第33話
033
地上のダンジョンをすべて制覇し、ウェイストにやってきた俺たちはゲートを潜って魔界へ侵入した。
「ふぅ、とりあえず尖兵はブッ殺したっすかね」
現在、俺たちは魔王城まで五十キロメートルのところを徒歩で移動している。立ち込める瘴気があまりにも濃すぎて、馬たちが生きていられないからだ。
おまけに、補給ポイントも存在しないためアイテムは厳選を重ねた上でパンパンに詰め込んである。
前衛のシロウさんは壊れにくい強化アイテム類、司令の俺が割れ物の多いポーション類、その他雑多なアイテム類がアオヤで、モモコにはちょっとした敵を迅速に撃破するため最低限のアイテムだけを所持させているのだ。
「そこに水場もあるし、そろそろ休憩しよう。魔王軍の陣形が整っちまうだろうが、キータからすれば作戦を持つ相手を敵にする方が返ってやりやすいだろ」
「分かりました」
座り込んで、しばらくあと。俺は、ふと気になっていたことを思い出したからシロウさんに聞いてみることにした。
「そういえば、シロウさん。エリュシオンでモモコと戦う前に、何かを言いかけてましたよね」
「そうだったか?」
「ほら、十五代も勇者がいるのに悪魔が地上を滅ぼさない理由ですよ。ここまで歩いても、どうにも悪魔以外に敵がいるように思えません。ならば、結局なぜ魔王が地上にダンジョンを設置したのかが分からないんです」
「あぁ、実は僕も気になってたっす。シロウさん、理由を知ってるんすか?」
すると、シロウさんは自分の髭をナイフで剃って顎を擦り、なんてこものない顔をしてから徐ろに言った。
「なんだ、もう気が付いてるモノだと思っていたぜ」
「……俺たちは、そんなに重要なヒントを見逃したんですか?」
「ヒントというか。考えてみりゃ当然というか。要は、『魔王には自殺願望があるんじゃねぇか?』ってのが、王様と俺の考察なんだ」
……はぁ?
「考えてもみろ。ドラゴンのウォーグローは、二千年で気を狂わせて俺たちを襲った。人間からすりゃ途方もねぇが、永遠から見りゃたったの二千年。それだけで、時間を超越するほどの知識を蓄えてイカれたんだぜ?」
「は、はい」
「対して、文明の滅びを見てきた悪魔はどうだ? こいつは、一体どれだけ長い時間を生きてると思う? 繰り返される戦争に負けて、魔界に逃げてまた地上へ戻って、それでもいつか必ず復讐される。完全に入れ替わる人間と違い、悪魔はその恐怖に怯えながら生きなきゃならねぇんだ。果たして、その間も連中は正気を保っていられるかね」
そ、そういうことか。
「つまり、『魔王は勇者と相対し宝具の存在を知ったから地上にダンジョンを作った』ということですね」
魔王もまた、繰り返される戦争の歴史に終止符を打とうとしていたのか。
「その通り。ただ、王が負けを認めることなんて絶対に許されねぇ。悪魔にだって悪魔の社会があり、それを平和に治めることも魔王の努め。だから、魔王は俺たちが悪魔を滅ぼすに足りうる存在かを確かめようとしてる。ダンジョンはその為の試練。地上と魔界の王、二人の支配者はそれぞれの魂胆を理解しつつ、俺たち勇者パーティに世界の運命を任せてるんだよ」
……なるほど。
「つまり、僕たち人間はコイントスに勝ったってことっすね。たまたま、宝具が生まれた時代に地上に住んでいたから使命を任されただけで、仮に悪魔が地上に住んでいる時代だったら僕たちが滅ぼされていた」
「そ、そんなに簡単に種族の存亡が決定されていいの? シロウさん、世界ってそんなに軽いモノなんですか!?」
「さぁ、それは俺にも分からねぇよ。モモコ。ただ、そうしないと終わらない程の因縁があって、それを断ち切らなきゃならないのも確かだ」
シロウさんは、タバコに火を付けて紫煙を吹いた。
「人間は、生まれたときから誰に説明されるワケでもなく悪魔は悪だと決めつけ、奴らも地上の連中を同じように悪だと決めつけている。これはもう、なんの犠牲も無しに片付く問題じゃない。そして、どちらかが滅ぶべき時代に俺たちは生まれた」
……今、ようやくシロウさんを理解したよ。
「だったら、時代の当事者である俺たちがケリを付けなきゃいけねぇ。そうだろ?」
俺たちは、このカッコよさに憧れたんだ。
「連中が、人間のことをなんて呼んでるか知ってるか?」
「きっと、『悪魔』ですよね」
「その通り。流石はキータ、聡いな」
久しぶりに頭を撫でられた。やはり、何度されても慣れなくて、照れくさくて嬉しくなる。
「この旅は、互いの正義の押し付け合いの終着点さ。もしも神がいるのなら、スキルなんて残酷なモンを生み出して何がしたかったんだろうな」
俺には、哲学的なことなんて分からない。
けれど、きっとその神は何も考えてなんていなかったのだと思う。そいつは何人もいる神の中の落ちこぼれで、何をやらせても中途半端な逸れモン。そんな、三流の神が創り上げた世界だからこそ、ここは適当で理不尽で無意味な世界になったんじゃないかと俺は思ったのだ。
「……クックック。……アーッハッハッハ!!」
俺の話を聞いて、ここが魔界だってことを忘れたんじゃないかってくらいの大声で笑い出したシロウさん。それに続き、アオヤとモモコも笑い、最後には釣られて俺も笑ってしまった。
……この時、俺は本当にいい旅をしたんだと、心から思った。
「傑作だよ、キータ。決めた、お前はこの旅が終わったら本を書け。俺たちの無意味な旅を色んな人に読んでもらって、そんで笑ってもらうんだよ」
「あっはは! それいいっすね!」
とんだ大役を任されて、俺は思わず肩を竦めた。けれど、実を言えばその役はもう終えていたりするのだ。
俺は、鞄の中からこの日記を取り出した。
「実は、記録をつけていたんです。どんなことがあったのか事細かに記載してあるので、これを出版しましょう。どうせ十億ジェルも貰えるんですから、国民たちには格安でバラ撒いてあげますよ」
気分もすっかり晴れたことで、俺たちは再び魔王城へ向かって歩き出した。
ダンジョンで見てきた分け身の悪魔とは違う、魔界に住む純粋な悪魔たち。彼らは、コイントスの結果により霊長になれなかった知的生命体だ。何とも無常で、見ていると同情の気持ちが生まれてしまう。
しかし、その軍勢の中を俺たちは確実に進んでいく。騙し、躱し、隙をつき、俺たちを遥かに上回るフィジカルを持った連中を、神のいたずらの産物であるスキルを用いて殺していく。
運の無い彼らを憐れみはしても、決して生かしておこうとは思わない。明確な敵であると、向こうだって感じていることが手に取るように分かった。
この意識こそが、俺たちが戦わなければならない理由なのだろう。
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