第8話 閣僚会議その二
今の会話の記録を残している速記者が、大まかな内容を書き終える。
それを見計らった岡田総理は、次の話題に移る。
「ところで、宍戸君に話してあったことなんだが……」
「華族のことですか?」
「その通り。どうだ? 華族になる決心はついたか?」
「はい。ありがたく頂戴したいと思います」
「そうかそうか。それは良かった。賢明な判断だと思うぞ」
総理からは祝いの言葉を貰ったが、数名の大臣からは少しばかり蔑んだ目で見られる。
それもそうだ。「未来のことを知っている」というだけで爵位が貰える。ポッと出の、どこの馬の骨とも知らない人間へ簡単に爵位を上げるのは、これまでのあらゆる積み重ねを無視した超法規的措置とも言えるからだ。
「個人的には、徳川御三家にゆかりのある茨城県出身だから、侯爵を徐爵するのがいいと思うのだが、どうだね?」
「総理。いくら何でも、ただの平民に爵位を与えるなど言語道断です。徐爵は撤廃すべきです」
そう進言したのは、拓務大臣の児玉であった。彼は伯爵の身分であるため、そこらへんにいるような平民の宍戸より下になるのが癪なのだろう。
「しかしだな。宍戸君がいなければ、陸軍の青年将校によるクーデターも、帝国が米国に負けるのも、確実なものであるとは思わないじゃないか。そういった意味では、宍戸君の存在はとてつもなく貴重で大きいものになる」
「それは、そうかもしれませんが……」
「わざわざ負け戦をするような真似は避けたい。今でさえ米国との国力は大きいのだ。どのような目にあうのか、想像に難くないだろう」
閣僚たちの脳裏に浮かぶのは、先の第一次世界大戦のことだ。まさに国家総力戦であり、毒ガスなどの最新兵器も投入された。
その惨劇が祖国を襲うかもしれない。そう考えるだけで、閣僚たちは身震いするだろう。
「とにかく、宍戸君に徐爵するのは決定事項だ。何か異論はあるかね?」
岡田総理がそのように尋ねる。誰も反対する者はいなかった。
「ではそのように。今日の宮城閣僚会議を終了します。今日の議事録は最重要機密文書として保管するよう、お願いします」
こうして、一応極秘とされる会議は終了したのだった。
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アメリカ、ワシントンディーシー。言うまでもなく、アメリカ合衆国の首都として機能している都市だ。その中心部に存在する大統領官邸のホワイトハウス。そこに転生者のカーラ・パドックはいた。
そして彼女の目の前には、現在の大統領であるジョン・N・カーター大統領がいる。
「……今でも信じられません。私の世界では副大統領だったあなたが、こうして大統領の席にいるなんて」
「前回の大統領選の時の僕も、そんなことを思ったさ。でも、フランクリンが『やってみろ』っていうから出たんだ。民衆の心を掴むのは大変だったけど、こうして大統領をやっている今の自分を誇らしく思っているよ」
カーター大統領は思い出に浸るような表情で、そう話した。これでも一定の支持率はあるらしい。
「しかし、大統領の仕事は意外とキツい。これ以上は仕事できそうにないよ」
「確かに。アメリカ大統領以外でこれだけの重労働は、国際連盟の事務総長くらいでしょう」
「それなら、復職でもしようかね」
そういって談話している部屋に車いすで入ってきたのは、現在のアメリカ副大統領のフランクリン・ルーズベルトだ。
「復職を検討するには、ずいぶんと用意周到じゃないか。今の大統領選に出馬しているくせによく言うよ」
「そうかね? 私は根回しはそんなに得意ではないのだがな」
そういって、パドックの隣に移動する。
「君はどう思うかね?」
「副大統領も立派な方だと思いますよ」
「そうだな。我が国の国民はみな立派だ。しかし、
現代では聞くことがなくなった差別用語を聞いて、パドックは一瞬眉をひそめる。
「人間と猿は全く違う生き物だ。猿の発言には聞く価値がない」
「……果たしてそうでしょうか?」
ルーズベルトの発言に、パドックはやんわりと、しかし断固として反論をする。
「肌の色や、思想や、宗教で、人類が分断されてはいけません。人間は、他の人間と対話することができます。対話すれば、その人となりが分かります。十分に考えをすり合わせれば、どんな人間とも友達になれるのです」
その言葉に、ルーズベルト副大統領は思わず軽く失笑する。
「君は面白いな。元の世界でも友達が多そうで羨ましいよ」
そのように嫌味っぽく言う。
「そういう副大統領は、信頼できる友人を選定しているようにも見えますね」
パドックも煽り返す。
パドックは話すことが好きである。人と話せば、相手のことが知れる。それは単純に好奇心から来るものだった。そして相手のことを理解すれば自然な対応ができるし、相手もそれに応じてくれる。
だからこそ、彼女は決めた。戦いたくない、だから話し合う。世界の列強と対話し、相互理解を深めるために。
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