第4話 臆する土岐頼芸(ときよりのり)

何処いずこであろうか?」


 山本数馬は戸惑とまどっていた。


 ふと気が付くと人気ひとけのないけわしい山道に立っていたからだ。一面にはうっすらともやがかかっている。辺りはほのかに暗いとも明るいともつかず、心もとない。見上げれば曇り空が広がっている。冬の最中さなかのはずなのに寒さも感じられない。生暖かいような冷やっとするような何とも言えない妙な塩梅あんばいだ。


 何よりも奇怪きっかいなのは山道でありながら人の声どころか鳥や獣の声も虫の声も全く聞こえないことだ。それだけでなく風の音も木々や草の葉のれる音も、水が流れる音も、なんの音もしない。あまりにも静か過ぎる。


「とりあえず、この道を上れば何かわかるのであろう」


 山本数馬は代わりえのない景色のけわしい山道を黙々と上った。老いた身体が嘘のように軽くこのままいくらでも歩き続けそうだった。


 どれほどの時が過ぎたのであろうか。急に開けたところに出た。どうやら山道はここまでのようだ。


 だだっ広く明るくて、白い何もない空間だった。振り返れば山道は消えていた。もはや後戻りはできない。山本数馬は白い空間をひたすら前に進む。


 前方に見たことのない奇妙な形の銀色の建物が見えた。そしてその手前には、こちらはどこか見覚えのある立派な身なりの若い武士が立っていた。こちらを見つめてほっとしたように微笑んだ。


「数馬! よう参った! また会えてわしは嬉しいぞ!」


「み、美濃守みののかみ様!」


 土岐美濃守頼芸よりのりその人であった。山本数馬はあわててその場で平伏へいふくしようとする。


「よさぬか」


 土岐頼芸が止めた。


「しかし」


「ここは黄泉路よみじぞ。神仏の他にはとうとき者などるまいて。人ごときの家柄も官位も黄泉路ではなんの役にも立たぬ。そちには生ける時だけでなく死してなお、わしの我儘わがままに付き合わせてしもうた。儂などに頭を下げることなどない。むしろ儂の方が頭を下げねばならぬ。長い間苦労をかけたな。すまなんだ」


 土岐頼芸は深々と頭を下げた。


「美濃守様! いえ、殿! 勿体もったいのうございます」


「しかし、数馬よ。随分とわこうなったの」


「殿こそ、元服したばかりのようでございますな」


「よう言うわ。あの険しき黄泉路の山道。じじいの身体ままであればくも易々やすやすとは参れぬぞ。これも弁財天様のありがたきはからいであろう」


「誠にありがたきことにて」


 思わず合掌してしば瞑目めいもくする二人。


「「はははははは!」」


 二人は気持ち良さげに笑い合った。


「では参ろうか。この先に深芳野みよしのやお千歌ちかが待っておるはず」


 土岐頼芸はそう言ったものの何故なぜかそこから動こうともしないで黙ったままである。カオnはうっすらと汗までかいているようだ。いぶかしんだ山本数馬の方から口を開いた。


「ところで殿は深芳野様にはお会いになりましたので?」


「まだだ。儂だけ先に会うもそちに気兼きがねでであるしの。加えて深芳野とは如何いかなる顔で会い何を如何様いかように話せば良いのかも分からぬゆえ、そちを待っておった」


 それを聞いて山本数馬の顔色が変わった。


「殿! 何故なにゆえはよう深芳野様にお会いせなんだのでござりまするか! それがしが参らねば如何いかがなさるおつもりでしたか。情けなや!」


「言うな。分かっておる。分かってはおるのだ」


 思わず顔をそむけ建物の方を見つめる土岐頼芸。目をらした主君を見て山本数馬はめ息を吐く。


「はあ。さてはおくしましたか。肝心かなめの時に腰が引ける癖は死んでも治りませんでしたか。この甲斐性かいしょうなし!」


主人あるじに向かって甲斐性なしとは何事ぞ! 儂はこの用心深さ故に数多あまたの大名国人こくじんよりも長く生き残ったのであるぞ!」


 土岐頼芸が声を荒げれば山本数馬も声が自然と大きくなる。


「慎重も度を過ぎればただの優柔不断の臆病者でござりまする! 殿も某もとうに生命を失いて亡者もうじゃと成りし身ではござらぬか! 今更いまさら何を恐れておいでか!」


「決まっておろう! 前世で散々苦労を重ねさせておきながら、この先またもや儂の我儘に付き合わせるのだ。ずは前世の辛苦しんく如何いかびるべきか? 二人が来世を儂らと過ごす事をいとわぬか? そもそも儂を厭うて居るのではないか? 等々考えて如何どうにもこうにも会う踏ん切りがつかなんだのだ」


 段々と声が小さくなる土岐頼芸を見て山本数馬はあきててかぶりを振る。


「ふう。八十路やそじを越えた良い大人が情けなや。ああまことに情けなや。分かり申した。深芳野様なりお千歌なりになじられののしられようとも、某も殿と共に地に伏しぬか付き許しを乞いましょうぞ」


「数馬ぁ」


 山本数馬はべそをかきながらすがり付く土岐頼芸を引きがし、涙をぬぐい、シャキッと立たせ、引き摺るように銀色の建物の前にまで歩かせた。入口の大きな声で扉には「して入るべし」と書かれてあった。


「さあ、殿。もう逃げも隠れもできませぬぞ。まずは堂々と会いましょうぞ。それから後の事は深芳野様達次第でござろう。謝るべき事には素直に謝るのがよろしいかと存じます。先程は勿体なくも某に頭を下げて下さったではござりませぬか。心のおもむくまま素直に行動すれば悪しき事にはなりますまい」


「で、であるか」


「ささっ。く参りましょうぞ!」


「うむ」


「「御免!」」


 土岐頼芸と山本数馬の主従は全力で大きな扉を押し開けた。その中に待っていたのは・・・・・・







「「遅いぞ! このたわけどもがあああああっ!」」


パシーン!!

パシーン!!


「ぷげえええええっ!」


「うおおおおおおおっ!!」


「「「「反省せい!!!!」」」」


パシパシパシパシバシバシペシペシ

ビシバシガシガシバチバチパンパン


 甲高い声で怒鳴りつけ、いきなり尻を竹刀で力一杯叩いたかと思えば、ところ構わず一方的に竹刀を叩きつけてリンチを仕掛けてくる集団だった。まさしく袋叩きだ。


「糞ッ! おのれ!」


「無礼者! 貴様ら何者だ!」


 竹刀攻撃の手がようやく止まったところで土岐頼芸と山本数馬が顔を上げた。そこにいたのは、肩に竹刀を担いで二人を見下ろす、紫色の特攻服に鉢巻、胸はチューブトップというまるで80年代のヤンキーのような四人の女性だった。しかも顔面にはご丁寧にもグレート・△タやアジャ・コ▷グ、ジョーカー、デーモ▷木暮などのようなペイントまでしている。


「おっとこの顔じゃあわかんないか」


 その一人グレート・△タもどきが、さっと顔をでると素顔が現れた。


「「あなたは!」」


「弁財天、参上! めたらあかんぜよおおお! そこんとこ夜露死苦ヨロシクうう!」


「「なんじゃそりゃあああ?????」」







つづく

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