第32話

 032



 料理屋に入ると、角の一番大きなテーブルにシロウさんたちは座っていた。



 しかし、どうやら何か問題があったらしい。座っている人数は十人。とんでもない数の女の子が、一番端っこで困ったように笑うシロウさんと興味無さそうに頬杖をつくアオヤを見ていた。



「久しぶり、キータ」

「やぁ、アカネ。この騒ぎは?」

「クロウ様がいなくなったの。部屋に、『探さないでくれ』と書き置きだけされていたわ」



 振り返って答えたのはセシリアだった。その表情には、明らかな不安が滲んでいる。ヒナも俯いているが、彼女を心配しているのは意外というべきか当然というべきかモモコだった。



 まぁ、答えを知っているんだ。もったいぶる必要もないだろう。



「結論から言うと、クロウはもうこの街にいない」



 一番の反応を示したのは、他の誰でもないシロウさんだ。困り顔から一変、まるで信じられないといった様子で目を白黒させながら俺を見ている。



 あなたの知らないところでも、色々あったんですよ。



「ど、どういうことですか!?」

「有り体に言えば逃げたのさ、ヒナ。あいつには、一人の時間が必要だ」

「に、逃げた? 最強のクロウ様が、勇者から逃げたっていうんですか!?」

「あり得ないわよ。だって、クロウ様は――」

「こう、あんまり人の関係に口突っ込むのは俺の主義じゃないんだけどさ」



 俺は、二人に向かって静かに告げた。



「クロウのこと、クロウ様だなんて呼ばないでやれよ」



 アカネは、呆然と立ち尽くして泣いた。



「……キータは、クロウとそんな話をしたんだね」



 きっと、彼女にはずっと分かっていたことなのだろう。



「どうして、そんなことを言うんですか?」

「さぁ。ただ、仮に説明したとして、きみたちが俺の言葉で納得するとは思えないな。俺は効率厨だから、無駄なことはしたくない」

「また、そうやってあなたは……っ」

「そもそも、頭にくるくらいなら先にやることがあるんじゃないの?」

「でも、『探すな』って……」

「だったら、ここで一生待ってればいい」



 俺は、いつの間にかテーブルに手をついて前のめりになっていた。



「俺は、きみたちの過去に何があったのかを知らない。きっと、死ぬほど辛い目にあって苦しんできたんだろうって思う。でも、だからといって、それはいつまでも被害者ヅラしてていい理由にはならない」

「な、なんてことを……っ」

「アカネ、きみが誰も傷つけないように生きてきた結果、本当に誰も傷つず済んだことがあったか?」



 アカネは、横に頭を振って涙を流す。



「ヒナ、セシリア。きみたちは、縋る相手を地獄で抱いた妄想からクロウに代えただけで、本質的には今と昔が何も変わっていないんじゃないのか? だから、何一つ自分で考えずクロウを肯定してるんじゃないのか?」



 二人は、ただ俺の言葉を否定するように震えている。



「慕ってるなら、少しは疑問に思いなよ。どう考えたって、世界を救う勇者にちょっかいかけて、その落ちぶれていく様を見ようとするなんて歪んでるだろ? 自分がいなくなった場所に、何度も足を運ぶなんてイカれてるだろ? だったら、どうしてクロウがそうなったのかを考えるのが普通だろ?」



 ……らしくない。



 本当に、俺らしくもない。



「いい? 最強なのはクロウであってきみたちじゃないんだ。そして、凡人は天才と違って何をするにも考えないとやってられないんだよ」



 こんな説教じみたことを、みんなの前で堂々とやってしまう自分が恥ずかしい。少し世界を知った気になって、弱っている彼女たちに正論をぶつけるだなんてあまりにも幼稚過ぎる。俺の言葉なんて響かないと自覚しておきながら、それでも伝えようとする心が煩わしくて仕方ない。



 ……でも、クロウは俺を頼った。



「心配するなら、少しくらい憧れに近づく努力を見せてみなよ」



 だから、俺が彼女たちの世界を救うべきだと思ったのだ。



「やっぱ、キータさんが一番勇者っすねぇ」

「言えてる」



 アオヤとモモコは、茶化すように笑った。



 顔面が沸騰しそうなくらいに恥ずかしい気分だ。世界を救うために血みどろの死闘を何度も繰り広げてきたハズなのに、こんな日常の場所で覚える感覚のなんて新鮮なことだろうか。



「俺が伝えたいのはそれだけ。キツいこと言って、悪かったよ」



 俺は、呟いて立ち上がったシロウさんが背中を見せる寸前、目尻を拭うのを見逃さなかった。だからといって、何かを言うワケではないけど。



「じゃあ、迎えに行こっか。ヒナ、セシリア」

「……はい」

「……えぇ」



 しばらくして、三人は静かに立ち上がると店の外へ向かった。



 まぁ、彼女たちならきっとクロウの行き先に見当がついているのだろう。最後に一度だけ振り向いたアカネに手を振り、俺はようやく椅子に座ったのだった。



「なぁ、キータ」

「なんですか、シロウさん」

「もしかして、俺のことをずっと心配してくれてたのか?」



 ……み、耳が熱い。



「当たり前じゃないですか。毎回毎回、俺たちのせいでボッコボコにやられて。そのクセして文句一つ言わないんですから、ある日プッツリ来ちゃうんじゃないかと思って心配ですよ」

「ごめんな、俺が悪かったよ」

「……まぁ、冒険が終わったら全部ブチまけますから。そのつもりでいてください」

「クク、分かった」



 振り向いたシロウさんは、すっかりいつもの優しいおじさんになっていた。周りで聞いていたヒマリのパーティのメンバーは、さぞかし共感性羞恥でキモを冷やしていることだろう。



「……ちょっと、感動しちゃったかも」

「キータさんって熱い人なんだね」

「ヒマリのカレシだっけ?」

「今はまだカレシじゃないよ、あたしが勝手に好きなだけ」



 冷静に考えてみれば、そもそも冒険者になるような人間が普通なワケが無かった。ブロンズからアドベントまで、等しく普通に働きたくないけど一攫千金を目指してるって具合なワケで、しかもそれが成功すると確信してるから命を削る労働に勤しんでるんだった。



 共感性羞恥なんて、覚えるワケもなかった。俺は、一人で目立った恥じらいを噛み締めるしかないみたいだ。



「さぁ、食べよう。ミレイ、旅の話を頼むよ」

「任せてください、シロウさん」



 地味に隣りに座っているミレイを、反対側からモモコがジッと見ている。そんな嫉妬を微笑みつつ、俺たちは魔界突入前の最後であるだろう団らんを楽しんだ。

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