第8話 アクアリディア
「行ってきまぁす」
私はその日、ベルベリーとの交渉の為に郊外へ出た。母と祖母に見送られながら。弟達は“学校”へ行っている。
水準は下がらず、極めて“普通の”日常に戻りつつある。ベルベリーの講師は交渉の甲斐があり授業をしてくれる。
子供達の教育を守る事、其が之から交渉をしに行く、私の動機だ。・・・物売りなんて、子供にさせたくない。
そうして叉、以前に倒れた沙漠を通る
―――此処がつい数十年前まで海だったなんて、事実を知った後でも信じられない。・・・だって、何処までいってもさらさらで、風に
(・・・・・・此処で、出逢ったんだっけ・・・・・・)
私は過去を想い出す。
そういえば、此処はキャラバンの行路にもなっていたのだっけ。
其処は沙丘と謂うのだろうか、小高い沙の積った土地がある―――とても急な勾配で、風が運んだとは思えない
明らかに、人為的だ。
「父さん・・・・・・!」
私は“予言”を想い出す
頭より身体が機転が利いて、沙丘に駆け寄っていた。夢中で沙を掘り起す。掴み所が無く指の間をするり抜けるけれども、絶えず吹く風に依って風化し沙が崩れ、すぐに埋められていたものは出てきた。
―――黒いベールに、キャラバンの衣装。
「・・・・・・・・・」
私は恐る恐るベールを捲る。沙と同じ色の金の髪がさらさらと零れ落ちる。閉じられた目の周りを縁どる長いまつげは
「リディア――――!!」
漆黒の布に包まれて倒れているリディアだった。
「リディア!!リディア!!」
私は慌ててリディアを抱え起した。黒の布が熱いと共に、愕くほど身体が軽い。だぼだぼとした服からは窺えなかった身体の線の細さにゾクリとした。
「ちょっと!目を覚ましなさいよ!ねえってば!!」
私はリディアの身体を揺すった。でも、リディアはぐらぐらと身を預けた侭揺れるだけで、重さで傾いた頭を起す事さえしなかった。いつも余計な口ばかり叩いていたのに、何故何の前触も無くこんな事になっているの!?
「ねえ!起きてよ、お願いだから!!」
いえ、前触れが無かった筈は無いのだ、私が見落していただけで。この少年はいつだって、自分の身に降り懸る事は隠そうとする。
「ディアラ」
この滅多に行き違わない沙漠で人の声がする。辺りを振り返ると、玄関で別れた筈の祖母が何故か来ていた。
「おばあ・・・ちゃん・・・」
「先ずはそのベールを外して。風の通り道を作るの!其から、この子をサリフの王宮へ運ぶよ。其処には医師もすぐ呼べるし、ディアラの命令無しじゃ誰も入れない」
私は祖母の指示の通りに動いていればよかった。ベールを脱がせてぐったりした身体を負ぶさると、モスクへ急ぐ。俯いた長めの前髪が、私の首筋に流れて擽る。祖母はリディアの白い素顔を、感心と少し難しい顔をして呟いた。
「んー・・・子供ながらに、あの時の長とそっくりな貌をしているわね」
結局彼は最後まで、自らの本名も素顔をも自分からは教えてくれなかった。其は祖先の海賊と容貌が似ている事を自覚していたからだ。罪悪感と自虐の教育を、忠実に彼は汲んでいたのだ。
其からリディアは永い間目覚めなかった。お医者さまは熱中症という急性の病と外傷に因る気絶だという事で、命に別状は無いと言っていたが、其でもなかなか目覚めない。私は心配で堪らなかった。
・・・だって、リディアは傷だらけで、而も人為的に沙漠に埋められていたのよ。
誰が彼にこんな事をしたのだろう―――
私の予言は最終的に的中した。
(・・・あなたらしいわね)
―――偶然であるか必然か、其で
「マンサ=ムーサ=ディアラ!」
・・・こんな茶番の国家でも、民は其でもついて来てくれる。いえ、先走っている。
「議会が混乱しているよ!ファサードが必死で仕切ってる!」
「――――・・・!?」
ファサードに同行して議会へ出席していたカニャラがこのモスクへと私を呼びに来た。昼間にこの黒の衣服は目立つ。
私と祖母が彼を匿ったという情報を、逸早く掴んだ者が在るのだ。
「来る!?ディアラ」
「でも・・・・・・!「行きなさい、ディアラ」
躊躇っていると、祖母が私の背を後押しする。
「サリフ=ケイタが迷惑を掛けて済まなかったね。でもディアラ、
とても厳しい台詞だった。私自身だって今、自分の
「―――安心なさい。きちんと看病しておくから。・・・其にこの子も、いつまでも此処には居られない」
そう・・・だね。私は涙を袖で拭った。キャラバンはもう、此処には居ない。やはり私と彼とでは、民族のルーツが違う。
早く彼を、元の処に還して遣らなければ。
「マンサ=ムーサ=ディアラ!」
「予言が・・・!予言が中った!」
「犯人は・・・やはりキャラバンなのですか」
結局裏切らなかった期待に、私は気持ちくらくらしながら父の座っていた席に着いた。いー加減にしなさいっ!・・・その一言で皆黙る。どうしてキャラバンが犯人と決めるのか、問い詰める内に抗えない真実に到達するのだった。
リディアが他のキャラバンや、大人と話をしている姿を見た事が無い。
物を食べているところや、気持ちよく眠っているところ,そういう人間の日常的な部分さえ、彼に限っては謎に満ちていた。
けれども議会に加わった民の一人の子供が、彼が母親らしき人間と一緒に居るのを一度だけ見たらしい。
その光景を見たのは丁度キャラバンがマリから去る日で
母親はぱさりと彼の黒のベールを取って
『―――あなたはどこまで、わたしたちを不幸にすれば気が済むの?』
と、言ったらしい
私にはする憎まれ口も母親には奮わず
只黙って、母親の指が、爪が、環境に依って色を変える目の在るその顔に向かうのを
『――――・・・』
目を瞑って、待っていた様だ
キャラバンはリディアを切り捨てた.戒律を守らぬ順わぬ子供を,現在,過去全ての罪を彼に被せて
マリに脅かされた怒りを過去の罪悪感からぶつけられず、この子にぶつけて
外に向かわず、内で自らを常に罰して.罪悪感から自らは与えられないのに、他人に与え続ける.そんな非日常な事を繰り返して
そういった思想を子供に教育しておいて
実際我が身が犠牲になるとなると,結局は責任が取れない訳ね
父の真実が明かされる事は無い。でもマリの民にとっては之が真実も同じだった。子供に全てを押しつけて、彼等は逃げる様に去った。
「追い出せ」
「いや国に還そう」
場所を転々として行方の知れない帰属していた集団に彼を還すのは難しい。かと言って、
併し私がマリの代表として彼の母国と交渉をしようとした時に、とんでもない事実が判明したのである。
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