第34話

 034



「よく来たな、勇者よ」



 数多の戦いを越えて、ついに俺たちは魔王の間までやってきた。周囲には、魔王を守るエリート部隊だろう。計十体の悪魔が剣を掲げ玉座の前に立つ俺たちを睨んでいる。



「よぉ、魔王。終わらせに来たぜ」

「……なるほど。やはり、あの時の少年か」

「へぇ。まさか、あんたが覚えておいてくれたとはな」

「フッフッフ。何千年も生きていれば、妙な感も働くモノだ。部下に貴様を生きて帰したと聞いた時、再び我の元へやってくるのではないかと思っていたよ」

「あんたが帰したんじゃねぇ、グリントが俺を逃がしてくれたんだ」



 ……殺気。



 シロウさんのバラ撒いた恐怖により、二体の騎士が俺たちへ襲いかかった。しかし、その剣をシロウさんが素早く叩き落とすと、横からアオヤが一突きで二体を殺す。



 更に、その状況を見て迅速に襲い来る悪魔たち。それを今度は俺のパリィとモモコの炎で隊を分断し、孤立した一体にシロウさんのパンチとアオヤの宝具が突き刺さる。その死体を持ち上げて、今度は王へ向かってブン投げる。当然、それを防ごうと空中へ飛んだ悪魔を、モモコがフレアによってすぐさま叩き落とした。



「スキルとは、本当に理不尽なモノだな」



 左目の眼帯を外し、五秒先の未来を視る。どうやら、悪魔には切り札があるらしい。一直線に剣を振り抜いて両断にした死体が爆発し、気を取られたモモコを守ったシロウさんが残りの悪魔たち全員に囲まれ殺されるのが視えた。



「モモコ、三歩後ろ。シロウさんはアオヤのカバーを」



 指示を飛ばし、俺は爆発するハズだった悪魔へ矢を放つ。防ぐために下がったことで、モモコの炎が放っても爆発がダメージの範囲外となった。そのため、危機に気を取られずに済んだモモコは更にフレア・ネクスを発動させ、シロウさんとアオヤに分断された一体を焼き潰した。



「貴様は、この戦いの果てに何を見る?」

「何も、俺には野望なんてモンはない。ただ、やらなきゃならないことがあんたの討伐だっただけだ」

「……クク、あぁ。もしも貴様が我が配下であれば、我は決してダンジョンに分け身を配置しなかった」

「光栄だ」



 魔王と喋りながら、横殴りでブッ飛ばされたシロウさんは着地と同時に抜刀。飛来するモモコのフレア・ネクスを真正面から切り裂く。余りある破壊力は、半球となっても敵に致命傷を与える。二つに分かたれた火球は彼の後ろから襲い来る悪魔二体に直撃し、俺とアオヤのトドメによって命を散らした。



「なぁ、勇者よ。もし我が軍門に下れば世界の半分をやろう。どうだ? 剣を収める気はないか?」

「ククッ。ありがてぇ誘いだが、そんなん貰ってもすることがねぇな。あんたと殺し合いする方が、俺にとっちゃよっぽど有意義だ」

「……フハハッ。ならば、ここで死ぬがよい」



 魔王は、玉座から立ち上がると十五メートルはあるであろう巨体で、振り下ろすようにパンチを発動。それに対し、シロウさんはアオヤを襲った悪魔の一体に宝具を投げ刺して身を守ると、振り返り様――。



「やろうか」



 左手でを握り、手首を返すように低く構える。そして、風と瘴気を纏う魔王の攻撃のインパクトの瞬間、とてつもない爆破音と共にシロウさんの左腕は音速へ至った。



 ――カッ。



 周囲の悪魔が吹き飛ぶほど衝撃が、光のわずか後で訪れた。俺たちは地面に武器を突き立てて飛ばされないように体を支え、その場で佇む化け物の姿を見る。魔王の拳は肉を散らし、骨が剥き出しになるほどの重症を負っていた。



「ゴホ……っ」



 当然、シロウさんも無事なワケがない。



 血を吐き出し、硝煙の向こうに見えたのは肩まで吹き飛んだ半身。剥き出しの骨を伝いボトボトとドス黒い血が流れ、しかしそれでも立っている。俺は、そこへヒーリング・エフェクトをかけて止血を行った。痛みを取り除くことは出来ないが、血さえ止めればどうとでもなる。



 絶対に、あなたを死なせませんよ。



「見事だ」



 指でサインを送ると、俺が打ち込んだ膝の矢の場所へピンポイントにアオヤが追撃を行い膝を破壊。そして、下がった頭へ駆け上ると、モモコは口の中へ宝具の先端を叩き込んだ。



「地獄で私の両親に詫びろ」



 フレア・ネクスが、魔王の頭を内側から木っ端微塵に破壊する。飛び散る脳漿が壁にへばり付いたが、尚も掴みかかる魔王の左腕をアオヤとシロウさんが斬り落とす。



 最後に、俺が心臓へ特別製の銀の矢を放ちカザアナを開く。大きな音を立てて倒れた魔王を見て、残った悪魔たちは諦めたように自害を選んだ。



「……ふぅ、終わったな」

「止血します、頑張ってください」



 残った骨を斬り落とし、包帯をぐるぐる巻きにしてシロウさんの腕を治療した。流石に出血が多すぎたのか、彼の顔は青褪めている。しかし、ここから来た道を歩いて帰らなければならないのだから、ぶっ倒れてもらっては困るのだ。



「中毒になるかもしれませんけど、打ちますよ」



 調剤しておいたのは、覚醒物質と鎮静剤の注射薬だ。悪魔でもラリってしまうような、ほとんど麻薬と言って差し支えないこの薬を打ってヒールを重ねれば、流石に地上までの旅も終えられるだろう。



「頼む」



 局部に打ち込むと、シロウさんは大きく深呼吸をして落ち着きタバコに火を付けた。まぁ、この人の精神力が麻薬程度に負けるとは思えないので問題もないだろう。



「さて、黄泉への道を潰しに行こうか」



 シロウさんを真ん中に、アオヤが前衛、俺が後衛の布陣で進んでいく。モモコは、戦闘中の冷静さを完全に欠いてシロウさんに声をかけている。



「心配すんな、死にゃしねぇよ」



 ……とうとう、魔界の最深部にまでやってきた。



「なるほど、ニールゲ渓谷の続きが黄泉への道だったワケですか」



 魔王城の裏口から出て宝具で封印を切り裂くと、そこには更に地下深くまで続く真っ暗の階段があった。階段からは、異常なほどの瘴気が溢れ出ている。俺程度では、当たっているだけで気が触れそうになるような力の源。ここを潰せば、二度と魔界で成長を遂げ再び地上を侵略する力を身につけることも出来なくなるワケだ。



「それじゃ、終わらせようか」



 シロウさんは、なんの躊躇もなく宝具を投げ込んだ。



 すると、階段の向こうで剣が光り輝き、階段を貫くように光が走る。幾つもの断末魔が聞こえて、しかしこちらへ手を伸ばす影は瞬時に浄化されていく。



 その様子を、みんなは何の感動も無い表情で見ていた。少しくらいは喜んだり、達成感を得たり、そういうこともあるだろうと思っていたが。



「……帰るか」



 やはり、最後までイカれている。しかし、俺だけはどうしても名残惜しくて、彼らが振り返った後にも一人で輝く階段の向こう側を覗いていたのだが。



 ――ありがとう。



「……いいよ」



 彼は、優しく笑うと静かに手を振った。



 やがて、階段からニールゲ渓谷までを貫いた光の柱は、俺たちの帰路を照らす。きっと、深淵が晴れたのだろう。地上と魔界が繋がっていることで、世界は救われたのだとこの星が教えてくれたのだ。



 その光の中に、俺は一人の女性の姿を見たような気がした。

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