悪役令嬢は黒歴史を消し去りたい。~自作小説世界で【魔術:リライト】は万能です?!~

未了

第一話 あなたの名前を入力してね♡

 十四連勤目を終えた帰り道、トラックに曳かれたと思ったら役所にいた。案内のおばさんに死亡届を出して、転生先を聞くように言われた。悲しいかな、人間は死んでもお役所手続きからは逃れられないらしい。

「444番『転生課』の番号札お待ちの方~。カウンターまでどうぞ~」

「あ、は~い」

 死んでしまったというのに、案外思考はクリアだし、心は落ち着いていた。死んでしまったものは仕方がない。私のような影の薄いオタクが死んで、悲しむ人間もそういないのだし。なにも、私だけが異様に落ち着き払っているわけでもない。四方から時々すすり泣く声は聞こえるものの、周りの人間も大方落ち着いて席に座り、自分の番号が呼ばれるのを待っている。さすがは日本人というところか。これで、待っている人たちの胸から血が零れていたり、首から縄が垂れ下がっていなければ、春の引っ越しシーズンの役所の光景と、まったく同じである。もちろん私とて人のことは言えない。トラックのタイヤにすりつぶされたせいで、下半身が取れかかっているのだ。ほとんど這うようにしてカウンターに向かう姿は、我ながら某ホラー映画を彷彿とさせるだろう、と思う。

 窓口担当のスーツを着たお兄さんは、カウンターに上半身だけでしがみつく私を見て怪訝な顔一つせず、にこりと天使みたいな笑顔を浮かべて私を見た。頭には光輝くわっかが乗っている。


「この度はご愁傷さまです」

「あ、どうも……」


 深々と頭を下げられ、こちらも頭を下げた。仏教式なんだ。天使なのに。


「先ほどは、死亡届の提出ありがとうございました。私担当の勅使河原と申します。無事死亡が確認されましたので、今後の転生先のご案内をさせていただきますね」


 輪廻転生式なんだよなあ。天使なのに。


「転生先は、個人の適性と神様の気まぐれによって、様々な世界線、あるいはありえたかもしれないパラレルワールド、銀河系の星々の中から決められます」


「神様」


「はい。それで、今回444番様にご案内するのは、こちらの世界線ですね」


 言って、彼は一冊のパンフレットを差し出してくる。表紙にはでかでかと「~イケメン☆ロイヤルスクール~夢の愛され逆ハ―生活~」とポップな字体。そして、イケメンたちと、それに囲まれる美少女のイラスト。と言ってもデザインやイラスト自体はお粗末なもので、中学生くらいの子が描いたようなクオリティの物だ。そのイラストを、タイトルを見て、サッと血の気が引いた。


「あの、これ」

「はいそうですね。444番様の転生先は、444番様が中学時代に書かれていた『~イケメン☆ロイヤルスクール~夢の愛され逆ハ―生活~』の世界になります」

「ォ、ォエ…………」

「え、ちょっ大丈夫ですか?」


 あまりの衝撃に、口元を抑え蹲る。周囲の視線を感じながら、それでも荒くなる呼吸を抑えることはできなかった。そう、間違いなくこれはかつての私の自作小説。中学時代の、痛い痛い思い出が詰まった「愛されハーレム」もの。魔法学校を舞台に、5人のイケメンが主人公を奪い合う、いわば一時創作「夢小説」とんでもなくご都合主義の上、適当に張り巡らせた伏線を回収できなくなって書くのをやめてしまった問題作。どうしてそのチョイスだったんだ。どうして家に大量に置いていた乙女ゲームじゃ駄目だったんだ。


「お気持ちお察しします」

「本当に察してます?」

「いや正直こういう創作? とかしたことないんですけど……。絵、お上手ですね」

「あ、やめて、きついきついきついきつい……」


 一般人のそういう純粋な感想が一番心に刺さる。見ないで。


「とまあ、それは置いておいてですね。こちらが、444番様の詳細な転生先案内です。貴女様には、この物語における悪役令嬢に転生していただきます」

「あ、そっちなんだ……」

「驚かれないんですね」

「まあもう正直覚悟はしてたので……」

 最近流行りだもんね。悪役令嬢転生もの。

 死んだ目で答える私に、勅使河原さんは「なら話は早いです」と、にこやかに言った。

「貴方には、悪役令嬢として、そして物語の作者として、この世界を救っていただきたいのです」

「……はい?」

 数拍遅れて、今度こそ間抜けな声が漏れた。「世界を救う」「作者として」?

「はい。いいですか、444番様が書き上げた物語は、正直言って駄作です。回収できなかった伏線の数々、未完の物語、そして数々のご都合主義─いくら駄作者を名乗っているからと言って、許される行いではありません」

「痛い痛い痛い痛い古傷が痛い」

 パンピの口から出る駄作者の言葉に思わず涙がにじむ。もちろん、懐かしさからではない。しかし、勅使河原さんは笑顔のまま、容赦なく続けた。

「貴方の作品が、神の不興を買ったんです」

「……はあ?」

 にこり、笑った口から、とんでもない言葉が聞こえた気がする。

「神、ですか」

「ええ、神です。要は、神もびっくりの駄作だったということですが、話はこれで終わりません」

「いいですか?」と人差し指を立てて、勅使河原さんは続ける。

「人間が物語を生むたびに、世界線というものが生まれます。そして、人の魂は、この無限の世界線の中から、新しく転生する先を選ぶわけです。ほら、よく○○の世界にトリップ! とかあるでしょ? ああいうのは全部、誰かが生んだ物語世界線に、死後魂を飛ばしてるんですよ」

「勅使河原さん実はオタクでしょ」

「業務知識です。で、あなたの物語の場合なんですけど、あまりにも物語として破綻しすぎてて、世界が成立してないんですよね。困るんです。不安定な世界に人を通すわけにもいきませんし、未完の場合、書かれている最後のシーンを迎えた時点で世界が滅びます」

「ほろびる」

「はい。なんてったってその先がありませんからね。世界は消滅します。世界が滅びれば、いたずらに生み出された世界線の何億もの命は、そこで死ぬことになる」

 なんだか話が大きくなってきた。要は、続きを書かれなければ、その世界線は消えてしまうということか。そう聞くとなんだか申し訳ないことをした気がする。

「天界側としても、人権保護の観点から、そういう世界線は極力減らしていこうっていう動きになってまして。それで、444番様には、転生した先で、魔法を使って『物語の書き直し』を行っていただきます」

「書き……直し?」

 頭にはてなマークを浮かべる私に、彼は淡々と説明を続けた。いちいち突っ込みに受け答えしていたら時間が足りないと思ったのかもしれない。

「はい。今から転生していただく世界には、魔法が存在することを覚えていらっしゃいますね?」

「ああ、はい」

 そう。ファンタジーご都合主義魔法学園物の物語には、これまたゆるふわご都合主義の魔法が存在する設定だった。

「444番様には『リライト』の魔法を差し上げます。端的に申し上げますと、これは『使用者の望む、ちょっとした偶然』を引き起こす魔法です。これをうまく使い、物語の穴をふさぐのです」

「物語の、穴?」

「ええ、例えば回収し忘れた伏線、行き過ぎたご都合主義──そういったものを正して、物語として不自然のない形に修正していくのです。破綻がなければ、物語は自然と続いていきますから。大丈夫、筋が通ればいいんです。それで、この世界は安定します」

「要は、私の書いた話って……」

「話の筋も何もないクソ作品、と神が言ってました」

 マジで容赦ないな、神。

「あの、でも、私、やっぱりあんまりよくわからないんですけど……」

 世界線とか、物語とか、修正とか言われても、正直突然のファンタジー設定や抽象的な話が多すぎて、いまいちどうしていいか分からない。そもそも、その望んだ偶然っていう定義もあいまいだし、物語として筋の通った形、なんてもっとわからない。というか、分かっていたら未完で終わってないんだから。

「大丈夫です。そのうち分かりますよ。追加の諸々細かいことはこのパンフレットに書いてありますから、成長したら読んでください」

「あ、赤子からやり直す感じなんだ……」

「じゃあひとまず説明終わりましたので、このままゲートにご案内させていただきますね」

 え、嘘? 今ので説明終わり? もっとしっかり説明してくれる感じじゃないんだ。せめて自分の魔法については知っておきたい。もたもたとパンフレットをめくろうとする私に「あ、すみません申し訳ないんですけど、後が押してるので……」と勅使河原さんがカウンターから出てきて、肩を担ぐ。下半身ミンチゆえの移動のしづらさに配慮してか、それとも本当に速くしてほしいのか。おそらく後者だろう。

「え? でも私このまま行っても何もできませんよ?!」

「大丈夫ですって、どうせ赤子なんてしばらくは寝るしかできないんですから。ゆっくり状況に慣れながら、物語の展開でも考えてください」

 喚く私なんて意に介した様子もなく、勅使河原さんはずるずると私を引きずっていく。たどり着いたその場所は、壁も床も一面真っ白の部屋だった。その先に、空港の出国ゲートのようなものが置かれている。

「それじゃあ、この先は転生先です。お気をつけて」

 適当なところで勅使河原さんは私を下ろし、またもやにっこりと綺麗な笑顔を浮かべた。私はと言えば、芋虫のように勅使河原さんの足元に縋りついた。だって、全部こっちに丸投げじゃないか。転生だって初めてだし、悪役令嬢だし、変な仕事任せられるし。

「あの、やっぱり今から転生先の変更とかって……」

「無理ですね~。神様は絶対なので……」

「でも私、魔法の使い方とかもわからないし……!」

「ああ、そうですよね…………」

 言いながら、勅使河原さんは私に手を伸ばす。すがるように、私も手を伸ばした。やっぱり不安だったのだ。怖かった。死んだばかりで、いきなり転生なんて、そんなの。さすがに、彼もその感情を理解してくれたのだろう──そんな私の理解が甘かった。

 彼は私の腕を思いっきりつかむと、そのままグルンと体を回し──要は、ハンマー投げの要領で──私の体を投げ飛ばしたのである。放物線を描いてゲートを超える私に、勅使河原さん、否、勅使河原は変わらぬきれいな笑みを浮かべてこう言った。

「魔法使うときは、リライト!──そう、心で唱えるんですよ!」

「いや、チュートリアルかよォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!」

 そんなオタク叫びを最後に、ゲートを超えた瞬間、私の意識はかき消えた。

 ちなみに勅使河原とは、この後も、因縁めいた付き合いをすることになるのだが、この時の私はまだそれを知らない。



 ――

 頭が重い。体が動かない。全身の違和感で目を覚ます。視界に映るのは、見知らぬ天井と、私が寝ているベッドのそばに腰かけた、優しそうな若い男女の姿。


「あら、起きちゃったの?」


 甘い声で、女性は私の体を持ち上げあやす。それでようやく、これまでの記憶が一気に蘇ってきた。そうだ、私、転生したんだ。この赤子に。──悪役令嬢に。


「おやおや、泣かなくって偉いわねえ。ねえ、あなた?」

「はは、本当だな。まったく、この子は賢い子になるよ」


 男女──もとい、私の両親であろう二人は、にこにこと幸せそうに微笑みながら、私の顔を覗き込んでいる。……どうやら両親はまともそうで、一安心した。なにせ、小説を書いていたのは中学校二年生の時なのだ。主要な展開はぼんやり覚えているが、敵役の家庭環境までは覚えていなかったのだが──見る限り、赤子のうちはそう心配することもなさそうである。不完全な世界、なんて言っていたけど、周囲を見る感じ、いかにも立派なお屋敷の一室というくらいで、まあ目新しくはあるが、おかしいか、と言われるとそんなことは全くない。この様子なら、存外魔法を使うようなことも少ないのかもしれない。ああ、安心すると眠くなってきた…………


「ほら、見ろ。キモイはもうお眠みたいだ」

「あらあら、あなた、もう名前を決めたの?」

「ああ、この子の名前はキモイ=ブス―ネ=アーク。かわいらしい名前だろう?」


 耳に入ってきた言葉に、閉じかけた目をかっぴらいた。両親の話の内容を理解するのに十秒。それから、それがたった今、私に付けられた名前なのだと理解するのにさらに二十秒。ああ、そうだ、思い出した。私がこの小説の悪役令嬢に付けた名前。当時、こうした小説で決まって悪役は虐げられた。そう、作者からも。キモイ=ブス―ネ=アーク。これが、当時の私が彼女に憎悪と嘲笑の念を込めて付けた名前。


 ────リライト!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 心の中で、盛大に叫んだ。ついでにギャン泣きした。細かいことを考えている暇などなかった。それは私の繰り出せる、最大限の魂の抗議だった。恨むぞ、過去の自分。


ーーー

書き始めました。気が向いたときに不定期で更新するつもりですが、私が正気に戻りこの黒歴史を抹消する方が早いと思います。

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悪役令嬢は黒歴史を消し去りたい。~自作小説世界で【魔術:リライト】は万能です?!~ 未了 @saku_yumemachi

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