第14話 急な話

「ちょっと待ってください! なぜ急にそんな話が!?」

「事前に宍戸様にお伝えすれば良かったのですが、なにぶん華族の方を説得するのが難しくて。それに宍戸様は華族になることを認めていたでしょう」

「それはそうですが、もうちょっと順番というか、順序というものがあるのでは……?」

「しかし、政治に関与した上に、陛下と関わり合いを持つのであれば、今すぐ華族の身分になったほうが都合がいいのです」

(それはそうなんだが……)

 宍戸は一度納得した上で、別のことを尋ねる。

「ではなぜ、男爵のご令嬢が来られたのですか? 爵位を与えて相応の暮らしをしろと言うのなら、使用人と住まいを用意すればよかったのでは?」

「簡単に言えば、お家のためです」

「家?」

「すず江様のお家である森家は、残念ながらあと十年以内に没落すると見込まれています。その前に、末っ子であるすず江様の身を案じて、ご両親が宍戸様に嫁がせたです」

「嫁がせたって……」

 宍戸の中で色々と思うことが出てきたが、一旦それは置いておくことにする。

「詰まるところ、彼女を嫁として迎え入れてから政治の話をしろと?」

「そのような感じです」

「いや、華族になれればそれで良かったんですが……」

「華族になるのは大変なことなんですよ!」

 そう口を開いたのは、すず江であった。

「やらないといけない仕事も沢山ありますし、何より人付き合いが大変なんですよ?」

「あ、はい。すみません……」

 宍戸は何故だか分からないが、謝る必要があると思い謝罪した。

「では、お住まいのほうへ移動しましょう。運転は私が行います」

 そういって亮元が出てくる。

「何かありましたら、ご自宅まで伺います」

 職員から見送られ、宍戸は浅草方面へと向かった。

 車で移動すること数十分。目的地に到着したようだ。

「ここが今日から宍戸和一伯爵のお住まいになります」

 離れとは言っていたが、パッと見ではただの煌びやかな一軒家にしか見えない。

 亮元が正面の扉の鍵を開ける。中に入ってみたが、内装もそれなりに光り輝いているように見えた。

「掃除が行き届いているようで何よりです」

 トミがそのように言う。

「それでは、お住まいの中を見ていきましょうか」

 この家は、現代日本の一軒家のような感じだった。リビングキッチン、和室、風呂、トイレ。二階に上がれば、三個の部屋が存在していた。

「我々で住むには十分な大きさですね」

「生活に必要な道具も、それなりに揃っていることを確認できました」

「和一様とすず様は二階正面のお部屋をお使いください」

 こんな感じで、どんどん生活基盤が出来上がっていく。

「それでは、私たちは夕食の買い出しに行ってまいります。和一様とすず様はおくつろぎになってくださいませ」

 そういって使用人の二人が出かける。宍戸とすず江の二人きりになったものの、宍戸は現状の受け入れを半分拒否していた。

(えっと……、女の子と一緒にいた経験ないのに、こういうことさせる?)

 リビングで一緒にいる宍戸とすず江。お互い沈黙し、気まずい空気が流れる。

(うん、限界だ。ベッドに入って寝たふりでもしよう)

 そう考え、立ち上がろうとした瞬間である。

「あのっ……」

 すず江が宍戸に声をかける。

「な、なんです……?」

「やっぱり私のこと、避けてますよね……?」

「いやぁ……、そんなことはないんじゃないですかね……?」

「その言葉遣いも、その態度も、少しぎこちないといいますか……。やっぱり、転生者の考えてることって人と違うんですね」

 すず江の頬を、涙が流れる。

「私、家がなくなるって聞いたときから不安でっ……。でも、お父様もお母様も私の身を案じてくれてっ……。そんな時に和一様の話を聞いたとき、藁にもすがる思いで私のことを見送ってくれたんです……っ」

 それは女性と呼ぶには早く、まだ少女である彼女の思いの丈だった。自分の置かれた環境を理解し、そして精一杯順応しようとする姿だった。

 思い返せばこの世界に来てからは、宍戸は自分の主張を通すために自分以外を動かしてきた。悪い出来事をひっくり返し、最初からなかったことにするために。しかし、それにも限界が来た。それがこの結果ではないか?

「……そういや自分にも、大切な人がいたな」

 宍戸はすず江に答えるように、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。

「自分の両親や兄弟、大学や小中からの友達、ネットの向こうのアイドル……。みんな大切だったけど、それも転生のせいで全部無くした。境遇は似ているのかもな」

「和一様にも、大切な人がいたのですか?」

「もちろん。大切な人がいない人間なんていないさ。今の自分は、その例外になるかもしれないけど」

「ならっ! 私が和一様の大切な人になってもいいですかっ……?」

 すず江からの突然の告白のような言葉。

 宍戸は思わず吹き出してしまった。

「なっ、何笑ってるんですか!?」

「いや、それもいいかなって思ってさ。……まぁぶっちゃけると、今の自分の大切な人って、日本に住む人々全員だと思ってる。日本を戦争の惨禍から救う。先の大戦……欧州大戦? も多くの一般市民が犠牲になったからね」

「和一様は崇高な願いを持っているんですね……」

 すず江が少し考え、宍戸の方を見る。

「私も、和一様の大切な人を守るお手伝いをしてもいいですか?」

「もちろん。そうなれば、この爵位を持った意味も出てくるね」

 宍戸はすず江に微笑むと、あることを思い出す。

「そういえば、ちゃんとした自己紹介はまだだったね。宍戸和一、十九歳。転生者だ」

「では改めて。森すず江です。十五になります。和一様の婚約者です」

「それじゃあ、これからよろしく。すず」

「……はい!」

 そんなことを話していると、使用人の二人が帰ってきた。

 これから新しい人生が始まる。新しい歴史を踏み出すために。

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