第4話 ラスベガス脱出
マジシャンがローズに別れを告げたのとほぼ同時刻、テンペランスの足元には、死体になった最後のターゲットが横たわっていた。回れ右の形で振り返り、ワルサーを仕舞いながらボソリと呟いた。
「ミッション完了。うちとの業務提携は、やっぱりもう少しそっちがクリーンなマフィアになるまで延期させていただきます。まぁ、永遠に無理だわな。」
捨て台詞を吐きながら、テンペランスは歩き出した。そして、無線で連絡を飛ばした。
「こちらテンペランス。ターゲット全員始末完了。これよりマジシャンとホテルを離脱する。」
「こちらフール。了解。ポイントを片してジャッジメントと合流する。ジャッジメント、指定したビルに迎えに来てくれ。」
「こちらジャッジメント了解。マジシャン、テンペランス、後程ロスで会おう。」
「こちらマジシャン了解。テンペランス、こちらはすでに地下駐車場にて待つ。」
すぐにそれぞれからレスポンスが来た。テンペランスも足早にエレベーターに向かった。途中、何人かがトイレの方向に向かっていった。流石に尿意が限界を迎えた連中が出てきてもおかしくない時間だった。すれ違い終わってから、テンペランスはエレベーターまでダッシュした。エレベーターに着いて、エレベーターが到着して乗り込んだあたりで、奥から悲鳴のような驚きの絶叫のようなものが上がった。だがテンペランスはあまり気にした様子はなく、悠々と地下の駐車場まで下りた。駐車場につくと、マジシャンがすでにフィアットのエンジンをかけて待っていた。
「待ちくたびれたぜ。さっさとずらかろう。」
「あぁ。出てくるときに死体が見つかったみたいだ。すぐに手下どもがやってくるはずだ。それより、ベガス警察が先に来てくれると都合がいいんだけどな…。」
「そうはいかないだろうな。でかい組織なら近くに控えてるだろうし。さっさと出すぜ?。」
「ああ頼む」と、テンペランスが言うと、マジシャンはすぐに車を発進させた。地下駐車場を出てすぐ、近くの道を大型のクルーザー車が猛スピードで通り過ぎた。一瞬だが、運転席と助手席にはジャッジメントとフールが乗っていたのが見えた。後に続くように、マジシャンとテンペランスもフィアットのギアを上げた。しばらく進むと、マジシャンが独り言のように語りかけた。
「音楽かけてもいいか?。」
「もちろん。何が聞きたいんだ?。」
「そうだなぁ…。せっかくのアメリカ、それも仕事終わりだし…しんみりとブルースなんてどうだろう?。」
「ノった。」
そういって、テンペランスが手ごろなCDを手に取って、プレーヤーに挿入した。ほどなくして、ゆっくりとしたブルースのリズムと、男性のボーカルが歌い上げる英語の歌詞が流れてきた。助手席のテンペランスが目を閉じ、少し聞き入ってからゆっくりと口を開いた。若干口元には笑みをたたえている。
「あぁ…。いいねぇ…。今の俺ら、アメリカのアクション映画とかのラストみてぇじゃねか?。」
マジシャンは正面から目を離さずテンペランスに問うた。
「映画のラスト?。どこら辺がだ?。」
「ほら、洋画だと起承転結で結の寸前ぐらいまでドンパチするけど、最後は今みたいなスローな曲流しながらエピローグとかエンドロールに行くじゃねぇか。」
「ハハッ。ちげぇねや。じゃあ今の俺らは画面の端っこで流れてる映像で、真ん中ではデカデカとエンドロールが流れてるってわけか。」
「そうゆうわけ、おまけの後日談ないしサブストーリーでロスの店でバーガー頬張ってる俺らの映像が流されるだろうぜ。」
そういい終えるとテンペランスは笑い、またブルースの音色に耳を傾け始めた。マジシャンもクックと笑い「ほんとにロスでそんなことができたらいいな…。」とつぶやいた。気が付けば、のんびりしたブルースにあてられてアクセルを踏む力も抜けていたのか、ジャッジメントやフールが乗っている車からは幾分か話されていた。しかし、ホテル自体からもそこそこ離れていたため、決して二人もノロノロしていたわけではないらしかった。ふとマジシャンが、ネオン輝く看板の一つに目をかけたようだった。
「なぁテンペランス。」
「んぁ?。なんだ?。」
「腹ぁ減ってねぇか?。」
「あ~言われてみりゃぁ一仕事終わって腹ぁ減ったな。」
「バーガーでも買ってかねぇか?。今から長丁場だしよ。」
「大賛成だ。」
超端的に話がまとまると、マジシャンは近くのドライブスルーのあるバーガーチェーン店に入った。窓口に入ると、顔を出したのは若い女の店員だった。夜中に黒スーツの二人に一瞬疑問の表情を浮かべたものの、すぐにうっすら笑顔をたたえた接客用の顔に戻った。
「いらっしゃいませ!ご注文は何にいたしましょう?。」
マジシャンは、テンペランスと事前に話していた注文内容をすぐに注文した。
「トリプルチーズバーガーのセットを二つ、ポテトはLサイズで飲み物もLサイズのコーラを頼むよ。」
店員は、慣れた手つきでメモを取ると、マジシャンの方を向き直ってまた続けた。
「他には、何かいかがでしょうか?。」
マジシャンは少し考えた様子を見せたが、すぐに柔らかな笑みで答えた。
「そうだなぁ…。実は俺たち、仕事の後で少し疲れているんだ…。何かおすすめの甘いもの二つと、君の笑顔を一ついただけないかな?。」
店員は驚いたようだったが、すぐにマジシャンの言葉に答えた。
「かしこまりました。それでは、こんな感じでよろしいでしょうか?。」
そういうと、店員は満面の可愛らしい笑みをマジシャンに送ってくれた。
「あぁ。とっても癒されたよ。ありがとう。」
そして、店員は続けた。
「どういたしまして。では、甘いものの方は、ストロベリーチョコパイとミルクチョコパイなどいかがでしょう。」
「そいつぁいいねぇ最高だ。じゃあそれを頼むよ。」
マジシャンは、ジェスチャーを交えてリアクションすると、財布を取り出した。店員はその間にマジシャンにメニューの確認を取ってからキッチンにオーダーを通していた。5分もしないうちに、ほのかに暖かい紙袋がマジシャンに渡された。店員が、代金を提示した。頼んだ合計は、50ドルにも満たないぐらいだったのに、マジシャンは200ドルを取り出して店員に渡した。渡された店員は、明らかに驚いたのが見えていた。
「あの、お客様お会計よりかなり多い金額ですが…?。」
「釣りの分は君のチップということにしといてくれると助かる。それじゃあいい夜を。」
店員は、動揺のあまりうまく言葉が出てきていなかったが、マジシャンがフィアットを発信させて窓口を過ぎるギリギリで、「お客様もいい夜を」と聞こえてきた。道路に戻って、テンペランスが紙包みを開きながら口を開いた。
「珍しいな、お前が女の店員が出てきてあそこまで機嫌がいいのは。」
「別に、日ごろから女の店員でも機嫌は悪くねぇよ。」
マジシャンの返答に、テンペランスはまた笑った。そして、包みを開けたバーガーをマジシャンに渡しながらまた言った。
「嘘つけ、昨日のBARで会ったローズって女のせいか?。」
「さぁな。さっきの会場にもいたから今頃大変だろうけどな。」
マジシャンの返事に、テンペランスのポテトを食っていた手が止まった。
「は!?休ませたんじゃなかったのかよ!。もしかしてさっき、最後のターゲットに近づいたときにいた黒髪のスタッフの女か?」
「あぁそうだ。お前があの後、最後の一人を始末してくれたおかげで、ローズにはけがなどはなかったよ。現場にいたとはいえ、巻き込まなくてよかった。」
マジシャンは、バーガーを齧りながら特に表情を動かさず言った。そこにさらに、テンペランスが言葉を重ねた。
「まぁ、警察なりなんなりの事情聴取は受けるかもだけどな。」
「ある程度、FBIか事情知ってるホテルの上の人間が守ってくれるだろ。何の連絡も来なくなったときゃ…。まぁそれまでだろ。」
「後半突き放したような言い方する割には、ずいぶん気にかけてる様子だな。」
マジシャンがあえて冷たい言い方をしていたのは、テンペランスには筒抜けだった。マジシャンのそれは、ローズのことがどうこうというよりも、自分に言い聞かせ自分を納得させるような雰囲気があった。そして、テンペランスがからかうように言った。
「もしかしてお前、ローズってやつに惚れたか?。」
テンペランスのこの問いに、マジシャンは一瞬目を丸くしたが、次には大口を開けて笑い出した。たまらずテンペランスがさらに問いかける。
「なんでそんなに笑うんだよ。そんなにおかしな質問したか?。」
「いやだってよ…。俺が、女に惚れる?。天地がひっくり返りでもしない限りあり得ねぇ最高のジョークじゃねぇか。…女なんてのはロクなもんじゃねぇさ。少なくとも俺にとってはな…。」
「ヘッ。おめぇも大概頑なな野郎だな。」
マジシャンは「まぁそうかもな」といって、大口でバーガーを齧った。そうして、バーガーを食べ終えると、「ポテトくれ」とテンペランスに言った。テンペランスも「はいよ」と言ってポテトの紙箱を渡した。マジシャンは、箱を揺すりながらポテトを口に流し込んだ。カーステレオからは、引き続き、スローテンポなブルースが流れていた。少し考えた様子を見せていたテンペランスが、不意に口を開いた。
「なぁマジシャン、少しの間だけ、ラジオにしてもいいか?。」
「?まぁ別に構わないが。ブルースが気に入らなかったか?。」
「いやぁそんなことはない。むしろ今日みたいな日には最高だ。だが、気になることがあってな。」
テンペランスが弁明し、ラジオをニュースのチャンネルに合わせた。英語の男の声がすぐに流れてきた。
「「臨時ニュースです。ホテル・ベガスドリームのパーティー会場で、マフィア組織の幹部の男一名が殺害される事件が発生しました。警察やパーティー参加者の話では、トイレ前で銃弾を複数発、頭や胸に打ち込まれており、即死だったものとされています。なお、警察は対立組織のものによる犯行と考えており捜査を進めています。現在、当ホテルでそれ以外のケガ人や死人は報告されていません。」」
ひとしきり、ニュースを聞き終わるとテンペランスが設定をカーステレオに戻しながらマジシャンに言った。
「上手いこと、ほかのホトケさんは処理してくれたみたいだな。それに、巻き込まれてケガしたやつもいないようでホッとしたぜ。」
「お前まさか、俺がローズのことを気にかけてると思ってニュースにしやがったな?。」
マジシャンが眉間にしわを寄せながらちらりとテンペランスの方を見た。テンペランスは、笑いながらマジシャンの方を見ながら言った。
「まさか。FBIがちゃんと仕事して、死体処理してくれたか気になっただけだよ。俺も一安心したし、チョコレートパイでものんびり食いながらロスを目指そうぜ?。」
マジシャンは、額に寄せたしわを引かせながら。「それなら、俺にも紙箱剥いでよこしてくれ。」と言った。テンペランスは、紙袋から引き出しながら言った。
「どっちが食いたいんだい?。」
「お前が食わない方でいいよ。」
「なら、ミルクチョコの方貰っていいか?。」
「あぁ。いいぜ。ちょうどストロベリーチョコの方が食べたいと思ってたんだ。」
マジシャンの言葉を受けて、テンペランスはまずストロベリーの方の紙箱を剥いでマジシャンに渡した。マジシャンは「ありがとよ」と短く言って受け取った。そしてすぐさま、ザクリと音を立てて齧った。そして思わず、マジシャンは声を上げた。
「うわ、こりゃうめぇな。」
「まじか、一口貰ってもいいかな?。」
「もちろん。ほらよ。」
マジシャンがパイを差し出すと、ためらいなくテンペランスはザクッと音を立てて豪快にかぶりつき、目を見開いて言った。
「こりゃ確かにうめぇ!。」
「ロスの店にもあったらまた頼むとしよう。ミルクチョコのやつを後で一口くれ。」
「もちろんいいぜ。」
しばらく後、マジシャンはテンペランスが差し出したミルクチョコのパイを齧って、同じように「うめぇ!」とうなった。
二人は、ベガスからロスまでの夜道をゆっくり流れるブルースやジャズの音色に合わせて、気持ちはのんびり、アクセルはベタ踏みでフィアットを走らせた。
マジシャンとテンペランスがロスのアジトにたどり着いたのは、朝日が差し始めて夜の寒さが和らいできたぐらいの時間だった。フールとジャッジメントは一時間ほど早く到着しており、全員分の食べ物・飲み物を用意して待っていた。到着したマジシャンとテンペランスに、まずフールが声をかけた。
「遅かったじゃねぇか。途中でとっ捕まったかと思ったぜ。」
そこにジャッジメントが乗っかりジョークを飛ばした。
「あと一時間遅かったら、完全武装でロスを破壊しながらしらみつぶしに探して迎えに行くとこだったぜ。」
それに対してマジシャンが答えた。
「悪りぃ悪りぃ。音楽聞きながら来てたらうっかり遅くなっちまった。」
そしてそれにさらにテンペランスが続く。
「これより遅くなんなくてよかったぜ。二度とロスで仕事ができなくなるとこだった。」
こう言って、四人は笑った。その間にマジシャンは胸ポケットにしまっていたマルボロの箱とライターを取り出した。それに気づいた三人は、それぞれ示し合わせたわけでもなく、マジシャンから一本ずつ煙草を受け取った。マジシャンが、つけたライターに寄り集まりそれぞれの口に咥えた煙草に火をつけてふかした。そして、一度煙を吐き終わると、マジシャンがまた口を開いた。
「さて、次はこの町での仕事の話をしようか?。」
マジシャンの言葉に、三人は覚悟の宿った顔に笑みを追加し力強く頷いた。
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