終章 道中のきみ






 前略。


 私が松戸の地を出て、三年と半年が経ちました。

 私は今、東京にはいません。どことは言いません。ただ、無限に続くかと思える長い長い旅の道中におります。

 こうして各地をあてもなくまわっていながら、きっと一人で生きてはいないのだと思います。出会った様々な人に助けられ、どれほどの人にどれほどの感謝を捧げてきたことでしょう。あの頃も、今も。どんな道を歩くのにも、一人の足で行くのでは限りがあるのだと実感しました。

 自分のちっぽけさを、常々感じるのです。

 旅先では沢山の壮大な景色にも出会います。岩場に波のぶつかるように打ち寄せる海岸、丘から見下ろした若草色の平原、力強く家屋の屋根瓦を照らす朝日。そういったものを目にするたびに、広大な自然と比べた私の小ささを感じます。純粋で美しい自然と比べて、こんな私が生きていてもいいものかと疑います。このまま死んでしまおうかと何度思ったことか。

 ですが、その方向へと道を逸れようとしては、思い出す光景があるのです。その思い出が、私に真っ直ぐに進めと告げるのです。

 この命は、貴方に救われた命だ。

 それを決して忘れはしません。道の先に何があるとわからなくても、それでも私は歩むのです。


 今も、この先も、私たちは目まぐるしく移り変わる激動の時代に立っています。いえ、今が特別に顕著であるというだけで、昔からずっと人々はこの流れの中に立ってきたのでしょう。それはきっと一つの真理です。絶望がこの世界を覆っても、一寸先が暗闇であっても、流されぬように、溺れぬように、人と人とは手を繋ぐことを覚えたのでしょう。

 貴方のおかげでそんなことを考えます。

 いつか、御礼を言いに会いにゆきます。こうして生きることのできている御礼を、必ず「ありがとう」と声に出せるようにしようと思います。

 あなたは幸せでいてください。

 どうか、幸せでいてください。


 草々────
















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蘇芳ぽかり @magatsume

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