第36話

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 バチィと音を鳴らした雷が、不規則な軌道でシロウさんを襲う。その攻撃を、彼は空に飛び居合で切り裂くと剣は帯電、そのまま体を横に一回転させて今度は雷を放出させた。



 しかし、その程度であれば当然、クロウは対策を練っている。最初からスキルの威力を抑えていたのだろう。更に大きな威力の攻撃によって雷を消し去り、貫通のままシロウさんへ追撃を放った。



「ぐ……っ」



 脳天まで貫くような衝撃のまま、間髪入れずクロウの攻撃は続く。凡人の俺からすれば、ため息の出るくらい素早く正確なスキルでの攻撃。シロウさんと一定の距離を取り、少しも驕らず勝つために戦っている。



 それは、追放されたあの日、シロウさんがクロウに出していた指示と同じポジションでの戦闘だった。



「分かってる。お前は、その程度じゃ死なないんだろ」



 スキルティアS、"クラフトワークス"と"次元斬"。



 クロウは、クラフトワークスによって大小様々な剣を空中に作り出し、続いて本来であれば剣術スキルである次元斬を手に持たず操る剣にかけコンボを発動。



 信じられないような高等スキルの応用。次元斬は、直撃すればその場所を問答無用で切断する防御無視の必殺スキル。それが、無数の剣に宿ってシロウさんを殺そうとするのだ。



 しかし、シロウさんはほんの数センチ体を引き、すべてに腕があるハズの場所を斬らせて今度は地面に突き刺さった剣を引き抜く。それを飛んでくる斬撃にブチ当てて破壊し、相殺し続け、最後には超巨大な曲刀の次元斬を腰に差していた憲兵の剣で居合に立ち合う。



 ――キンッ。



 亀裂の入った曲刀と、完全に消え去った憲兵の剣。達人は筆を選ばないとは言うが、幼少の頃から本気の殺し合いで培われたシロウさんの剣術はまさに究極にまで達していた。



「まだだ!」



 しかし、シロウさんの教えを聞き入れたクロウのやり方は、この上なく冷徹で隙がない。吹き飛ばされた着地のために一瞬出遅れたシロウさんの元へ、光の柱を放つ最強のスキル"ノーザンライツ"を発動。光速で迫り、触れた瞬間に蒸発するほどの威力を持つ戦闘スキル最強の極太レーザーが、一分の容赦もなく勇者を襲った。



「シロウさん!!」



 モモコの叫び声は虚しく、ノーザンライツは土煙を巻き上げながら裏門を破壊して遥か彼方まで伸び続け、やがて霧散するように消えていく。そこに、シロウさんの姿は見えない。抉られた地形と破壊された煉瓦の匂いだけが、辺りに充満していた。



「惜しいな」



 ……シロウさんは、クロウの真後ろに立ち、奴の首へ水平にした手を当てて呟いた。



 "ホワイトミラージュ"。



 シロウさんが唯一持つ、ティアBのなんてことの無いスキル。その能力は、自分と同じ形の幻影を作り出して相手を惑わそうとするだけの、気をつければ騙されるワケもないなんてことの無いモノ。



 幼少の頃、絶望との連戦を生き延びた、シロウさんの唯一の才能。



 だからこそ、シロウさんは一撃必殺であり、かつ殺すこと以外に応用力のないノーザンライツの発動を待っていた。それまでの戦闘は、彼にとってはただ機会を待つだけの消耗戦に過ぎなかったのだ。



「やっぱり、最強には手が届かねぇか」



 そして、クロウは振り返り様にシロウさんの顔面へ雷撃を放つ。剣を失った今では防ぐ術など無い。直撃したシロウさんは迸る衝撃に耐えきれず、見る見る焼け焦げて全身を燃やし、最後には真っ黒焦げになって地面に突っ伏した。



 ……世界を救った勇者は、自分が追放した嘗ての仲間に完璧な敗北を喫したのだ。



「……ぷはっ! はぁ……っ! はぁ……っ! はぁ……っ!」



 首筋の感覚に手を当てて、クロウは大きく息を乱し膝をついて恐怖を噛み締めていた。額からボトリと落ちる大粒の冷や汗。あいつが、どれだけの覚悟で挑み、どれだけ敗北を直感したのかが滲んでいる。



 分かっているのだろう。



 もしも、シロウさんが剣を持っていたらやられていたのは自分だった。もしも、シロウさんが他のスキルを持っていればやられていたのは自分だった。もしも、シロウさんが左腕を装着していれば――。



 しかし、そんな仮定にはなんの意味もない。勝負とは、結果だけがすべての無情な世界だ。



「やはり、お前は間違っていた。俺を追放するべきじゃなかったんだ」



 クロウは、悔しそうな表情を隠しもせず死にゆくシロウさんを見ていた。そろそろ、モモコは現実を理解して感情が溢れるだろう。アオヤだって、一体どんな行動に出るか分からない。それを止めようとアカネたちが戦線に立ったならば……。



「シロウさん……っ」



 俺は、迷いなく四人を殺すために動く。



「……リザレクション」



 一歩を踏み出した瞬間、クロウはシロウさんに回復スキルをかけた。焼け焦げた肌が傷だらけの皮膚へと再生し、水分が飛んでしまった眼球が潤いを取り戻していく。体から立つ白煙は姿をくらまし、後にはうつ伏せになった元のシロウさんがいた。



「ゴホ……ッ」

「シロウさん!!」



 モモコは、誰よりも早く駆け寄って泣き喚く。もう、涙でシロウさんのシャツはビチャビチャだ。そんな彼女を、彼は仰向けになって空を仰ぐと、落ち着くように笑って窘めた。



「あんた、一回じゃ足りねぇっつーんすか? 何回も生き返らせて、その度にシロウさんを殺そうってんすか?」



 ナチュラルに狂っているアオヤの発想は、やはり常軌を逸している。あの死闘を目撃してそんな可能性に最初に行き当たるなど、本当にあり得ないことだった。



「いいや、違うよ。アオヤ」



 今にも飛び出しそうな雰囲気を撒く彼を、シロウさんが止める。



「……ど、どういうことすか? シロウさん」



 そして、シロウさんはタバコに火をつけた。クロウの、安心したような、見下すような、複雑な表情を見て紫煙を吹いた。



「いいか、シロウ。俺は、お前の言うことなんて聞かないんだよ。回復はいらないと言ったお前も、全力で殺しに来いと言ったお前も、俺は否定してやったんだ」



 ……ははっ。



「なぁ、クロウ」

「なんだ」

「こっちに来てくれ。一回くらい、俺の言うことを聞いてくれてもいいだろ」



 すると、クロウは錫杖をしまってマントを閉じ、その場に立って仲間たちを見た。アカネも、ヒナも、セシリアも、涙目になりながら戦闘に備えている。恐らく、自分たちはここで死ぬだろうと、アオヤと俺の殺気を肌で感じて確信したのだ。



 そんな彼女たちに向けて、クロウは小さく微笑むと、静かにシロウさんの元へ向かい静かに跪いた。



「助かったよ、ありがとうな」



 そう言って、シロウさんはクロウの頭を撫でる。



 クロウは、シロウさんの手を掴んで嬉しそうに泣いた。



 ――――――


終わりです、元々ハッピーエンドの追放が書きたかったのでこれでいいのです。

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追放した回復術士がハーレムを連れて「ざまぁ」と言いに来た(re) 夏目くちびる @kuchiviru

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