナを潰す)
- 小さじ1、又はお好みの量のシナモンパウダー
- 小さじ1のバニラエッセンス(任意)
- 1/4カップのメープルシロップまたはハチミツ(お好みで調整)
- 小さじ1/4の塩
- オートミール(任意の量、クッキーの食感に合わせて)
### 手順:
1. フライパンを中火にかけて温める。クッキー生地が広がるので、フライパンの大きさに合わせて適量を作ります。
2. ヒヨコ豆、クルミ、バナナピューレ、シナモン、バニラエッセンス、メープルシロップ(またはハチミツ)、塩をフードプロセッサーやミキサーで滑らかになるまで混ぜる。
3. オートミールを加え、生地が均一になるように混ぜる。オートミールの量はクッキーの食感に合わせて調整。
4. フライパンに生地を小さなクッキー形に成形し、中火で焼く。一度に複数枚焼くことができます。
5. 両面が軽く焼けるまで(約3-5分ずつ)焼き、クッキーがしっかりとした食感になるまで調理します。
6. クッキーが焼きあがったら、取り出して冷ます。
今回の1番のこだわりポイントは小麦を抜いたことかな。
その他にも、白砂糖を使ってないところとオーブンを使わないでフライパンで焼くところはこだわっている。
どれ、さっそく実食と行きましょうか――――
「田中くん、クッキーのレシピ完成したの?」
と、ひとりで試食しようとしていたら、いつの間にかそれまで遠巻きに見ていた他の料理研究部の女子3人に取り囲まれていた。
「カワイイ……」
「美味しそうなニオイ……」
「……ねぇ、1つもらっていい?」
「「「そうだ、試食手伝ってあげる」」」
「ど、どうぞ」
料理研究部の女子の皆さんはクッキーに目がないらしい。
食べ始めたら「美味しい、美味しい」と全員が手が止まらない。
放おっておいたら全部食べられてしまいそうだったので、自分の分を慌てて数枚だけ確保する。
そして、あっという間に全部無くなってしまった。
「あっ、田中くんの分全部食べちゃった!」
「大丈夫です。こっちにちゃんと残してます」
「3枚だけじゃない! どうしよう……そうだ!」
お詫びにと彼女たちが作った高カロリーなスコーンやドーナツを代わりに分けてもらえる事になった。
「タカシくん、またダイエットしなきゃね」
「ダイエットしないといけなくても何が何でも、センパイと同級生女子が作ったドーナツは食べたいですよ」
「タカシくん正直ね!」
「「「「あははは」」」」
いつの間にか、下の名前呼びになっていた件。
モチロン、受け入れられた気がして嬉しい。
ダイエットクッキーは殆ど食べられちゃったけど。
殆ど食べられちゃったけど。
大切なことなので2回言いました。
でも、全然これくらい構わないですよ。
デブ紳士ムーブですから!
この後、彼女たちから僕のダイエット用クッキーが美味しいと噂が広まって、あんな事になるとはこの時は想像もつかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます