第5話 微笑む二人

「弁財天様、何故なにゆえ斯様かよう乱暴狼藉らんぼうろうぜきさるのでございますか!」


 紫色の特攻服を着たヤンキーに扮した弁財天たち四人掛かりに竹刀で袋叩きにされた土岐頼芸よりのりと山本数馬。これに思わず抗議の声をあげた山本数馬だった。


「甘えるんじゃないよ! 来世で平和に暮らさせてあげるとは言ったけれども、楽をさせるなんて言った覚えは無いからね!」


 弁財天は言い捨てる。


「そもそも、どうして愛する人を失うことになったのか考えたことあるの?」


「それは・・・・・・」


わしらが弱かったからだ」


「殿!」


「大事な者を守り通す覚悟も新たなる世を築く気概きがいもなく、時勢に流されの場しのぎをいたずらに重ね、目先の勝ち負けで一喜一憂しておっただけだ。内なる敵にも、見えざる大きな敵にも何もそなえておらなんだ。なんたる愚昧ぐまい! なんたる脆弱ぜいじゃく! ゆえに新九郎が儂に牙をきし折りに、すべもなく身重みおも深芳野みよしのと同じく身重であったお千歌ちかかどわかされたのだ!」


 土岐頼芸が言葉を絞り出す。


「なんだ、分かっているじゃない」


 別の特攻服姿の女性が口を開いた。


貴方あなた様は?」


「アタシは市杵島姫いちきしまひめ。弁財天様の相棒よ。いいかい、アンタたちは一人一人がもっとたくましくしたたかにならなければならないんだ。家柄がどうだから、身分がどうだから、親に言われたから、主人に言われたから、目上の者に言われたからってその通りに動いているだけじゃあ駄目なんだよ!」


れど・・・・・・」


 山本数馬は何か言おうとしたが直ぐに遮られた。


れどもれどもない! 数馬、アンタ甘いよ! 何もかも殿様任せにしておけば、そりゃあアンタは何も判断しなくていいから楽でいいわよね。でも、アンタたち四人は一蓮いちれん托生たくしょうなの! 一人一人が自らをきたえ、学び、考えて行動しなければいずれ誰かのお荷物になって、皆の足を引っ張ることになるの! ただのお神輿みこしとしてかつがれるうつけ殿はらない。何の考えも持たず主人に言われる事しかできないうつけ侍も要らない。ただ愛されることに満足してまもられているだけの姫も要らない。思うところを胸中に秘めてこらえて夫につかえるだけの奥方も要らない」


「なんと!」


「イっちゃん!」


 市杵島姫いちきしまひめの発言に弁財天までもが驚いた。


「当然でしょ。アタシたちはね、アンタたちにただで幸福を恵んであげる気はないの。アンタたちに自らの手で幸福をつかみ取って欲しいの。戦国の美濃での新しいやり直しの人生でね。それがアタシたちの願い。その準備として、お望みの平和な時代での人生をで送らせてあげようってのよ。決して損じゃないと思うわ。でもね、さっき言ったみたいに、自分をもっとたくましくしたたかに変えようという気がないんなら、この話はココでおしまい。それはそれで楽でいいんじゃない? アンタらの魂は普通の輪廻りんね転生てんしょうの流れに戻すことになる。その後どうなろうがアタシたちは知ったこっちゃない。もちろん、わざわざ深芳野みよしのにも、お千歌ちかにも会わせる意味もないからこのままサヨナラになるけどね。で、どうする? やるのかい? やらないのかい? アタシはどっちでもいいんだけどね」


「儂はやる。儂はおのれを変えたい! 己と深芳野の人生をやり直したい! それに儂はまだ深芳野にびても居らぬのだ! 儂はどうしても深芳野に会わねばならぬ!」


 土岐頼芸が即答した。


それがしもござる!不甲斐ふがいなきおのれきたえ直し、今度こそ殿を護り、お千歌を護り、人生をやり直しとうございます!」


 山本数馬も続けて答えた。


「ふうん。でも、まぁ口先だけならいくら根性なしのアンタらでもなんとでも言えるわよね。特に土岐頼芸、アンタは数馬よりも先にこの黄泉路よみじに入っていながら、深芳野に会おうともせずに立ち往生おうじょうしていたじゃない。正直言ってがっかりしたよ。そんな腰抜け殿様に本当に覚悟なんてあるのかしらねえ。弁財天様のお気持ちもわかるけれど、コイツらこのまま輪廻りんねの流れに戻してしまった方がよくない?」


 市杵島姫は馬鹿にしたように言った。


「そうねえ。どうしてもこの人たちの人生をやり直しさせなければいけないわけでもないのよね」


 弁財天も考えるりだ。


「頼む、深芳野に会わせてくれ! 深芳野に会わせてくれるならば儂は何でもする。この通りだ!」


 土岐頼芸は突然土下座をすると床に額をこすり付けた。


それがしからもお願いでござる! このままでは未来永劫えいごうお千歌にびる事すらできませぬ。我らに愛する者に詫びる機会を何卒なにとぞお与え下され!」


 山本数馬も主人あるじならい土下座して額を床に擦り付ける。


「はあっ。とか何とか言っちゃってますけど、どうします? 弁財天様」


「そうね。ちょうどいい格好だからもう一発づつシメてから考えようかしら? そのまま歯を食いしばってなさい。でないと舌むわよ! コレが深芳野の分!」


バチーン


「むう」


 竹刀が思い切り土岐頼芸の頭に叩きつけられる。


「コレがお千歌の分!」


バチーン


 今度は山本数馬の頭に竹刀が打ち付けられる。


「くっ」


「さて、どうしようかね、弁財天様」


「そうね。あなたたちはどう思う?」


 弁財天はもう二人の特攻服の女性たちに問いかけた。


「ふふふ、もうお仕置きは充分ではありませぬか」


「言いたい事も山程ございますが、正直言って如何どうでも良くなりました」


「積年のわだかまりが晴れたと申しましょうか、気分がすっきりしたと申しましょうか」


「身勝手な男共にお仕置きする事が斯様かようなまでに気持ち良き事であるとは! ふふふふ」


「ふふふ、誠に、誠に」


 二人の意見を聞いた弁財天と市杵島姫は満足そうだ。


「そいつは良かったな」


「ではこの二人をゆるし、深芳野やお千歌に会わせるということで良いかしら?」


「「はい」」


「よし、土岐頼芸、山本数馬。両名、おもてを上げよ!」

 

 市杵島姫に言われて恐る恐る顔を上げると、特攻服姿の若い女性が二人。土岐頼芸の前にはかなり長身の女性が、山本数馬の前にはそこそこの背丈せたけの女性がにこにこと微笑みながら二人を見下ろしていた。


「殿、お久しゅうございます」


「お前さま、お会いしとうございました」


「深芳野!!!」


「お千歌!!!」


 時を超えた愛する者同士は再会を喜び、固く抱き合うのであった。


















「けっ。リア充爆発しやがれ」


「イっちゃん、やさぐれないの」


「どうせアタシはただのAIですから」


「ありがとうね。わざわざ私の代わりに憎まれ役を買って出てくれて」


「お礼言われるほどのことじゃないよ。そのほうが合理的だって判断しただけ」


「このツンデレさん。でも、男どもの都合に従って自分の意思を殺したまま主体性もなく、ただ転生に付き合わせるだけじゃ上手くいきっこないもんね。男どもの覚悟も見られたし、彼女たちの長年のわだかまりや抱え込んでたものを肉体言語で発散させるだなんて、まさに一石二鳥の策ね。さすがは私の相棒、超有能なサポートAIのイっちゃんね」


「ふ、ふん。さあて、あの連中がもうちょっと落ち着いたらこのミッションの説明をするわよ! いいわねサラちゃん!」


「はいはい。もうちょっとだけ待ってあげようね」




つづく

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土岐の殿さまのやり直し-1.0(マイナスワン) 土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり) @TokiYorinori

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