ギブ・ミー・チョコレイト

ほにゃら

第1話 キャラバンの季節

 金色のすなが舞い上がる。太陽が銀色に耀いた。・・・・・・永く短い、春の訪れ。


 中部内陸より運ばれてくる黄沙は、春になると、此処西の最果ての地にも及んでくる。


 かつてこの地には海がり、河となり、やがて干上がって白い一本道をつくり上げた。それが一体何処に続いているのかは分らない。だが私達を脅かした海賊は姿を消し、代りに年に1,2回、この春と秋の時季にキャラバンが絹と金を交換する為に行き来する様になった。彼等は常にイスラームの如く、或いは修道士の様に、身体を布で隠し、とりわけ男が眼元までヒジャブで覆っていた・・・否、今考えてみると実は男は其処には居なかったのかも知れない


 ――――彼等の通ったみちは、“絹の道”ザイデンシュトラーセンと呼ばれた。




 キャラバンの来訪は最早もはや、城下町の人々にとっては恒例の事となっていた。話した事は無かったが、毎日、絹や岩塩に限らず色々な物を拵えては売りに来る。彼等はしつこく交渉する様な事はしなかったし、全体的に口数は少なかった。時に逃げる様に。しかし物資の売り上げは上々らしかった。値段設定は始めから安くしてあったし、彼等の作業工程はとても丁寧で、私達の国の技術を超えていた。更に言えば、彼等の文化は実に趣き深く、美しきものが目の前で人の手に拠って編み上げられてゆくそのさまは、神秘的であり、何故か謎に満ちている様に思えたのだった。


 交流が無い中でも交流が在った。彼等の御蔭おかげで他国との文化が交流し、融合し、この国は西一番の帝国となり勢力を上げた。私は


 この国の最初で最後の女帝だった



 ―――マンサ=ムーサ=ディアラ。



 私もあの頃は貧困に悩む、只の一般人だった。何が悪かったのかは分らない。でも昔は今より豊かに暮していた。腕っ節はこれでも利く方で、農業や遊牧の手伝いは沢山たくさんの妹弟を世話しながらもっていた。土地も其形それなりに潤っていたのに、永く大きな旱魃かんばつが私達を襲う。

「水・・・」

 何処まで歩いてもこの沙漠から抜け出せない。もう秋になっている筈なのに・・・なかなか気温が下がらずに、私は衰弱し切っていた。既に幾許いくばくの人が、飢餓に因り命を落している。拡がり続ける沙漠の面積に、オアシスの場所まで遠く感じてしまう様だった。

 私は熱い砂地に倒れた。焼けそうに痛い。でももう動く気力なんて無い・・・・・・

 サクッ。耳元で足音が聴こえた。私は此処で死ぬ訳にはいかない。

「水が欲しいの!!」

 之見よがしにがばっと起き上がる。足音の割に影となってくれない。気のせいなのかしら・・・?

 私は辺りを見渡した。振り返ると、冷めた眼をした少年が、っていたと云わぬばかりに風紋に浮ぶ唯一つの岩に座っていた。

「――――・・・」

 私より幼い。キャラバンの衣服を身に纏っていた。其以外に特徴は捉えきれないが、日光はやはり入ってくるのか、瞳が金色に視える。恐らくは、環境に縁って変化する眼(混血)なのだろう。黒いヒジャブの境目からは、金色の髪が見え隠れした。

「―――水、欲しいの?」

 少年が岩肌を離れ、立ち上がって私に問うた。私は少年を見上げ、黙ってうなずいた―――・・・

「・・・・・・そう」

 少年は肯き、其だけを呟くと、横を向いて何も一切見ていなかったかの様に振舞い、去ってった。腰には水筒がぶら下がっている。

「俟ちなさい」

 私はカチンと来て少年を呼び止めた。倒れる処を観ていただろうに。教育が何だか間違っている。

「・・・なに」

 少年は振り返り、ぼそぼそと言った。私は地面を指差して、引きつる頬を足で地面を固める事に依り抑えた。

「・・・私、今此処で何をしてた?」

「・・・横たわっていたね」

 確かにそうである。ほぼというか100%正解だ。併し其を行き倒れていたとは解釈しては貰えないらしい。

「そう・・・暑くて、きつくて・・・・・・喉が渇いて」

 私は如何にも苦しげである様に、感情に訴え掛ける様に揺さ振りを掛けた。すると

「其は・・・大変だね」

 如何にも合わせてますといった感じである。可愛くない子供だ。外見上はどう見ても少年の方が暑そうであるから説得力も無くなる。

「・・・・・・」

 ・・・・・・沈黙になる。如何してこの場面で沈黙になるのかが解らない。言葉は咽喉の先まで出掛っている。

 併し、此方から要求するのは些か、図々しい気がしてならない。そしてこの意図くらい、この年の子供でも察せるだろう。

「―――蓋を開け呑むは我が口のみってことわざ、知ってる?」

 不意に少年が私に問い掛ける。私は首を横に振った。・・・知らない。キャラバンに在る言い伝えであろうか。

「―――そう」

 少年は背を向けて去ってゆく。何の解説をする事も無く。はっ!?

「俟ちなさい!」

 私は語気荒く引き留めた。熟慮しなかった私も悪いけれど。でも“蓋を開け呑むは我が口のみ”は、まさに少年の取っている態度に等しくはないかしら―――・・・?―――あなたの口から言って貰わないと、確実なものはあげられる保証は無い。

 此方から求めなければ、与えられる事はあっても、得る事は出来ない

「その水筒の中に入っている水―――私にれない?」

 私は勇気を絞って言った。形振なりふり構ってはいられない。自分より年下の、しかも生意気な子供に頭を下げたくはないけれど・・・仕方無い。少年が此方側を向いた。―――今迄、貼りつけた様にぴくりとも動かなかった無表情が少しだけ笑み崩れる。

「・・・・・・いいよ」

 ―――ヒジャブの黒と相俟あいまって、間から見える流し眼は、幼いながらもとても神秘的だった。



 少年との出会いは、秋は其で終りだった



 ―――廻り廻って次の春。気温が上昇し、冬の間は氷となってこの地に留まっていた水が、融けて流れ出し保存が利かなくなる季節。私は一番近くのオアシスに、水を汲みに行っていた。近く・・・と言っても、オアシス自体が遠いのだが。

 年の近い妹二人を、叱咤激励して歩いていた。二人でも只でさえ収拾がつかない。遊び盛りで、走り回る。

(後で重い物を運ばなくてはならないのに・・・)

 手に持った4つのバケツを眺めながら想う。でも、子供というものは基本そういったものなのだろう。つい最近まで私自身も、そうであった様な気がする。

 ・・・・・併し、いざオアシスへ到着すると、去年の暑かった秋には無かった分厚い壁が、私達を隔てている。

「・・・入らないの?お姉ちゃん」

 ・・・・・・入れる口が無い。

「お姉ちゃん―――?」  さくっ。

 足音が頭上で聴こえて、私は上を向いた。―――黒のヒジャブに黒の衣装。キャラバンが壁の上に、俟っていたとばかりに佇んでいた。

「・・・・・・」

 ・・・私より幼い。屹度きっと、妹達の方が年が近かったのだ。だが、およそ子供とは思えない程に落ち着いている。

 金色の髪に金色の瞳―――間違い無い。

「―――何か、用?」

 あの時の、少年だ。

「どういう、事―――?」

 去年まではこのオアシスは共用―――と、いうか、之迄にそういった規定は無く、誰もが自由に水汲みをしては持ち帰っていた。

 少年はあの時と変らず冷ややかな視線を私に落す。少しはショックな気持ちというのを汲んでくれる様には成長した様だ。

「・・・此処に、人が住み始めたの」

 少年は淡々と答えた。そう、私は何故壁が造られているのかを訊いているのだ。・・・この侭では、私達は水を持って帰れない。

「どうして?」

 我ながら、もの凄い質問だと想う。大人達の都合だ。わからないというのが当り前だろう。併し、この少年は私でも難解な語を遣って的確にこの時、答えていた。

「―――“貿易”するんだって」

「―――“貿易”?」

「そう。この土地と水はもうベルベリー(バルバロイ)の物だから、前みたいに中に入る事は許されない」

「―――あなた、中に居るじゃない」

「そうだね」

 はぁ・・・。私は溜息を吐いた。何故中に入れたのかを聞きたいのに。この少年は物事の核心に触れると、どうにも口を鎖す様だ。

「どうして?」

 私は問い質す様に強い口調で訊いた。どうしてこんなに事務的なのだろう。

「・・・・・・お金を払ってるから」

「え?」

「キャラバンは移動民族だから。短い期間なら、お金を払えば泊らせて貰える」

 ・・・まるで自身の帰属する集団を、切り離したものであるかの様に言う。

「―――そうして滞在が終ったら、また私達の土地へ来るのね―――?」

 キャラバンは岩塩や絹・民芸品を、私達の地域で売ってお金にしている。屹度そのお金でこのオアシスの水を買っているのだろう。

 彼等は、私達の住む地域にも滞在する。

「・・・多分。其で?何が欲しいの?」

 私はバケツを示していた。気がつけない訳では無いらしい。そう、之から彼等は私達の住む地域にも遣って来るのだ。

「水を、このバケツ4杯分」

 其が何を意図しているのか、この年頃の少年に汲めているかは定かでは無いが。

「―――くださいな。私達の処には好きなだけ、居て貰って構わないから」

 ―――併し、之が私と、少年の関係を決定づけたのだ

「―――いいよ」

 少年が壁から飛び降りる。―――振り返ってみると、少年ないし私も“貿易”はこういう事であるという意味をきちんと解ってはいなかったのだと想う。

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