第12話 分かれ道
ラインラント進駐が確認されて二日。一九三六年一月二三日になる。
ドイツ軍の進軍を確認した後にも、少数の歩兵大隊が逐次的に投入されていた。
「これもう確信犯だろ……」
宍戸はそう感想を残す。
ドイツからの公式発表はまだ出ていない上に、欧州諸国の政府も沈黙を保ったままだ。各国が沈黙しているのは、まだ情報が交錯しているからだろう。
そして世論を写し出す鏡のように、転生者たちのグループチャットも荒れだす。
『どうしてケプファーはヒトラーの蛮行を止めなかったの?』
『止めようとしたわ。でも私は牢屋に閉じ込められていたの。誰も話を聞いてくれないの』
『それでもやりようはあっただろ』
『イギリスにいる貴方とは状況が全く違うわ。同列に扱わないで!』
『それはそうと、フランスのほうはどうするんだ?』
『今、軍隊を動かすように説得しているところ。でも政府が進駐を黙認している状態だから、動かすのには時間がかかりそう』
『ドイツの蛮行がバレるのも時間の問題だろ? 今のうちにイギリスかアメリカが非難声明でも発表したらどうだ?』
『それでも大統領が全く動きそうにないのよ』
『こっちも首相に相談しているけど、難しそうだ。そもそも国王陛下が崩御なされたんだ。多少の混乱は見逃してほしいよ』
どこの国も似たり寄ったりだ。
宍戸も少し不満に感じているものの、前回の宮城閣僚会議以降、生活に関わる世話をしてくれる海軍下士官以外は接触がなくなっている状態だ。外の情報も、その下士官との世間話から収集しているため、現状国内外の論調がどうなっているのか皆目見当もつかない。
「うーん、どうしたものかなぁ……」
本当にやることがなくなった。いや、現状打てる手がなくなったとも言うべきか。
そのまま見合わせた状況が続く。
最初に声明を発表したのは、フランス人民戦線であった。
『我々は、ナチス・ドイツによるファシストの拡散を防止するために、フランス政府に対して軍隊を派遣することを進言した。ナチス・ドイツがやっていることは、世界平和とは真逆を行く野蛮な行為である。直ちにフランス軍がラインラントへ行かなければ、世界は再び戦火に見舞われるだろう』
実に短い声明であったものの、これは転生者たちが目指す「戦いたくない」を体現するものだった。
「これで何もなかったら、心配しただけ損だな……」
宍戸はそんなことを言う。
そして心配は、予想された通りに裏切られる。
『ナチス・ドイツがラインラント進駐を認める声明を発表』
各国の主要新聞の一面に、これらの文字が踊る。
それに伴い、ドイツ軍は本格的に軍を動かし始める。数は分からないものの、少なくとも十個師団が進軍しているらしい。
「ドイツ、いつの間にそんな師団数揃えたんだ……?」
ドイツ軍の再軍備は用意周到と言われていたが、それもなかなかのものだ。
ラインラント進駐が公になってから、グループチャットの通知がひっきりなしに飛んでくる。
宍戸もチャットに参加しようとしたところに、海軍の下士官が部屋に飛び込んできた。
「宍戸様! すぐに来てください!」
「えっちょっえっ」
宍戸の有無を聞かずに、下士官は宍戸の首根っこを掴んで引きずるように連れ出した。
車に詰め込まれ、そのまま見たことのある道を通る。皇居へ向かう道だ。
車寄には役人が待っており、宍戸は仕方なく彼の後を追いかける。そして閣僚会議の部屋にやってきた。
「宍戸様が到着なされました」
「入ってくれ」
扉が開かれると、物々しい雰囲気が漂っているのを感じるだろう。
そして正面には、天皇陛下がお座りになられていた。
(こ、これはただ事じゃないぞ……!)
宍戸は直感で感じた。
「急に呼び出して悪いね、宍戸君」
「いえ、大丈夫です。それより、これは一体……?」
「閣僚揃っての御前会議だ。かなり特殊な形ではあるがね」
総理大臣の岡田は、そういって立ち上がった。
「これより、大日本帝国の国家方針を定めます。さしあたって、現在の国際情勢の確認を」
そういって外務大臣が立ち上がる。
「先ほど、ナチス・ドイツがラインラントに軍を進軍させたことを認めました。曰く、『冬季演習によるもの』と声明を発表していますが、これは建前上の発表であり、真実はドイツ帝国の再建と思われます。これにより、フランスではマジノ線に軍の増援を送るとの情報が入っています」
外務大臣は紙をめくり、次の報告に入る。
「対して英国、米国はナチス・ドイツの軍事行動を黙認している状態です。ソ連は現在の状況をよろしくないと考えているようで、スターリンによる命令でポーランドの国境沿いに軍を配置しているようです。おそらく、将来的にナチス・ドイツと衝突すると見込んでの行動でしょう」
外務大臣はさらに紙をめくる。
「そして我が帝国を取り巻く状況ですが、対ソ連は現状維持。中華民国とは満州事変の尾を引いている状態で、今以上の戦火の拡大が予想されています。そして対米国ですが、特に目立った行動を取っていません」
そうして報告を終えたのか、外務大臣は席に座る。
そのまま岡田総理が続ける。
「これらを踏まえて、以前宍戸君によって提唱された、満州国からの関東軍撤退の可否を問います。賛成の方は挙手を」
そういうと、陸軍大臣と拓務大臣以外全員が手を上げる。
「賛成多数により、関東軍を満州より引き上げます。関東軍が抵抗を示した場合は、内地にいる陸軍師団をもって鎮圧、引き上げを行います」
そうして岡田総理は天皇陛下の方を向く。
「陛下、大元帥の軍令としてご発令してよろしいでしょうか?」
「よろしい」
その言葉を聞いた陸軍大臣が、一瞬ムッとした顔をする。よほど気に食わなかったのだろう。
岡田総理は、宍戸の方を向く。
「宍戸君、今はこれで問題ないかね?」
「えぇ……。おそらくは」
「それでは、今日の御前会議は終了します。陛下、御足労いただき感謝します」
天皇陛下は、そのまま侍従と一緒に部屋を後にする。
扉が閉まるのを確認すると、宍戸は肩の力が抜ける感覚を覚えた。
「……これで良かったのだろうか?」
宍戸はふと言葉をこぼす。
(もしこれで、味方同士で戦闘が始まってしまったら……。それは俺の責任だ……)
そんな宍戸の心を読んだのか、岡田総理が宍戸の肩を叩く。
「宍戸君の判断は間違っていない。宍戸君の助言あってこそ、陛下はご決断なされた。それだけでもいいのだよ」
そう言い残して、岡田総理は去っていった。
そして宍戸は思い出す。
(そうだ。戦いたくないからといって、戦闘を回避してばかりでは先に進まない。例え味方同士であっても、戦わなくてはいけない時がある。それが今なんだ)
戦いたくない、だから戦う。それを思い出した宍戸は、全て納得した。
(行こう、新しい歴史の先へ)
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