第3話 怒る市杵島姫(いちきしまひめ)

「イっちゃん! なんなのよあの人!」


 サラスバティはサポートAIの市杵島姫いちきしまひめのホログラムを呼び出した。音声だけでなく、ときには面と向かって話したいこともあるのだ。


「サラちゃんどうしたの?」


「聞いて聞いて! 土岐頼芸よりのりよ! コレ見てよ! 自分が描いた深芳野みよしのさんの絵をあんな爺さんになるまでずっと大事に持ってたのよ。そこまで一途に思うなら深芳野みよしのさんを取り返すとかすればよかったのに!」


「斎藤道三相手にそれができなかったからこそ、後悔と未練がとてつもなく大きいんじゃないの?」


「そうかもね。実は深芳野みよしのさんってお腹の子ごと道三の人質だったんだって!」


「マ?」


「マ」


「うわあ、さすがはマムシ。ドン引きする腹黒さ。じゃあ、土岐頼芸よりのりも道三相手にざまあするのにノリノリでしょ? 『復讐するは我にあり!』by 土岐ノリノリって」


「何よ土岐ノリノリって! それが違うの! とんだヘタレだよアイツ! あんな目にあっても『自分の器量不足だから全責任は自分にある。斎藤道三にざまあする気なんてない』って言うのよ! ばっかみたい! かっこつけてんじゃないよ! ダメダメなしくじり大名のくせに、責任感だけ一丁前だよ!」


「うーん。そんな妙に真っ直ぐなところがしくじり大名になった原因かもね。じゃあ人生やり直しで、何をしたいって言ってるの? やっぱり夢はでっかく天下取りで、その道具として道三を使い倒すつもり?」


「違うの! 腑抜けたことにあの爺さん、平和なところで好きな絵を描いて深芳野さんと穏やかに暮らしたいって。なによそれ! 乙女か! 悲しすぎるよ!」


 そう言うとサラスバティは怒りながらポロポロと泣き出した。


「あらあら。こりゃあなんだかんだ言って、思いっきり情にほだされちゃったかぁ。まあ、そこがサラちゃんのいいところなんだけどさぁ。それじゃあ肝心の歴史改良ができないじゃない! 残念だけど今回は駄目だよ! そんな逆行転生は却下! 却下だよ!」


「でも可哀想じゃない! ささやかな願いくらい叶えさせてあげたいじゃない! それから歴史改良させたっていいじゃない!」


「サラちゃん、同情するのはいいけどさあ、そんな余裕あんの? 歴史改良がコケたら、アンタ、リストラだよ? 生活できんの?」


「だ〜か〜ら〜、そうならないようにすんのよ! ワタシも土岐頼芸よりのり深芳野みよしのさんも、山本数馬もお千歌さんも、みんなが幸せなWinーWinな方法を!」


「ちょっと待ったぁー! 深芳野みよしのさんは薄々どうにかしなきゃならないんだろうなぁ、とは思ったけどナニ? 山本数馬にお千歌さん? 誰それ? アタシ知らないんですけど。ギヴミー説明プリーズ!」


「土岐頼芸よりのりの若いころから晩年までずっと仕え続けた近習とその奥さんですって。二人とも自分の巻き添えになったって頼芸よりのりが言ってたよ」


「ふーん。そっちもマムシがらみっぽいね。で、土岐頼芸よりのりはどうしたいって?」


「その四人で一緒に幸せな来世を送りたいって」


「なんだって! こ、このバカチンがああああ! ただのスローライフのために四人も逆行転生させられるかああああ!」


「あ、でも頼芸よりのりは先に数馬に聞いて、OKだったらって言ってたから。まだ数馬に聞いていないんで、ひょっとしたら本人は嫌がって結局転生は二人だけになるかも」


「ならんわ! 四人で確定よ! そんなの本人に聞くまでもない! 戦国時代の主人あるじの希望を近習が断れるわけないでしょ! そんなの命令と同じ強制イベントよ! ましてや主人あるじに最後までつき従った忠臣なんだから返事はOKに決まってる! 戦国舐めんな! 忠臣舐めんな!」


「そ、そうね。もちろんわかってたわ。でも、あとで本人に一応聞いとくね。形式的にも本人の同意は大事だから」


「ホントにもう! そしてもっと大事なことがあるんだけど。歴史改良はねえ、成功しても転生者の数が多いほど評価点下がるのよ、まさか忘れたの?」


「へ?」


で忘れてやがったなこのすっとこどっこい! 自分でハードル上げて首絞めてどうすんのよ! そんなだからアンタの業績はドベなのよ!」


「イッちゃん、言ってはならんことを!」


「それがどうした! 事実じゃん!」


「それを言っちゃあおしまいよ!」


「ええ、おしまいね。サラちゃんはリストラで、アタシはサラちゃんがベーシックインカムの予算内でつつましく生活できるようにだけ、この優秀な人工知能を使わなきゃいけないのね。ああ、むなしい。こんなポンコツのサポートAIに選ばれたばかりに」


「そんなの嫌ああああ! 助けてイっちゃああああん! おねがああああい! わああああん!」


「まあ、なんて酷い顔。こりゃ他の神にも人にも別の意味で『見せられないよ!』。アタシに実体があったらネコ型ロボットみたいに涙と鼻水をなすりつけられてたね」


「イっちゃああああん!」


「わかった、わかった。仕方ないなあ、サラちゃんは。じゃあ、ちょっと考えてみるよ」


ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、


 あたりに木魚の音が響く。


「ねえ、イっちゃん。この効果音って必要なの?」


「うっさい! 気分の問題よ! なんなら解答が出るまで『タダイマケイサンチュウデス』てフラットな音声メッセージをエンドレスで流すよ!」


「ゴメン」


ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく


チーーーーーーン


 木魚の音が止み、呼び出しベル🛎️のようなおりんの音が響く。


「なんなのこの音は」


「喜びなさい! 解決方法がわかったのよ! その四人には平和な時代ところで絵を描いたりして幸せな生活をさせてあげる」


「やったあ! さすがイっちゃん!」


「その代わりに、スローライフなんて甘いことは絶対にさせないからね! 戦国時代で歴史改良を絶対に成功させるために、必死こいてもらうわよ! 四人分も転生させるコストがかかるんだからその分元を取らなきゃダメなんだから。『芸術点』と『アイディア点』で限界突破! 青天井どころか大気圏も超えるよ!」


「おおおお、すごいぞイっちゃん!」


「その代わりコケたら借金まみれになるけどね」


「ナニソレ、怖いんですけれど」


頼芸よりのり以外の転生コストは課長の許可がおりないから自腹よ」


「えええっ!」


「うっさい。文句言うな。うまくいったら、元が取れてお釣りが来るわ!」


「わかったよ。で、具体的にはどうすんの?」


「まずはあの四人の意識改革からよ。今の甘い考え方のまんまじゃ戦国時代へ逆行転生させても歴史改良なんて絶対に無理だから。まずは教育的指導で意識改革」


「ふむふむ」


「次に平成ぐらいに転生させる。四人にはあらかじめ自分たちで考えて選ばせてから、最大限に知識と技術を身につけさせる」


「ふむふむ」


「それから戦国時代に逆行転生。まあ、ここでもちょっと工夫したいことがあるんだけどさ。あとは原則的に自動育成オートで放置プレイ。知っての通り、この後の介入は大幅減点になるから要注意。じゃあこんな流れでなにか思いついたら自分のアイディアも混ぜて、さっさと企画書を仕上げてヴィシュヌ課長に提出しちゃいなよ。質問があったら答えるからさ」


「ははあーっ、ありがたや、ありがたや」


「神がAI拝んでどうすんのよ! まったくもう」


「いやあ、転生を二回使うってのはワタシも考えてたけど、意識改革を最初に持ってくるのはさすがとしか言えないよ。意識改革って具体的に何すんの?」


「肉体を持たない意識体の待機場所、中有バルドエリアで転生ブートキャンプをするの。徹底的にシゴきまくるよ! 本人たちの努力なくして幸せなんて手に入らないんだから」


「めちゃくちゃハードそうね」


「なに他人事ひとごとみたいに言ってんのよ! アンタも参加すんの! 自分だけ楽ができると思ったら大間違いよ!」


「ええっ!」


「ええっじゃないッ! いい機会だからアンタの根性も叩き直してあげる。教育的指導よ! 四人の転生ブートキャンプが成功するまでサラちゃんもどこにも行かさないよ。それから、サラちゃんの全てのアカウントは以後、アタシの許可がないとアクセス不可にしておいたからね。もう逃げられないよ」


 ホログラムの市杵島姫がにぃっと口角を上げて悪どい顔をした。


「あ、あんまりだああああ!」


「抗議は受け付けないよ! 後がないんだからさっさと仕事してこおおおおい!」


「ひいいいい」


 サラスバティたちと土岐頼芸たちの運命を賭けた転生計画が、この瞬間始まったのだった。






つづく

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