第5話 内務省

 翌日。一九三六年一月二日。

 起床したのち、宍戸はスマホを開く。グループチャットでは、ちょっとした雑談が行われているが、今の自分がいかに大変な状況に置かれているか、という話しかしていない。

「うーん。これ以上の進展はないかぁ……」

 宍戸が心配しているのは、スペイン人のガルシアの安全だ。

「あと半年、今年の七月にはスペイン内戦が勃発する。おそらく彼女は、今の状況が危険でどこか安全な場所に逃げている可能性が高い。となると、連絡がつかないのも納得が行く。まぁ、俺たちの存在はある種の預言者みたいなものだからな……」

 そういって、宍戸はベッドから起き上がる。

「そうなれば、他の国の転生者にもフォローをする必要がありそうだ」

 宍戸はすぐに、他の転生者に連絡を取る。しかし、どこの国も転生者の身柄を確保した上で軟禁状態にされており、牢屋や部屋に拘束されている以上の情報共有はできなかった。

「フォローするとはいっても、どの国もやることは同じだよなぁ……。どうしたものか……」

 そんなことを呟きながら、三が日が終わった。

 一月四日。

 宍戸の部屋に、政府関係者を名乗る男がやってきた。

「君が宍戸和一だね?」

「えぇ、そうです」

「海軍省から外出の許可を得た。すぐに車に乗ってほしい」

 そのまま外に連れ出される。車の前には海軍の下士官もいたので、許可を取ったのは本当なのだろう。

 車を走らせて数分。とある建物に到着した。建物の中に入ると、まっすぐ会議室のような場所に通される。

 そこには、役職が高そうな役人が数人座っていた。

「まぁ、そこに掛けたまえ」

 少々顔つきが怖い人に催促され、宍戸は手前にあった椅子に座る。

「君が宍戸和一君?」

「はい、そうです」

「私は内務省内務次官の木島だ。早速だが、君の処遇について決めたい」

「処遇……ですか?」

「君が未来からやってくることは、数か月前に内閣に通達された。時間遡上など、人智を超えた奇跡というものだ。本来なら、神の御業として祀り上げられるのが普通だろう。だが、君のような存在が他にもいるそうじゃないか。我が国だけならまだしも、全世界で同時に起きていることは、一部の人間からは不都合な出来事なのだよ」

「不都合……?」

「神の御業は、現人神である天皇陛下のみがお使いになることができるもの。そう信じている帝国臣民も少なくはない。ここ内務省の内部でも、同じように考える者がいる。彼らは君を、神の力を不当に使用した時空犯罪者として認識している」

「そんな……」

「彼らは君を排除したいと考えているため、排除派とも呼ばれている。さらに、排除派の中でも積極的に君の命を奪おうとする人間もいる」

「ど、どうにかならないのですか!?」

「そこで、君の処遇の話に戻る。ここにいる我々は穏健派でな。君に大層な肩書や位階、華族の嫁を貰うといった、身の安全を保障する提案をしようと考えている」

 宍戸は一度、自分の中で整理する。

「それってつまり、自分が特権階級になるってことですか!?」

「言い方はともかく、そういうことになるな。君が華族になれば、政治や軍事に口を出しやすくなる。海軍の連中から聞いたが、米国と戦争になって負けるそうじゃないか。この際だから、どんどん口を出してほしいくらいだ」

 そういって内務省の役人たちが笑う。

(正直こっちは笑い事じゃねぇ……)

 それでも宍戸は、引きつった笑いをする。

「しかし、この国を変えてほしいのは本気だ。それこそ、明治維新と同じくらいの革命を起こしてほしい」

「維新ですか……」

 その言葉を聞いて、宍戸は思い出す。

「あっ! 昭和維新!」

「なっ、なんだね急に……」

「二・二六事件です! 今年の二月二六日に、陸軍皇道派の青年将校らがクーデターを起こして国会周辺を占拠するんです!」

「なんだと!?」

「仮にこのまま野放しにしておくと、確か大蔵大臣が死亡します……!」

「それはイカン。誠にイカン。今の陸軍の派閥争いはただでさえ面倒なのに、これ以上面倒事を増やされては困る」

「しかし、今動くと返って怪しまれる可能性が……」

「そもそも内務省が陸軍省に口出しする理由が見当たりませんぞ」

「えぇい、この際だ。連中の思想を統一するという趣旨で特高を向かわせても構わん。宍戸君、そのクーデターの首謀者が誰だか分かるか?」

「ちょっ……と調べさせてください」

 そういって宍戸はスマホを取り出し、フリー百科事典にアクセスする。

 そして首謀者である陸軍の青年将校を紙に書く。

「情報が間違っていなければ、ここに書いてある将校らで間違いありません」

「分かった。今はクーデター対策に動くことにする。君の処遇については、また今度としよう。自分でも少し考えておいてくれたまえ」

「はい」

 そういって宍戸は、再び元の部屋に戻される。

「さて、面倒なことになったな」

 部屋の椅子に座って、呆然と窓の外を見る。冬らしい晴天が広がっていた。

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