第61話 ようこそレブストルへ

 教室内の全ての門徒の目がレオンハルトに注がれたのと同時に、出入口である二つの扉が閉じられた。その音で何割かの生徒が後ろを振り向いたが、視線はすぐに講壇へと戻される。


「改めまして、ようこそレブストルへ」


 レオンハルトは講壇の中心に立って、門徒全体に呼びかけるように顔を巡らせた。


「儀式でもお会いしたんだが、もう覚えてもらったかな? 副学長のマルケルスだ。といっても特別偉いわけではなくてね、他の先生たちと同様に講義も担当する」


 アイラはレオンハルトと目が合い、ぱっと表情を綻ばせた。レオンハルトにもそれが分かっただろうが、彼は目で応えるだけで、大きな動きは見せずに続けた。


「今年は君たち一学年の主任監督を務めることになった。これから学院内で困ったことがあれば、遠慮なく相談してほしい。以後よろしく」


 静粛の中、レオンハルトが軽く一礼すると、誰からともなく拍手が起こった。アイラも我先にと手を鳴らす。シャルロッテは思わず合いの手を入れそうになったが、思い留まって周りと同じように手を叩いた。


 姿勢を戻してからも続いていた拍手を手で制して、レオンハルトは再び語り掛ける。


「今日は一日、この大教室で全員が過ごすことになる。明日以降は受ける講義が分かれるけれど、同じ第二十期生の仲間としてぜひ互いを知り、親睦を深め、大いに高め合っていってほしい」


 そこでいったん言葉を切ると、レオンハルトはパン、と手を叩いた。


「というわけで、最初の授業は――自己紹介だ」


 途端に、教室内がざわつき始めた。まさか、準備してないよ、幼学校じゃあるまいし――などと、後ろの方で口々に声が上がるが、友達を作りたいと思っていたアイラにとっては願ってもないことだった。


「自己紹介だって、シャル! 楽しみだね」


「え、いやあ、アイラの場合それはどうかな……」


 シャルロッテのいつになく歯切れの悪い返答に、アイラは首を傾げた。自分は楽しみでしかないのだけれど、シャルロッテは何を思ってそんなことを言うのだろう。


 しかし、その理由はすぐに知れることとなった。


「ただし諸君――」


 とレオンハルトの声が響き、ざわめきは鳴りを潜めて皆がその続きに意識を向けた。


「ここはだ。君らには得意の魔法で自己紹介してもらうよ」


 その言葉の意味を理解するまでに、アイラには少し時間が要った。後ろからざわめきが再び戻ってきて、初めて彼女はハッとする。


 魔法で自己紹介するということは、魔法を使うということで、それってつまり――


「さ、さっそく呪いを受けるってことォ!? シャル知ってたの!?」


 アイラは驚愕と焦りに目を見開いてシャルロッテを見た。シャルロッテは、半分気の毒そうにしながら、それでもいたずらっぽい笑みで応えた。


「まあ去年もやったし……でもウキウキしてるアイラに水差すのもなあと思って」


「言ってよお! っていうか、シャルだって他人事じゃないでしょう!?」


 アイラはシャルロッテの肩をぶんぶん揺すりながら聞いたが、これにも思わぬ答えが返ってきた。


「いやだって、あたし呪い無いからさ」


 アイラの動きが固まる。土壇場で知る驚愕の事実である。


「……あれ、言ってなかったっけ?」


「聞いてないよお! もうシャル――」


「あ、ほらほら、レオちゃんも笑ってるよ」


 糾弾も半ばでアイラは視線を逸らされた。あちこちで二人と同じようなざわつきが広がる教室の様子を、レオンハルトは穏やかに笑いながら眺めていた。彼はこちらの様子に気が付くと、今度は明らかにアイラを見て苦笑した。


 シャルロッテだけではない。当然レオンハルトも、今日の自己紹介を知っていてアイラに明かさなかったのだ。あの優しいレオンハルトさえ、ここではあえて助け舟を出さない。そればかりか、ここにいる半数近くが王都出身者であるはずの教室中のざわめきを考えれば、かつての卒業生である同族兄姉からも、みなが知らされていなかったに違いない。


 つまりこれは、レブストル流の通過儀礼だった。アイラはそのことに思い至り、ぐぬぬぬ、と歯噛みしながらレオンハルトの苦笑に目で応えた。


 それを確認して一つ頷くと、レオンハルトは「いいかい」と声を上げて再び注目を集める。


「一人ずつ前へ出てきて、得意な魔法を見せ、二つ名を併せて名乗る。簡単だろう? もし呪い避けの準備があるなら、使っても構わない……準備があるなら、ね。さて、それではやる気のありそうな、一番前に座っている人から――」


 ここまでのレオンハルトの言葉に誘われて、誰もが視線を最前列へと投げていた。そしてそこにはしゃんとした姿勢で、黒髪の少女・カーリマンが着席しているのみ――のはずだった。


 だがこのとき、レオンハルトが言い終わらないうちに、教室の後ろから立ち上がった者がある。

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