第5話 憎しみは巡る
「その人間が噂の職人?」
「はい、そうでございます。さあ、名前を。自分で仰ってください」
私はその人間に名乗り上げることを催促したが────依然その人間は魔王様をじろりと睨むだけだった。
まあ無理もない。彼とその家族以外の人間はすべて捕虜として捕まえるか、消し去ったかのどちらか。そうでなくても、彼らにとって絶対的な救世主であった勇者を倒したのだから。睨まれて当然だろう。
とは言え、不敬を働くのは許されない。
「!? があっ……!」
「名を」
「……っ!」
ぎっ、と私を睨んだが、その後少し怯んだようにびくりとした。
「……名を。私は魔王様のように優しくありませんよ」
持っていた魔法の杖を、そっと人間の背中に向ける。人間は少し息を飲んだ。
「……ルーベル・ドルチェだ」
「へえ、結構可愛い名前だね」
「……」
また魔王様をぎろりと睨んだが、魔王様は何事も無かったかのようにからからと笑った
「あはは、すごい睨むじゃん。まあ良いけどさあ」
「……問う。あんたの目的は何だ」
「……ルーベル・ドルチェ。貴方は我々魔王軍の捕虜の身であることを自覚し────」
「良いよ良いよ、元気な方が良い」
「……はあ……貴方は相変わらず緩いですね」
私がため息をつくと、何故か魔王様は満足げに微笑んだ。
その様子に人間は眉毛をぴくりと動かした。
「……もう一度問う。あんたの目的は何だ。ただケーキを作ってほしいだけなら、ここまでする必要は無いだろう」
「お、察しが良くて助かるよ。そうだねえ、じゃあ単刀直入に言うけど────」
そう言うと魔王様は人間へ近づき────あの時の勇者と同じように、首根っこを掴んだ。
「ぐぅっ……!?」
「答えろ」
……背筋が凍った気がした。
そうだ、すっかり忘れていたが────この方は、歴代最強の魔王だ。
「貴様、魔族を─────我の同胞である鬼族を使った菓子を作るとは、どんな意図があってやった?」
ぐぐぐ……と魔王様の手に力が入るのが分かる。
人間は苦しみながら答えた。
「……あ、あんた達の角には人間にとって甘美だ……あんた達を討伐したその後に、その討伐を祝福する形で作った……だ、だが、それは先代も、その前の代もやっていた……!」
「それがどうした」
「……俺だけの責任じゃない……しかも、先に手を出してきたのは、あんた達だろう……!」
「……魔王様、やはりこの男は」
「良いシルビア。下がれ」
「……承知いたしました」
私がそう言って一歩引くのと同時に、魔王様は人間の首から手を離した。
「どうやら、お前は勘違いしているようだな」
「……何がだ」
「先に手を出した────というのは何とも便利な言葉だな。先に我々鬼族、もとい魔族の生活を脅かしたのはお前達だろう。お前達は知っているか? 我々魔族は、お前達が手を出さない限り、お前達に危害を加えたことは無いと」
「……な、にを」
「我の言うことが嘘だと思うか? なら学者か何かに聞いてみるんだな。真の歴史はどうなっているのかを。……まあ」
彼は対となる色の目でぎろりと睨んだ。
「ここから出られればの話だが」
◆◇◆◇
「うわあー! 美味しー!! やっぱシェーンの街のケーキは伊達じゃないね!」
「……左様でございますか」
「ほらー、シルビアも食べてみなよ! あ、原材料魔族じゃないからね! 安心して!」
「冗談が怖いです魔王様」
そんな私の言葉を気にも止めず、にこにこしながら、ケーキを差し出してきた。
「はい、あーん」
「自分で頂きます」
「は? 無礼じゃん」
「いやいや、そちらの方が無礼ですよ」
そう言うと、魔王様は目をガン開きにして、私を無言で睨み付けた。怖いです魔王様。
「……はあ……頂きます、魔王様」
「ふっ、やっぱりシルビアもケーキには抗えなかったか……」
「でも私、本当は甘いもの苦手なんですけどね」
「……え?」
─────あれから数日。
あの人間……ルーベル・ドルチェは、基本は牢獄に入れられているが、魔王様のケーキを作る時だけ、厨房に出されている。
勝手に逃げ出さないように、人質として彼の家族も牢獄に入れているが、まあ、魔王様の口に入るものを作る彼とは違って、扱いはだいぶ雑だ。
とはいえ、今のところしっかり生きているので、あまり問題は無いだろう。
────魔王様の同胞の方を侮辱するようなことをしたのだ。
あと100年、死んでもなお出られることは無いだろう。
私はそう思いながら、魔王様のケーキをもう一口、頂いた。
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