望郷〜秋〜
タカナシ トーヤ
あなたへ
紅葉が見たくて片道切符を買った。
のどかな田園風景の中、一両編成の列車がガタゴトと揺れながらゆっくりと走る。
窓から見えては消えていくその懐かしい風景は、日常の喧騒とはほど遠く、私の心に癒しと安らぎをもたらしてくれる。
終着。
山の麓の無人駅に降りたった。
小さな改札をくぐると、あたり一面に紅葉が広がった。
大きく深呼吸をすると、新鮮な空気と木々の香りで身体が満たされる。
駅前から山へと続く並木道は、色とりどりの色彩につつまれ、落ちた葉がカサカサと柔らかく私の足元を覆う。
芽が出て
明るい新緑となり
木々は青春を謳歌するかのように
季節を彩る鮮やかな色となる。
そして次第に色褪せ、枯れ落ちていく。
まるで人生みたいだ。
葉の落ちた
曲がり角の少し広くなった歩道で、カバンから一眼レフを取り出し、三脚を立てた。
並木道をひととおり撮ったあと、望遠レンズに切り替えて山の方の景色を撮った。
秋という美しい被写体が、私を魅了する。
緑と赤
黄色と茶
そして空と雲とのコントラスト
散歩していた犬が、私に向かって吠えた。
私がにっこりと笑うと、犬はおとなしくなった。
はるか彼方に、入道雲が見えた。
あの人は、遠くへ行ってしまった。
もう二度と戻らないセピア色の思い出。
思い出すのは、優しい笑顔だけ。
私はあの日からずっと外せないでいる薬指のリングを、そっとなぞった。
一緒によく、紅葉を撮りにいったよね。
最後の日も、そうだったね。
私が止めるのも聞かずに
綺麗な景色に心を奪われたあなたは
どこまでも、どこまでも先へ行って
—いなくなってしまった。
待っていてね、
あなたに見せたい最高の紅葉が撮れたら、
きっと、すぐに、見せに行くから
望郷〜秋〜 タカナシ トーヤ @takanashi108
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