第35話

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 王都へ戻り、すべての報告を終わらせると王様はパレードを開いた。残った三つの宝具を返納し、代わりに勲章を貰った俺たちは貴族との挨拶や国民たちへのスピーチで大忙しであった。



 そんなてんやわんやの中、どうにもシロウさんの姿が見えない。気になって三人で探しに行くと、彼はデッキでボーっと城下を眺めながら酒を飲んでいた。



「あ、こんなところに。シロウさんが出てこないから、俺が代表にされちゃったじゃないですか。どうして表に出てこないんですか」

「こういう雰囲気は向いてねぇのさ」



 その理屈で言えば、VIP待遇を楽しめるのはアオヤだけだ。俺は目立ちたがる性格じゃないし、村出身の田舎娘であるモモコも綺羅びやかな場所ではタジタジ。まるで、普通の女の子のようになってしまっている。



「その、『一緒に踊ってくれ』とか言われましても、私はダンスなんて知りませんし……」

「僕はたっぷり楽しんできたっすよ〜。なんか、『娘をもらってくれ』だの『私の領地に来てくれ』だの散々頼まれたっす。そのお願いを全部断った時、僕は特別になったんだなって自覚したっすね〜」

「あ、あんたってほんっとに性格悪いね」

「あはっ! だって、僕は暇で仕方ないからって理由で憲兵辞めたんだよ? 結婚も貴族生活もするワケないじゃんって話〜」



 左腕を失ったシロウさんの隣に座り、アオヤはウキウキで酒を飲んだ。



「それで、シロウさん。その体じゃ消防屋も出来ないっすよね? どうするんすか?」



 全損した左腕だけではない。シロウさんは、度重なるダメージによるガタが来て、内臓にも大きなダメージを追っている。彼は、もうまともに生きることすら難しい体なのだ。



「隠居するよ。王様も、あんまりの俺の影響が大きくなり過ぎたら困るだろうさ」



 なるほど、そういう理由で今日も目立たないように立ち回ってたのか。



「ふぅん、キータさんはどうするんすか? 何も決まってないなら僕と旅しません?」

「いや、俺は植木屋をやるよ。命のやり取りするより、草木をイジってる方が俺の性に合ってる」

「世界を救った人間の言葉じゃないっすね。じゃあ、モモコは?」

「シロウさんといる、その体で放っておくことなんて出来ないから」



 彼が退院してから、モモコはずっとこんな調子だった。もはや、恋人気取りを通り越して女房気取りである。



「おっさんの介護なんてやめとけ、モモコ。俺は心配いらねぇよ」

「介護だなんて思ってません。私は、一緒に居たいから居るんです」

「まぁ、諦めてやってくださいよ。シロウさん。こいつの執念深さは知ってるっすよね」

「……まったく、モモコはまだ十代だろ。くだらねぇことに人生使うんじゃないぞ」

「く……っ!? くだらなくなんてないですよっ!!」



 意外にも、勇者でなくなったシロウさんは頑固者であった。まぁ、普通のおじさんの反応って、案外こういうモノなのかもしれないな。



 ……その時、ふとデッキの扉が開かれる。振り向くと、そこには今までも明らかに違う落ち着いた雰囲気を纏う最強の姿があった。



「よぉ、元気だったか? クロウ」

「……あぁ、問題ない。シロウ」



 剣ではなく、錫杖を手に持っている。伸ばしっぱなしになった長髪と、傷んでくすんだ服。よく見ると、少し体も大きくなり生傷がいくつか増えたようだ。



「待ってたぜ。答え、見つかったみてぇだな」

「あぁ。俺は、お前を殺しに来た。ツラを貸してもらおうか」



 クロウの言葉に、何を思ったのだろう。シロウさんは、何も言わずに立ち上がると、踵を返したクロウに続いてデッキを出ていこうとした。



「しょ、正気っすか? シロウさん、あなたその体で戦おうとしてるんすか?」

「ちょっと! クロウ! あんた、シロウさんがどんな状態なのか見えないの!? 戦えるワケないでしょ!?」



 しかし、クロウとシロウさんは何も言わない。綺羅びやかなパレードの、遠い残響が聞こえてくるここは王城の裏庭。日中にも関わらず影が掛かっているこの場所は、城の向こうの光の世界と対比するように、どこか冷たくて不気味な空間となっていた。



 途中、シロウさんは憲兵の一人から剣を借りて、『誰も入ってこないようにしてくれ』とチップを渡し門番を任せた。これで、部外者は誰も入ってこれない。



 端を見ると、アカネ、ヒナ、セシリアの三人が静かにクロウを見守っている。そんな姿を見て、アオヤは説得なんて無駄なことなのだと感じたのだろう。



 空手をポケットに突っ込み、俺の隣に立つと深いため息をついた。



「シロウさん、やめてください! 本当に死んじゃいますよ!」

「止めちゃだめだよ、モモコ。きみだって、ヒナとの戦いを認めてもらったでしょ? これは、クロウの譲れない戦いだ」

「それとこれとはワケが違いますよ! キータさん! だって、シロウさんは――」



 しかし、シロウさんは黙ったまま地面に剣を突き刺し、モモコの頭を撫でると再び手に持って離れていった。その手の温かさのせいだろうか、彼女は涙を流すだけで動くことが出来なかったようだ。



「シロウ。よく、魔界から生きて帰ってこれたな。ザコばかりのパーティで、その程度のダメージで済んだのが奇跡だったろう」

「褒めてくれてありがてぇが、別にお前の回復を求めた記憶はないぜ?」

「違う。俺がいればどうとでもなった連中に傷つけられて、ざまぁないと笑ってるんだ」



 クロウの真剣な表情と対象的に、シロウさんは柔らかく笑っている。



「この俺に『目的を見つけろ』だなんて宣っておきながら、死にかけるような戦い方をするだなんてバカ丸出しだ。その腕は、もう俺のリザレクションですら戻らない。お前は、俺から目的すら奪うつもりだったのか?」

「心配させて悪かったな」

「……あぁ、そうだ」



 ギリ……、と、錫杖を握り締める音が聞こえた。



「俺が、どれだけお前に認められたかったと思っているんだ。お前のせいで、どれだけ悩んだと思っているんだ。もう、他には何もいらないくらい、俺はお前のことだけを考えて生きてきた。それなのに、お前は……っ」



 僅かに紫電が舞い、バチバチと空気を叩く音がする。流石、人類最強はダテじゃない。明らかに危険な香りを漂わせながら、クロウは憎悪を顕にした。



「お前を殺すのは俺だ!! どんな理由であれ、俺以外の人間がお前を傷付けることが許せねぇんだよ!!」



 息を切らし、錫杖に力を集中させる。その姿を、シロウさんは腰を落としベルトに剣を差して見据えた。



「シロウ、手加減が必要か?」

「まさか。後悔のねぇように、全力で殺しに来い」



 そして、クロウの雷が鈍く光る。



 本当の最後の戦いが、今、幕を開けた。

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