私は誰なのか。不確かな命の所在を、生の手触りを。私はまだ探している。

 なん……だと……。ペンギンだったはずの私が人間になるなんて……。まさか、前世は人間だったのか……? 自然に洋服を着ている動作に一切の疑念を持たなかったのはそれを裏付けることになるのでは……? ネクタイ……これは相当に窮屈だぞ……。
 唯一といっても良い共通点は、足が二本なことくらいか。まるで、海に飛び込んで魚を獲るかの如く自然な動作で、会社までやってくるなんて……ここまで来ると、実は逆だったんじゃないか? 私は人間だったのに、今まで自身をペンギンだと思い込んでいたのではないか? そんな自身に対する自信のようなものすら感じられ、何なら「自身に対する自信」とかまったく面白くもない文章を駄洒落のように感じている私は、やはり人間なのかも知れない……。否、私はペンギンだ!
 周りの人間に自分がペンギンだったことを尋ねなければいけないほどに混乱するとは……しかし、これは気の持ちようが大事だ。私はペンギンだ、と自己暗示でもかけるかのように、魚ばかりを選り好みして食べるのも私がペンギンたる所以であり、アイデンティティだからだ。いくら周りから白い目で見られようとも。私の自慢のモフモフの毛で覆われたお腹の白さの前には、そんな奇異の目など霞んでしまうのだ。(こうでも思っていなければ自我が崩壊しそうである)
 いやでも……やっぱり、私はペンギンじゃなかったのか……? という疑問が不意に首をもたげてくる。……いや、ペンギンに首という部分が存在するか否かという議論はここではひとまず脇に避けておいてほしい。さすがにあの日々の思い出を嘘だったということにはなるまい。人生ならぬ、ペン生とでも言おうか。あの日々は今でも鮮明に思い出せるのだ。
 同僚に連れられやってきた、夜の街。嬢にひとしきり説明すれば、この場をつるりと抜けられるに違いない。ほら見ろ、お前も会社の人間と一緒じゃない……か?
 なん……だと……。嬢もペンギンだった……?
 そして、始まる共同生活。「ここはペット禁止なんですがね」だと。そう言うのならこの部屋を見渡してみろ! どこにペットがいるというのか! 私と彼女しかいない。どこからどう見ても人間のカップルにしか見えないはずだ。ペンギンを自称する我々にとっては自分たちをペット呼ばわりされたような気もして、憤慨したくもなるものの彼女との生活を思えば、溜飲も下がろうというもの。……しかし、ここまで書いておいての皮肉(であり自虐)だけれど、ペンギンであることを自称する割に、ここまでつらつらと人間の言葉で文字を綴っているというのは……なんとも痛し痒しとというか。まぁ、細かいことを気にしてはいけない。
 ラブストーリーは突然に という名曲があるらしい。とても素敵な歌だという。だからこそ、別れは突然に なんてことは書きたくなかった。ずっと一緒に過ごせるのが当たり前だと思っていたから。
 デート先で彼女と一緒に見たかつての自分の姿。……なぜだ。他人は自分を映す鏡のそのままの言葉通り、あの他人は「自分」だ。かつての自分だ。なのになぜ、乖離していく感覚があるのか。頭の中で思考がぐちゃぐちゃに溶け合って混ざり合って、分からなくなっている。人間でペンギンでペンギンが人間なわけがあるのかないのか……。
 現実に引き戻されて、衝突した衝撃で意識が再び飛んでいく。いや、ペンギンは元々飛べる生き物ではないというのに……でも、今なら。そんな矛盾すら受け入れられそうだ。
 霊安室で横たわる私の横で、卵を産み落とした彼女。生を全うした者を静かに横たえるその場所で、生を産み落とす。輪廻転生、今回、私の身に起きた出来事は「輪」っかのように、「廻」るように、「転」がるように波乱を巻き起こし、こうして「生」み落とされたのかもしれない。あるいは、私が生を終えることによって、「波」の「乱」れが落ち着いたとも言えるのか。どちらにせよ、そろそろ筆を置く頃だ。