第3話 だから
雑煮を食べ終わっても、イグナトフが女神に質問を飛ばし続けていたため、宍戸はスマホの機能を調べることにした。
まずはメッセージを送り合うためのチャットアプリ。個人間でのメッセージのやり取りもできるようだ。
そしてスマホ内に格納されたフリー百科事典形式の辞書。これから起こることの簡単な時系列や、その出来事の詳細が書かれている。それ以外のウェブの閲覧はできないようだ。
さらに地図アプリも入っていた。なぜか現在地が表示されている。これも女神の力によるものなのだろうか。
その他、カメラ機能や電卓、録音ができるアプリが入っていた。この辺は現代のスマホの標準的なアプリだろう。
「さて……、やることなくなってきたな」
時刻は十時を回ったところ。正月だというのに、外の賑わいはそんなに聞こえない。この場所が、中央省庁が集中している場所というのも原因の一つだろう。
「別命あるまで待機とは言ってたけど、いつまで待機すればいいんだ……」
このスマホには、暇を潰せるような娯楽用のアプリはない。つまり、時間を持て余しているということだ。
宍戸は仕方なく、フリー百科事典の項目を読むことにした。
時間を潰すこと約一時間。イグナトフの質問攻めも終わったころに、新しい通知が飛んでくる。
『ミレーナ・メランドリさんとローザ・ケプファーさんが入室しました』
直後に、メッセージのやり取りが発生する。
『これは一体なんなの?』
『分からないわ』
『ようこそ、一九三六世界へ。俺は宍戸。日本人。君たちは?』
『ミレーナ・メランドリよ。イタリア出身』
『アタシはローザ・ケプファー。ドイツ出身ね』
『やぁ、僕はアレクセイ・イグナトフだ。ロシア人』
そして宍戸は、混乱しているであろう二人に現状の説明をした。
『というわけなんだ』
『状況は分かったけど……』
『なんでアタシたちがこんな目に会わないといけないの?』
『それは女神に聞いてくれ。俺だってまだ混乱している』
『八人転生してくるから、あと四人残ってるね』
『彼らも、あと数時間以内にはこの世界に転生してくるだろう。今は待つしかない』
そんなことを言っていると、また通知が飛んでくる。
『ジル・ロンダさんとロバート・コーデンさんとイザベル・ガルシアさんが入室しました』
今入ってきた彼らも、かなり混乱しているようだ。
それぞれ自己紹介を行う。
ジル・ロンダ、フランス人。ロバート・コーデン、イギリス人。イザベル・ガルシア、スペイン人。
そして現状の説明が終わったときに、また一人やってきた。
『カーラ・パドックさんが入室しました』
彼女はアメリカ人だという。
『これで全員が揃ったな』
宍戸が確認するように言う。
すると、女神からメッセージが飛んできた。
『皆さん、ごきげんよう。全員集合できましたね』
「煽ってるのか、この女神……」
『皆さん、説明を受けたと思いますが、この一九三六世界にてリアルな架空戦記ゲームを行っていただきます』
『@女神 そもそもなんでアタシたちなのよ?』
ケプファーが質問する。
『皆さんには、ある共通する理念があるはずです。皆さん、戦うことや戦争を肯定しますか?』
『いいや』
『しないわ』
『反対だ』
『私も』
『俺もだ』
『同じく』
『同上』
『戦いたくはないわね』
『そうです。全員「戦いたくない」という思いは同じなのです。しかし残念ながら、この世界は戦争という手段を用いて、国家総力戦へと突入していきます。はたして皆さんの力で、どれだけの犠牲者を減らせるのか。それとも人類の絶滅まで追いやられるのか。それをあなた方で検証していただきたいのです』
「なんつうか……」
宍戸は思ったことをそのまま送信する。
『かなり悪趣味だな』
『はい。私も悪趣味だと思います。ですが、それを娯楽として望んでいる方もいるのです』
女神は改めて、宍戸たちに提示する。
『皆さんには、この世界の行く末を変えていただきます。もちろん、変えないならそれまでです。しかし、すでに皆さんが介入されている以上、未来は書き変わることでしょう。人類を安寧に導いてください。それが皆さんに科せられた運命というものです』
女神の言葉に、誰もが無言になってしまう。
その沈黙を破ったのは、宍戸であった。
『なら、お望みどおりに変えてあげますよ』
『シシド、本気か?』
『本気だ。俺としては戦いたくない。だが、だからこそ、戦うしかないと思っている』
宍戸は決意した。
『この世界の歴史を書き換える。新しい時代を迎えるために』
『その意気です。それでは、皆さんのご武運をお祈りします』
そして、女神のメッセージは止まった。
「やるしかない。この世界に来たからには」
そういって宍戸は、窓の外を見る。
これから悲惨な戦火が世界中で起こるだろう。それを変えられるのは、未来を知っている自分たちしかいない。
「戦いたくない、だから戦う。この世界のために」
宍戸の中で、運命が少し変わったような気がした。
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