第10話 それぞれの理由
フランス、パリ。花の都として有名なこの場所で、また一人の転生者が囚われていた。
しかし、囚われの身ではあるものの、フランス大統領の公邸であるエリゼ宮殿の中は自由にできるという特権が付与されていた。
その転生者はジル・ロンダ。彼は政府のお膝元で、穏やかな日常を過ごしている。
この日は中庭で、ベンチに座りながらスマホのメッセージを読んでいた。
「『ラインラント進駐を阻止するために、フランス軍の進軍を要請する』……か。シシドもなかなか無茶な要求をしてくるものだ」
そういってスマホをポケットにしまう。
「だが、ナチス・ドイツがラインラントに進駐するのは良くない話だ。僕たちが転生した事も相まって、第二次世界大戦が早まる可能性もある。特に、周辺国家で一番被害を受けるのは我が国フランスだ。それを考えると、軍をラインラント目前まで移動させるのが得策か……」
そう考えたロンダだが、すぐに首を振る。
「駄目だ。史実でもラインラント進駐を容認した大統領と内閣だから、この世界でもおそらく目をつむることになるんだろうな。しかし……」
ロンダは少し考える。
「……そうだな。マジノ線を突破されるのは話してもいいな。確かベネルクス三国から迂回して侵攻してくるはずだったな。そうなると、ラインラント進駐を容認した上で、北方のベルギー国境に軍を集中配備する。これならなんとかドイツの進軍を回避できるかもしれない」
ロンダはベンチから立ち上がり、首相の元へと急ぐ。面倒事は早く処理したほうが得だからだ。
それに、彼は面倒事に関わらないようにしている。それが人生の幸福への近道であると信じているからだ。
戦いたくない、だから回避する。ドイツとの衝突を回避するため、防衛に徹することを提言しに行った。
━━
イタリア、ローマ。かつての古代ローマ帝国の輝きは失われ、今は小さな輝きを残すばかりである。
ここでも、転生者は囚われの身であった。身柄はラティーナ━━この時代はリットリアという地名であった━━に移送され、とある厳格な建物に収容されている。
転生者の名はミレーナ・メランドリ。彼女はまだ、転生したことに混乱していた。
そこに、現在のイタリア王国の元首とは違う、国家指導者のムッソリーニの使いがやってきた。
「おい、そろそろ何か話してくれねぇか?」
彼女は混乱している様子から、一度心理学者に診てもらったのだが、どうにも手がつけられない状態だった。そのため、彼女をとある一室に閉じ込め、症状が緩和するのを待っているのだ。
「はぁ、これじゃあ今日も何も聞けないな……。ドゥーチェになんて報告すればいいんだよ……」
ムッソリーニの使いは、溜息をつきながら部屋の前から去る。
だが、彼女は何も反応していないわけではなかった。ずっと言葉を話している。
「駄目、この国が戦争なんて起こしたら、全部なくなっちゃう。ドイツの味方をしちゃ駄目。早く連合国側に行かないと」
小声でブツブツと、ずっと話していたのだ。実際、ドイツにいるローザ・ケプファーに連絡を取ろうとしたが、自分の中にある恐怖がなぜか邪魔をしてくる。
彼女は、戦争という恐怖を人一倍敏感に感じ取っていた。大勢の人が死ぬ。国家も疲弊する。そんな狂った世界に、彼女は耐えられないのかもしれない。
戦いたくない、だから止まる。思考停止した彼女は、止まることを選択した。
━━
ソビエト連邦、モスクワ。スターリンによる大粛清が始まり、人民が恐怖に震えている頃。
そんな中、不幸にもクレムリンに転生した転生者がいる。アレクセイ・イグナトフだ。
彼は未だに牢屋に投獄されたままである。しかし、未来のことを知っている転生者ということで、牢獄での待遇の中ではかなり上位に入る生活をしていた。とはいっても、小汚い牢屋に、味気のないスープとパンが三食出てくるという微妙な待遇だ。
「イグナトフ、出ろ」
看守が牢屋の扉を開ける。イグナトフはそれに大人しく従う。
連れて行かれた先は、取り調べ室という名の拷問部屋である。しかし、拷問を受けるのはイグナトフではない。イグナトフの目の前にいる一般市民や兵士である。
「さぁ、イグナトフ。こいつはどういう悪事を働いた?」
拷問を行う秘密警察が、それぞれの個人情報をイグナトフに突きつける。
「し、知りません。そんな個人のことまで知るわけがないでしょう?」
「そうか。なら反乱分子の可能性があるな。拷問の対象だ」
そういって粛清の対象者は、適当な金属棒で殴られたり、手足を骨折させられたり、さらにはこめかみに拳銃を突きつけられて処刑させられる。
イグナトフは思わず顔を背けるが、秘密警察の手によって無理やり顔を動かされる。
「よく見ろ! これがお前の言葉によって死んでいった反乱分子の姿だ! 反乱分子であるかどうか、ちゃんと調べることだな!」
そういって牢屋へと入れられる。
「……こんな、こんな無茶苦茶なことがあってたまるかよ……!」
イグナトフは心の奥底から、大粛清を止める衝動に駆られていた。それと同時に、これから起こるであろうドイツとの戦争の未来を変えなくてはならない。
戦いたくない、だから変える。全ての人々が平和に暮らせる、清く正しい世界にするために。
━━
イギリス、ロンドン。七つの海を支配した帝国の栄光が、未だ光り輝いている。
そんなイギリスのロンドンにある、ウェストミンスター宮殿。議事堂として機能するこの宮殿で、一人の男が演説をしようとしていた。
彼の名はロバート・コーデン。転生者の一人である。彼は貴族院にて演説を始める。
「皆さん。現在我が国が取り巻く環境は大変な状況にあるでしょう。しかし、我が国は神のご加護を与えられた国です。どんな敵も打ち倒し、打ちのめされたとしても何度も立ち上がることができます。それだけの力を、我が国は秘めているんです。しかし、本当は戦いたくありません。できることなら戦争を回避したい。しかし、世界情勢はそれを許してはくれません。ならば備えるしかないのです。これから起こるであろう戦争に対する備えを。幸い、我が国の周りには頼りになる仲間がいます。彼らと共に戦いましょう! そして、国王陛下に神のご加護があらんことを!」
その演説で、貴族院は拍手喝采に包まれる。しばらくの間、拍手は鳴りやまなかった。
その後、コーデンは貴族院を出て、自分の部屋へと戻る。
「議会では大言壮語なことを言ったかもしれないが、割と本心でしゃべることができた」
コーデンは演説の一人反省会をしながら、窓の外を見る。
「僕にはこの先の未来が分かる。それに、特技だってある。この二つがあれば、大英帝国をもっと繁栄させることができる……」
彼は不敵な笑顔を見せる。
戦いたくない、だから騙す。騙せば最初から戦いなど起きないから。
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