第1話 自由気ままな魔王様

「見てくれ! ついに、『とまと』が出来たぞ!」


「……良かったですね」


 私がそういうと、魔王様はぱあっと目を輝かせ、ぷちぷちと『とまと』を採集した。


 ────勇者がこの世を去って1年。


 この世界は、我々魔物の支配下となった。


 魔王様の寛大な心より、人間達の生活水準はあまり落とされなかったが、住む場所を限定し、尚且つ武器や戦力の放棄、他にも様々な制約がかけられた。


 そうやって制約をかけたら、後は開拓するだけの状態になっていた。


 その開拓は、我々上層部の魔物が下に命令し、開拓を進めてもらうという感じで……。


 つまり、しばらくは暇なのだ。


 いや、暇といっても、仕事がないわけではないが。余裕が出来た、と言うべきか。


 そう、我々は、余裕が出来た魔王様は、歴代の魔王様のように、人間狩りに出掛けたりするものかと思っていた。


 思っていた、のだが……。


「シルビア! このハーブ、良い出来だと思わないか!?」 


「……はい、そうですね」


「あ、それからこの木苺も……」


「……やっぱり、ちょっと待ってください、魔王様」


「ん? どうしたシルビア」


 魔王様は、きょとん、としたような顔で私を見てくる。


 紫の髪に、血のような赤と、海のような青の目。


 禍々しい二対の角は、見る人が恐怖で動けなくなるような姿を作っている。


 かつて、勇者を打ち倒した、歴代最強の魔王様。


 そんな、そんな人が……


「どうして……、作業服着て、家庭菜園なんか始めてるんですか……っ!?」


 ◆◇◆◇


 ────きっかけは一週間前。


「シルビア、我、家庭菜園したい」


「は、かしこまりまし……ちょちょちょ待ってください。今何と?」


「え……いやだから家庭菜園したい」


「……魔王様。我々の食料は現状困っておりません。それに、それらのものは、市民や人間が作ります。魔王様はご安心を、毒の検査もしておりますゆえ……」


「いや、そうじゃない」


「はい?」


 私は顔を上げた。見ると、魔王様は至極真面目な顔で話し始めた。


「別に食料に困ってないのは分かってる。そうじゃなくて、我は趣味で家庭菜園をしたいのだ。分かる?」


「は、はあ……ちなみに、理由をお伺いしても?」


「え……楽しそうだから。いや我さ、生命を奪うことしかしてこなかったじゃん? 命を育てるって、どういうことか、ちょっと知ってみたいなーって」


 ……か、考えは魔王だけど、行動が魔王じゃない……。


 良いじゃん! 別に人間でも良いじゃん! 動物でも良いじゃん! 何で植物!? しかもちゃんと食べれるものやろうとしてるよこの人!


「魔王様。命を育てたいのであれば、人間を用意します。そちらの方が、より生命を身近に考えられてよろしいかと……」


「いや、初っ端から人間育てんの怖いから植物が良い」


「……」


「あと我、育てた植物使って、おしゃれなサラダ作りたい」


「…………」


 もう良いか。何か面倒くさくなってきた。


 そういえばこの人、昔から突拍子も無いこと言うような人だったな……いや人じゃないけど……。


「……かしこまりました。では、家庭菜園に必要な物を取り揃えて参ります」


「よろしくー。あ、あと、耕すのは頑張って自分でやる」


「……承知致しました」


 魔王様……貴方、自由気まま過ぎです……。

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