第62話 火花を散らす人たち
その者は躊躇いなく歩を進め、カツカツと靴音を高く鳴らしながら講壇へ近づいた。
自然と、周囲の視線はカーリマンからその者へと移っていく。レオンハルトはもちろんのこと、そこに居合わせた誰もがその者を見た。この空間にあってその動きを追わないのは、実にカーリマン唯一人である。
近くに靴音を聞いたアイラもまた、振り返ってその者を見た。
ちょうどそのとき、アイラのすぐ横を、きらめく銀髪を長くなびかせて、一人の少女が往き過ぎた――と思ったら、少女に制服の襟を引っ張られた一人の少年も、舌打ちしながらその後をついてきた。
そうしてカーリマンと同じ最前列にどっかりと座り込んだ銀髪の少女が何者か、疑う者はもはやこの場にはいない。
紛うことなきレブストル第二十期生首席、〈
伴って連れてこられたのは、もちろん〈根腐れ〉パルマージだった。彼はサイサリスの斜め後ろに、体を斜めにして、不服そうに腰掛けた。大きな溜め息が、アイラのところまで聞こえてくる。
「あら〈
サイサリスはさも当然という体で、横にいるカーリマンに話しかけた。カーリマンは目だけ動かして存在を確認すると、すぐに顔を前に向け、静かに言葉を返した。
「好きにしたらいい」
「ええ、そのつもりよ」
カーリマンの素っ気なさもよそに、サイサリスは再びすっくと立ちあがって講壇へ足をかけた。レオンハルトも淀みなくこれを受け入れ、彼女を壇上の中心へと誘う。
サイサリスは退いたレオンハルトに優雅な一礼をしてから、先ほどまで彼が立っていた位置に足を踏み入れた。そうして仁王立ちで門徒らを一眺めすると、きっ、と視線を目の前のカーリマンに戻し、呪文を唱え始める。
「顕現せよ――汝、摩擦する者なり」
サイサリスは右手で何かを握り締めながら、それを胸の前で固定していた。彼女の詠唱に応じて、その中から薄い光が漏れ出てくる。
「その身を焦がし
最後の言葉とともにサイサリスは握っていた右手を開いて眼前に差し出すと、空中で何かを転がすように瞬時に掌を閃かせた。
刹那。彼女の手中から大きな炎が立ち上がり、そのまま腕が伸びる方向へ――つまりカーリマンのいる方向へ、炎の塊が押し迫った。
「あ、危ない――!」
と、咄嗟に立ち上がった者が、アイラの他にも二、三人はいたような気配がある。
しかし幸いなことに、彼女らの悪い想像はすぐにも裏切られた。
サイサリスが放った炎は、確かにカーリマンの方へと迫った。が、それは少女のおでこにたどり着く前に四方に拡散すると、同時に青や緑へと様々に色を変え、ぱらぱらと軽い音を立てながら明るい火花を散らして、跡形もなく消えてしまったのである。
ようやく事態が飲み込めたアイラは、浮かしかけた腰を再び戻しながら、網膜に残った映像を呆然として頭の中で繰り返した。
怖い、危ない、と思った炎の塊は、気づいたときには美しい火花に変わってしまっていた。
早合点してしまった恥ずかしさよりも、魔法による現象の美しさに、彼女は気を取られていた。
「まー華やかな魔法ですこと……アイラ、あれと友達になりたいの?」
と、横でシャルロッテがつぶやいたことで、アイラはようやく現実に意識を戻す。
「え!? あ、いや、悪い子じゃないと思うんだけど……!」
弁解しながら、アイラは別のことを思った。
そうだ、あれだけの魔法、もし呪い持ちなら体に何か起こってもおかしくないはずだけど――
アイラはサイサリスの首から胸にかけて、大きな宝石のようなものが提げられているのに気が付いた。先ほど彼女が握っていたものは、これかもしれない。
「まあ、こんなものね。〈跋扈する〉サイサリスよ。せいぜいよろしく」
そう手短に名乗るサイサリスの体には、何も変化は見られなかった。もしかしたらあの宝石が、レオンハルトが言っていた〈呪い避け〉の道具なのだろうか。
彼女はそのまま拍手を待たずにさっさと降壇し、先ほどと同じ席に腰を下ろした。当然隣では、さきほど炎を差し向けられたばかりのカーリマンがいるのだが、そのどちらもが前を向いたまま微動だにせず、まばらな拍手を背中で受け止めていた。互いに目の前にあるのはレオンハルトの苦笑いのみである。
「早く行きなさい、二番目さん」
声をかけたのはサイサリスだった。その挑発的な言動を受けてもなお冷静な面持ちで立ち上がったカーリマンだったが、長机を抜け出て講壇へ足をかける直前になって、彼女はサイサリスに振り向いた。
「一つだけ言っておく」
そうしてやっとサイサリスと目を合わせると、このように続ける。
「私は、気が短い」
サイサリスは無言で微笑んだ。カーリマンは表情を変えないままレオンハルトに几帳面な一礼すると、先に倣い、講壇の中心へ立って詠唱を始める。
「顕現せよ――汝、凝固する者なり」
アイラはその一言を聞いた瞬間に、なにか寒気のようなものを感じた。そこで意識をカーリマンの姿に集中すると、先ほどサイサリスが身に付けていたような道具はどこにも見えないことに気が付いた。
ただ、サイサリスと違うとすれば、カーリマンは両手に皮手袋をしているようだ。
どうしたんだろう、今日はお天気で暖かいのに……すごい冷え性なのかな? それとも、もしかして、あれの中に〈呪い避け〉が入ってたりして?
と、アイラは想像した。まだ魔法の世界が右も左もわからないアイラにとっては、観察してみるまでは全てが想像の域を出ない。
しかしこの想像は、先ほどと同じく――しかし先ほどとは全く違う形で、大いに裏切られることになったのである。
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四級受呪者の前日譚 望月苔海 @Omochi-festival
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