第5話 デブと登山。


 僕が登山を計画したシジミ山は上級者用と初級者用の2つの登山コースがある。

 今回はありがたく難易度の低い初心者コースでチャレンジすることにした。


 お父さんの運転する車が目的地に到着。

 頂上から少し離れた中腹の駐車場だ。

 家を出た時は真っ暗だったけど、日の出を予感させる明るさになってきた。


 しばし、休憩タイム。

 そして、――準備完了。


「登り始める前に、いくつか確認しよう」とお父さん。


「まずは装備だ。登山靴はしっかり履いてるね。そして防寒具や雨具も持っているね」


「リュックに水、非常食、応急処置キットもちゃんと入ってるかしら?」 お母さんも補足する。


「そうだな。そして、気象情報をしっかりと確認して、天候が急変しないかも注意しよう。今のところは、今日は晴れだ」


「さらに、山道を外れないように地図やコンパス、GPSを持っておくのも忘れずにな」


「全部、お店の人の受け売りだけどね」とお母さん。


「他の登山者とのコミュニケーションも大事だよ。誰かとすれ違ったら挨拶を心がけよう」


 僕は2人にわかったと頷いてみせる。


「分かったよ、お父さん。お母さん。安全第一で行こう」


「無理はするなよ、タカシ。お母さんも」

「うん」

「おとうさんこそ無理しちゃダメよ。明日普通にお仕事なんだから」

「分かってる。安全第一で行こう」

「りょーかい」


「じゃあ、出発!」


 僕の号令で、登山開始。

 まずは僕が先頭だ。

 しばらくは散策エリアと呼ばれる景色を楽しめる、緩やかな登り坂で、ここは楽だった。


 しかし、散策エリアを過ぎて、段々と傾斜キツくなってきた。


 進むにつれて木々や岩肌によりシャープになり、足元の道も段々と岩や根っこで覆われ、坂道は急になり、息が上がり始めた。

 疲れが肉体を襲い、足は重く感じられる。

 専門店の店員に勧められたこだわりのアイテムを詰め込んだリュックの重さが増し、背中と肩に食い込む。

 呼吸が荒くなり、汗が流れ落ちる。


 お父さんに先頭を譲る。


 ……いつしか、僕は最後尾になっていた。


「お母さん、ほら水分とって」

「ふふっ。登山デートっぽくて良いわね」

「タカシもいるぞ」

「久々の家族デートね」


 家族デートという言葉は初耳だな。


 両親は意外に健脚で、それは本当に意外だった。

 とうとう僕は、現実逃避するかの様に、変なことを考え始めた。

 例えば、「2人共ムダに美男美女だなー」とか、「2人共デブではない両親と僕の遺伝関係はどうなってるのだろう」とか、「昔そういえば、本当の親子関係なのか調べたっけなー」とか。


 そして後悔。

 どうしてこんな山登りを始めてしまったのか。

「後悔先に立たず」とはこの事か。


 しばらくすると考えることさえも億劫になってきた。

 何も考えずに黙々と足を動かす。



「タカシ、見てみろ。日の出だ」


 お父さんの言う通り、太陽が顔を出しそうだった。

 頂上で見る予定だったけど、まだ頂上にはついてない。


「山の上の方が日の出は早いんだよな。ほら、上の方は明るい。下の方はまだ影に覆われていて、上の方からだんだん明るいところが広がっている。見えるか?」


 確かに本当だ。


「ここで休んで日の出を見ていきましょう。お母さん、少し息があがっちゃったし、休憩〜」


 僕の方があがってるけどね。

 お母さんに気を使われてしまったかな。



 日の出だ。

 いつぶりだろう。

 何年か前に見た、初日の出以来だ。



「不登校の理由だけど、本当はいじめが原因だったんだ」


 不意に、僕は両親に、これまで話してこなかった、不登校の本当の理由を打ち明けていた。

 両親は静かに驚きつつも、僕の言葉を待っているようだった。


 いつの間にか、僕の目から涙が溢れていた。



「僕、県外の高校に進学したい」

「そうか……」

「おかあさんは賛成♪」

「お母さん!?」

「おとうさんももちろん賛成よね?」

「あ、うん。もちろんだとも」



 両親はいじめの事実に憤慨しながらも、打ち明けた僕に感謝しているようだった。


「おかあさんとおとうさんは、タカシのことを本当に愛してるんだから。いじめっこの連中はおかあさんが抹殺しようかな?」


 お母さんが本当に怒っているようだった。

 僕は、あわててなだめた。

 県外の高校に行くことを許してもらえるなら、やり直せるなら未来は明るいと思ってると。


 僕は自然と、シンジという不思議な青年に出会った話もしていた。

 そして、彼から「デブ&テイク」という哲学を学んだこと。

 これから変わっていきたいという想いのこと。


 両親は、驚きつつもシンジと「デブ&テイク」の話を信じてくれたようだった。


「タカシを県外の高校に行かせるくらいの貯えはあるからな。心配するな」

「うん」


 僕は涙をふきながら、ぎこちないけど、久方振りの笑顔で2人に答えたのだった。




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