第6話 自虐の民

「―――・・・困ってるみたいだね」

 何の事前打ち合わせも無く予言者やら預言者やらに仕立て上げられてしまった私は、早速次の日から悶々と悩み始めた。

(キャラバンが行動を起す,ですって―――?まつろわぬ民って何?父はキャラバンの何を知っているというの―――?)

「―――ディアラ」

 元々学校として使っていたが、今はそんな狭い空間に誰も踏み込まない。ソリッド・ファクツにひとり身を寄せて考え込んでいると、思わぬ来訪者が円柱の外側から覗き込んで来た。

「―――リディア!」

 私は驚いて背後の窓に反り返る。リディアの私を見下ろす顔が大きく映った。

「―――やっと、名前で呼んでくれる様になったわね」

「・・・何それ。アンタが勝手に俺の名つけて呼んでるのと一緒」

「・・・・・・なら、いい加減に名前を教えなさいよ」

 かちん。やっぱりかわいくない。どうにも姿形から未だに子供として見てしまうが、もうその様な年齢でも無いか。

 ―――気づけば、私がこの神秘を纏った少年と出逢ってから、4度目の季節が過ぎようとしていた

 リディアと私が渾名あだなした少年はそっぽを向いて私の要求をスルーすると、再び視線を此方に戻して口を開いた。

「―――困ってる様だけど」

「・・・ええ。困っているわ」

 私は思考を引き戻されて、半分投げ遣りになって言った。

「―――父がね、キャラバンが何か行動を起すって言っているのよ」

「父?」

 リディアが訊き返す。・・・・・・ヤバいわ。マリには居ない事の方が多いのに、この少年は何でも事情を知っているのだと錯覚してしまう。父とリディアには、明らかに接点が無いハズなのに

「―――あぁ“王”ね」

 ・・・・・・知っていた。

「キャラバンに対する扱いがひどいの」

「そりゃそうでしょ。だってこの地域の人達から見たら“余所者”じゃん」

 私とは明らかに違う色の髪をヒジャブの間から風に揺らしてリディアは言った。自民族の事なのに、父の方にあっさり同意してしまう。

 ・・・ねぇ、どうしてそんなに簡単に、割り切る事が出来るの

「・・・・・・今迄は“余所者”同士でも、うまくいっていたのに」

「―――アンタは“何”が欲しいの?」

 リディアが面倒そうに言う。彼も父と同じだった。口先で相手の心を操り、彼が述べた事以外の思考を出来なくしてしまう。

 何かが欲しいのでは無くて“失いたくない”のが真実だったのだと自分自身で気がつく迄に、可也かなりの時間が掛ってしまった。

 ―――其ともあの時「あなたが欲しい」と言っていれば、あなたはどんな反応をしたのかしら?

「―――キャラバン《あなたたち》)を、敵に回したくないの」

 私は自分で言っていて、らしくも無く湿っぽい気持ちになってしまった。だってそうでしょう?私は頭が余り良くないけれど、父がキャラバンに関して良くない予言をしたという事は、民衆はキャラバンの良くない素行に注目するという事位は解るわ。しかも其は、私が預言した事になっているから、確実にキャラバンは良くない事をする事になるもの。

 ―――其が、父の仕組んだ罠だから

「・・・・・・」

 リディアは暫く黙っていたけれど、私の気持ちを察せたかどうかは判らない。何せ彼は、父の考えが理解できる人間だから

 私にとって父も彼も、為体えたいの知れないとても掴めぬ妖しい存在に違いは無かった

「―――キャラバンは敵に回らないよ」

 慰めの積りなのか、リディアは私の言った事を反復する様に言い換えて返した。其とも、語彙の多い彼でも返答に困ったのだろうか

「――は?そんな訳無いでしょう」

「回らないよ」

 リディアは何故か、頑なにそう言った

「・・・・・・だから、好きに遣ればいいじゃん」

 私はそう言って他所を向くリディアに逆に不安になった。私は彼やキャラバンの事を殆ど知らない。訊いても教えて貰えないからだが。

「・・・・・・何故?」

 何故そこまで断定して言えるのかが私には解らなかった。其に、其は私の求めている質問の答えとは若干違う。・・・・・・リディア、あなたは一体、何処へ向かおうとしているの?

「・・・・・・あのヒト達、自虐的なの」

 彼はまた謎の言葉を遺して、この場から去った。

 傍目から見れば私達は深い繋がりがあった様にも思えるけれど、精神的に心を通わせた事はまず無かった。私がこう心に訴えた時でさえ、ドライな一線を越える事は無かった。


 やがてリディアは完全に心をとざす様になってしまう。其はキャラバンの終りが訪れる影がにじり寄る合図と同時に父の予言の効力が強力に効き始めた証でもあった。キャラバンは既にもう、行動を起していたのである。




 ―――そう、私が今、こう遣ってリディアに相談している時にキャラバンは、行動を起していた




 はぁ・・・っ,はぁっ,はぁ―――っ


 真暗なマリ郊外を、闇に包まれた黒いベールが奔る。影の為に貌が視えない。もう一方も見た目似た様な風貌で奔っているが、そのベールとは叉別である事は明らかだった。

「!」

 その両の人物が接触する。どちらかがどちらかに捕まったとも謂ってよい。ぶつかった末に黒いベールが引っ掛って剥され、眼元まで被っていた素顔が露呈された。

 ―――闇夜に溶けてしまう程の、色素の薄い髪―――

 滅多に見ない、男の姿だ

「あぁたは―――!!」




 何やら外が騒がしい。私は横になっていたが、起き上がって外へ出た。全く、父はこういった時でさえ外へ出ようとしない。

「ディア姉。何処行くの?」

 只ならぬ気配を感じ取ったのか、ファサードも起きていてついて行くと言い出した。カニャラも連れて3人で見に行く。

 何処で何が起ったのかは、探す間も無く一目瞭然であった。出てすぐの所に人だかりがあり、特に壮年の女性達が親身になって同年齢の女性の話を聴いている。

(こんな明け方に何が―――?)

 マリの女性達の朝は早い。陽の短い秋にもなれば、夜が明ける前に働く事もある勤勉さだが、故に彼女等以外に起きている者は居ない。移動民族であるキャラバンでさえ、陽が昇ってから行動を始めるのだ。

 ・・・併し、この日は少しずつ、何もかもが様相が違う様だった。

「ディアラ王女。其に、ファサードにカニャラも」

「王女はやめて―――シセ姉さん。どうしたんですか」

「いえ――よく情況が呑み込めないのだけれど・・・或る世代の女性ひとだけやけに騒いでいて」

 私達若者にとっては生れてもいない昔の御伽噺、母の代でも其は同じで、全く以て馴染みが無くて他人事だった。

 其より上の世代でも、忘れ去られた物語として心の奥底に封印されていた。

 併し偶々、彼等とマリの女性がぶつかってしまった事に闡明せんめいとなってしまったのだ。

「・・・見たのよ、私―――・・・」

 騒ぎの中心となっている母より少し年上位の女性が、真剣な面持ちで口を開く。之が本当の事ならば、非常に重大な問題だ

 ・・・いえ、若者にとっては其程無いかも知れないけれど、当時の人々を考えると国際問題にも発展し兼ねない



 ―――この証言が真実なら、確かにキャラバンは“順わぬ民”だ

 いえ“相容れぬ民”よ



 ―――恐らく、予言は之が最初で最後。キャラバンは行動を起してる。そして歯車はもう止らない。キャラバン自身が身を亡ぼす迄

「ディア姉!?」

「ディアラ!?」

 私は騒ぎの結末を見届ける事無くこの場を去った。リディアに確認しなければ。リディアに逢いたい。好意なのか、其とも過度に信頼しているのか己の情態が段々掴めなくなってくるが、その一心で私はこの夜明けの街をはしった。今想えば、皆が眠っているにも拘らず、である。

「リディア―――!」

「なに」

「!」

 近所迷惑極りないが―――起きていた。背後の、軒下で日避けとして使えるが崩れそうな壁の下から彼は歩いて出て来た。眠っていた様子も無い。完璧に覚醒しているが―――只少し、疲れている様に見えた。服も所々、砂がついたりして汚れている。

「・・・どうしたの?其」

「―――何か用?」

 リディアは私の質問を意に介しない様に尋ねた。

「・・・早いね、朝」

「・・・ええ・・・・・・」

 あれだけ確認しようと思って捜していたのに、実際にリディアの姿を見ると、急に信じられなくなる。屹度、彼の態度の問題だろう。自分の事となると何も言わずに隠してしまうそのくせが、神秘と共に彼自身に対する不審感も私の中で生んでいた。

「・・・リディア、訊きたい事があるの―――」

 私は毅然とした態度を努めた。リディアを逃さない様にする為だ。私はあなたの御蔭おかげで、行き倒れずに今を生きている。でもね


 民衆みんなの御蔭で、私は今でも斃れずに済むの


 ―――私にもあなたにも関係は無いけれど、歴史的に誠意ある対応を


「キャラバン(あなたたち)が、マリの女性(わたしたち)を襲った海賊の一族って、本当―――?」

 ―――この情報はまだ彼の耳に入っていなかったのかも知れない。ベールの奥で混血の眼が揺らいだのを、私は初めてこの眼で捉えた。

「・・・あぁ―――・・・そうだよ」

 ・・・リディアは何て事の無い様に答えた。

「・・・だから言ったじゃん、キャラバンを好きな様に扱っていいって」

 私には理解の出来ない内容だった。併し、父以上に大人の精神を持った、私より年下のこの少年は、噛み砕いて話してはくれない。

 知識も気づきも足りない私は、海が既に干上がっていただけで海賊は数百年も前に消滅したものと思っていて、その後訪れる様になったキャラバンを海賊と結びつける事もしなかった。彼ならば、マリの女性達が噤む歴史の真実を知っているだろう。海賊時代のキャラバンがマリの娘達に何をしたのか問うたけれど、リディアがその堅く鎖した口を開く事は無かった。

「―――あなたが、こうなる様に仕組んだの?」

 という質問に関しては

「―――俺、一介の子供だよ」

 と、抑揚を抑える声で釘を差した上で

「―――あのヒト達、ずっと罪悪感持って生きてたからね」

 と、また謎の言葉を遺した。其でも海の水嵩が突如として減った数十年前、その日からキャラバンの自虐史観が始った事は想像できる。だからリディアは“あのヒト達”を自虐的だとったのだ

「・・・・・でも、だから・・って―――・・・」

 私は、途轍もなく賢い子供の遣らかした壮大な悪戯に頭を抱えた。けれども、彼が実際に遣った事といえば―――私を助けてくれた。唯、其だけなのだ。

 後は父が、清も濁をも併せ呑んで、独自にマリを発展させた。そう、リディアの足跡を追って。

「―――父とは、関係無いんでしょうね」

「――――・・・」

 リディアは再び口を鎖す。

「―――あるのね」

 私は溜息を吐いた。・・・全く。何て小賢しい子供だ。信用して、その上頼もしく思っていた私が莫迦ばかみたい。

 ―――でも―――・・・何度も言うが、私は何ら被害を受けてはいないのだ。その根本的な部分を、ついつい忘れてしまいそうになる。之でも只の生意気な子供にだいぶ格が下がったが――――真実ほんとうのリディアは、素直でもっと子供らしかったのかも知れない

 もっと私が観察すべきだったのである

「―――之で、キャラバンをもう敵に回したくないなんて思わないでしょ」

 リディアは踵を返した。声が低く湿り気を感じた。ベールで口許を隠している。背を向ける直前に少し顔色が蒼い様に視えたけれど、昏い空と黒のベールに肌の色が影響されているものだと思った。

「!ちょっと」

「俺もキャラバンだよ」

 私が引き止めるが、リディアは確かな声と確かな足取りで、壊れた壁の奥へと歩いてった。キャラバンの住居があるかも知れない為、之以上追う事は出来なかった。

「―――次の予言『キャラバンはもう居なくなる』って言っとけば?・・・・・・確実に中るよ」

 リディアの背中が夜明前の薄い影に消える。そうして最終的に名乗ったキャラバンとは、逢うのが之で最後になった。

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