転生一九三六~戦いたくない八人の若者たち~
紫 和春
第1話 転生
『ようこそ、天界へ』
どこからともなく、声が響く。
『あなた方は、残念ながら若くしてお亡くなりになりました。お悔やみ申し上げます』
『そして同時に、ある挑戦をしていただきたいのです』
『あなた方が亡くなったのは、二〇二〇年一月一日。そこから八四年前の一九三六年一月一日に転生してもらいます』
『世界中が混乱に満ちた、狂気の時代。その一九三六世界にて、あなた方には歴史を改変していただきたいのです』
『何故このようなことをするのか、という疑問が浮かぶでしょう。答えは、単純に見てみたいからです』
『人の業が跳梁跋扈する世界で、どこまで理性的になれるのか。その限界を、見てみたいのです』
『質問などがありましたら、転生した後に受け付けます。お手持ちのスマートフォンで気軽に質問してください』
『それでは皆さん、ごきげんよう』
━━
「うっ……」
大日本帝国某所。ここに地面に伏した状態で宍戸和一が転生してきた。
目を覚まし、辺りを見渡す宍戸。
「ここは、どこだ……」
その時、どこからともなく聞こえた声のことを思い出す。
「俺、一九三六年の世界に転生したのか……?」
まだ夜明け前のようで、辺りは暗い。着込んでいる服装では若干寒いくらいだ。
「とりあえず、ここから移動するか」
そういって一歩踏み出したときであった。
遠くから何かのエンジン音が聞こえてくる。しかも複数台、接近しつつある。
やがて、暗闇からヘッドライトを照らした車が十台ほどやってきて、宍戸のことを取り囲む。
「貴様! 宍戸和一だな!?」
「え、え?」
「貴様に拒否権はない! 確保ォ!」
車から飛び降りてきた人々に滅茶苦茶にされる宍戸。
手足を拘束され、そのままトラックの荷台のような場所に雑に放り込まれる。そしてトラックが走り出す。
「ちょちょちょ、何これ? え、何これ?」
「黙らんか貴様ッ。少しでも怪しい行動を取ったら、容赦なくその首が飛ぶぞ」
そういって刀のような物を見せつける。宍戸は大人しく従うほかなかった。
トラックに乗せられて移動している最中に、宍戸は荷物を検査される。とはいっても、ポケットにはいつも使っていたスマホではなく、見たことのないシンプルなスマホが入っていた。
「これだけか?」
「タバコの一つもはいってやしない」
「こいつ、本当に転生者なのか?」
そんな声が聞こえてくる。
(こいつら、俺が転生してくるのを知っていただけなのか?)
少々疑問に思う宍戸。
しばらくガタガタした道を走ると、どこかへと到着する。これまたトラックから雑に下ろされると、足の拘束を解かれる。
「歩け」
言われるがまま、宍戸は暗闇の中を歩く。
どこかの建物に入ると、通路を通ってとある部屋の前に立たされる。
「陛下がどうしてもお会いしたいというから連れてきたのだ。くれぐれも失礼のないように」
「陛下?」
宍戸の疑問に答えることなく、そのまま部屋の扉がノックされる。
「入間大尉、転生者を確保し、ただいま帰還いたしました」
「入りたまえ」
扉の向こうから入室の許可が出る。
「失礼します」
扉が開かれ、中に入れられる。そこには、いかにも重鎮の面持ちをした面々が揃っていた。軍人が多く、しかも階級は上だ。
宍戸が正面に座っている人物に顔を向ける。それは、歴史の教科書でしか見たことない人物だった。
「昭和天皇……」
その瞬間、横から腹部を殴られる。
「貴様ァ! 今陛下のことをなんと呼んだ!?」
宍戸は殴られた衝撃で床に転がる。
「現人神である陛下に向かってその態度……、万死に値する!」
そういって大尉は、腰にぶら下げていた刀を抜き、宍戸に向ける。
その時だった。
「よしなさい」
優しくも威厳ある言葉。それを聞いた大尉はピクッとなる。
「へ、陛下……」
宍戸から見て、右側に座っている四人のうちの一人が声を出す。
「大尉、下がりなさい」
「で、ですが陛下……」
正面に座っている昭和天皇は、スッと立ち上がる。侍従をその場にとどめ、宍戸の前に歩み寄る。
「彼を立たせ、手の拘束を解きなさい」
その指示に従った下士官が、宍戸の手に巻かれた縄を切る。
自力で立ち上がった宍戸は、昭和天皇と対面する。
「あなたの言う通り、私が即位して元号は昭和となりました。あなたから見れば過去の人物でしょうが、こうして同じ時を生きています。どうか、呼び方を変えてはいただけませんか?」
昭和天皇、もとい天皇陛下はそのように述べられる。
「分かりました……、陛下」
それを聞いた天皇陛下は、自分の席に戻る。
場の雰囲気が戻ったところで、右側の席の人━━御前会議の出席者である陸軍大将が、宍戸に声をかける。
「それでは宍戸和一。まずは君の簡単な自己紹介を頼めないかね?」
「えと、宍戸和一。一九歳、学生。出身は茨城県。今は……というより、転生してくるまでは千葉県に住んでました」
「よろしい。では率直にお聞きしたい。これから我が帝国はどうなる?」
宍戸は迷った。ここで本当のことを言えば、確実に首が物理的に飛ぶだろう。しかしそれは、天界の声の言ったことに反する。
宍戸は覚悟を決めた。
「……一九四一年一二月に、大日本帝国は連合国と戦争状態に突入。最初は優勢だったものの、次第に劣勢となり、一九四五年に今はまだ存在しない新型爆弾を二発投下されます。連合国側は降伏するように勧告し、日本はそれを受諾しました」
その言葉に、御前会議に出席していた面々はざわめく。
「それはつまり、『戦争に負ける』ということでよろしいか?」
海軍側から声が上がる。
「その通りです」
「そんな馬鹿な話があり得るか!」
陸軍側から荒げた声が上がる。それに同調するように、扉の向こうにいる陸軍士官たちも何か叫んでいる。
一方、海軍側は至って冷静である。
「やはり、あのアメリカと敵対するのだ。まず工業力の差を見せつけられるだろうな」
「山本司令長官の言う通り、短期決戦に切り替えるべきでは?」
未来を見通した意見が出ているようだ。
「とにかく、一度落ち着きましょう」
陸軍の一人が声をかける。
「今日は正月だ。無理言って招集していただいた部分もある。今日はこれで解散にしませんか?」
なだめるように言う。皆、静かになった。
「それでは、今日はここまでにしましょう。陛下、御足労いただき、感謝いたします」
そういって軍人たちは椅子から立ち上がり、天皇陛下に頭を下げる。それを見た天皇陛下は、侍従と一緒に部屋から出るのだった。
天皇陛下のことを見送った後、陸軍からは恨みを込めたような視線を宍戸に浴びせる。
それを遮ったのは、海軍側の軍人であった。
「突然のことで混乱しているだろう。部屋は用意してある。今日はそこでゆっくり休みなさい」
「あ、ありがとうございます」
その後、陸軍士官たちからスマホを返却される。
(これが無ければ、俺はただの凡人に過ぎない)
そうして宍戸は、海軍軍人の車に乗せられて、用意されている部屋へと向かった。
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