第8話 アルセーヌ殲滅作戦実行

 月の冴えた夜のことだった。テンペランスは今回の護衛対象の家主の計らいで、応接室を借りて酒を飲んでいた。一人、革の高そうな一人掛けの椅子に座り、目の前の机にはウイスキーのボトルと愛用のベレッタ2丁が置いてある。手にはロックグラスをもち、グラスの中では普段飲まないような高い酒と大きめな氷が踊っていた。ふと、スマホに連続して3件の通知が来た。それぞれが持ち場について異常なしという報告だった。テンペランス自体も、この連絡は先ほど済ませていた。件の窃盗団「アルセーヌ」が盗みを行うのは明日の夜の予定だ。過去のデータや周期、準備期間を加味しても、テンペランスの読みに隙は無かった。ほかの三人も、今はゆっくり酒でも飲んでゆっくりしているころだろう。そう一人考えて、またウイスキーを口に含んだ。程よく酔いが回り、ご機嫌で応接室のテレビを見ていると、応接室の扉を誰かが控えめに叩いた。テンペランスは黒のベレッタを手に取り「誰だ」と鋭くドアの方に声をかけた。少しためらうような間があった後、外からまだ年若い女の声がした。

 「メイドのバイオレットです。Sar、入ってもよろしいでしょうか?。」

 「あぁ。どうぞ。」

 テンペランスはおずおずと入ってきたメイドに敵意がないことを確認すると、ベレッタを机の上に戻した。

 「で、何の用かな?。お嬢ちゃん。」

 「はい、旦那様からしばらくテンペランス様のお世話をするように仰せつかりました。今夜より、テンペランス様のお傍に控えておくようにとのことです。」

 「気持ちは嬉しいしありがたいが、俺らは今日からしばらく昼夜逆転生活だ。お嬢ちゃんにはキツイと思うぜ?。」

 テンペランスの言葉に、バイオレットは少し頬を膨らませた様子だった。

 「まぁ心外です!私はこう見えてももう16歳、家中でも、トップクラスにデキるメイドですよ?。」

 「おっと、そいつは失礼、ミス・バイオレット。だがなぁ…16ってと俺らからしたらまだ子供だからなぁ…それに、危ない目には極力合わせたくないし…。」

 テンペランスが迷っているうちに、いつの間にかバイオレットは机の上のベレッタに近づいていた。

 「でも、危ない目にあいそうになったら、テンペランス様がこの銃で守ってくださるのでしょう?。」

 「あんまり触るなよ?。暴発する可能性だってあんだから。まぁそうだな。そのためにここに来たわけだしな。」

 答えてから、テンペランスはまたウイスキーを口に運んだ。バイオレットは、しばらくテンペランスのベレッタをじっと眺めていたが、やがて再度口を開いた。

 「テンペランス様?。この銃は何というのですか?。」

 「イタリアのベレッタM92Fのシルバーとブラックさ、民間にもよく流れてる9ミリ弾の拳銃だよ。」

 「今までこの銃で今回の強盗みたいな悪党を何人消してきたのですか?。」

 「さぁね?。この世界を汚すゴミどもの数なんていちいち覚えちゃいないよ。仕事するにも、別にその銃しか使わないってわけでもないしな。」

 バイオレットは、年ごろの女の子らしく、おしゃべりが好きなようだった。続けざまにテンペランスに質問を投げかけた。

 「他にはどんな銃を?。」

 「そうさねぇ…ワルサーPPKとか…今回はM700も用意したね、他にもVZスコーピオン、M4…、とはいっても、一番仕事に使うのはそこにあるベレッタだね。」

 「ベレッタ…?がお好きなのですか?。」

 「好きだねぇ…。反動や握りが手になじむ…。女と同じかもしれないね。相性ってやつさ。ただ、女と違うのは俺のことをそいつ(ベレッタ)は絶対に裏切らないってことだね。」

 テンペランスの答えに対して、それまで快活に質問を続けていたバイオレットが突然黙った。そして、疑問符を浮かべるテンペランスをよそに、しばらくの沈黙の後バイオレットはシルバーのベレッタをつまみ上げながら口を開いた。

 「私がもしテンペランス様のモノだったら、私だってこのベレッタと同じように、あなた様を裏切ったりしませんよ?。」

 テンペランスは、はじめ驚いた顔をしていたが、数秒後声を上げて笑い出した。バイオレットは、顔を赤くしながらさらに言う。

 「ど、どうしてそんなに笑うのですか!?。洒落や冗談ではないのですよ?。私は本気です!お仕事として付いたのは今日からですが、あなた様がお許しくださるなら私どこまでもついて行きます!。」

 全く世の中とはどうなっているのだろうかとテンペランスは思わずにはいられなかった。ロマンスのメンバーとして生きていると、どういうわけかやたらと言い寄ってくる人間が多い。仕事関係だけではない、堅気の女にもモテるときはモテるものだった。ここ最近で言ったら、マジシャンが良い例だった。ミステリアスな雰囲気がそうさせるのか、孤独を背負った男たちの姿がセクシーに見えるのだろうか。真相はテンペランスたち本人にもよくわからなかった。

 「あいにく、俺らは基本的に女はそばに置かない主義なんだ。そういうセリフは、あと何年か後に現れるだろうイケメンのためにとっときな。」

 そういうとテンペランスは、またウイスキーを口に含んだ。バイオレットは、それ以上テンペランスの言葉に突っ込みはしなかったが、薄紅色の頬を愛らしく膨らませながらテンペランスの近くに控えるのだった。しばらく後に、テンペランスが「さすがに立ちっぱなしじゃ体力が持たねぇぞ?座れよ。」というと、やっと「では、失礼いたします。」と言ってテンペランスの向かいの椅子に座った。

 しばらくバイオレットは酒をゆっくりとあおるテンペランスをただ眺めていたが、いつの間にやらバイオレットは自分用に紅茶を入れ、テンペランスと自分のために菓子を用意した。そして、時々空いたテンペランスのグラスにウイスキーを注ぐようになっていた。テンペランスはというと、特に拒む様子もなくむしろ上機嫌な様子で注がれた酒を飲んだ。口角は緩んでいたが、顔が赤くなったり眠くなった様子はなく酔ってはいるもののまだ冷静な判断力は残っているようだった。テンペランスが何杯目かのウイスキーを飲み干すと、おもむろにまたバイオレットが口を開いた。

 「ねぇテンペランス様?。私にも銃の打ち方を教えてくださいませんか?。」

 「…こいつは人殺しの道具だぜ?。あくまで使い手に寄るけどな…。」

 テンペランスはベレッタをつつきながら言った。その光景を見ながらバイオレットは続けた。

 「人殺しにするのは使う人次第なのでしょう?。なら私は殺さずに無力化できるぐらいの腕前になりたいです。このお屋敷の皆さんを守るために。」

 バイオレットの答えにテンペランスは声を出して笑いながら上機嫌で答えた。

 「ハッハッハッ!殺さずに無力化か!面白れぇがそいつは殺すより難しいぞ?。」

 「だからテンペランス様に教えていただきたいのですわ。お昼ごろの旦那様との会話で、テンペランス様が拳銃の名手ということはわかりました。だからテンペランス様なら生かす撃ち方も殺す撃ち方もご存じでしょう?。」

 「買いかぶりすぎだと思うがねぇ…。まぁいいだろう。確かこの家はシューティングレンジがあったな?。」

 そういうとテンペランスはふらりと立ち上がった。酒が進み、いささか足元がふらついてはいたが、表情は思考は冷静なように見えた。テンペランスに続き、バイオレットも立ち上がりながら答えた。

 「地下にございますわ。ご案内いたします。」

 バイオレットが扉に向かって歩きだした。テンペランスは、愛銃の2丁のベレッタを拾い上げてから彼女に続いた。

 地下のシューティングレンジについてからバイオレットが電気をつけると、6レーンに分けられたレンジが現れた。25メートルから50メートルまで5メートル刻みで、人型のターゲットがおかれていた。銃を撃つ位置の前には木製の仕切り兼机が備え付けられており、壁の一角には数種の拳銃と、弾の入った箱がおかれていた。テンペランスはその拳銃と弾がおかれている場所に近づき、種類を確認した。

 「ベレッタM9、コルト1911A1、S&WM36、スタームルガーMK1、それにコルトシングルアクションアーミーのシビリアンモデルか…。オタクのご主人はずいぶんと銃がお好きと見える。」

 「ほぼお飾りです。たまに取り出して試し撃ちをなさっても10発撃って5発当たればよいほうです。」

 テンペランスは「下手の横好きってやつか」とつぶやいて笑った。そして、飾ってあったベレッタM9を手に取りながら「借りるぜ」と言った。マガジンに弾を込めて、50メートルのレンジに立った。そして一気に1マガジン分を連射した。弾はすべて、的の違う位置に着弾した。

 「うん…。まぁ狙いどおりかな。これなら俺の銃と同じ感覚で教えられそうだ。」

 スライドストップがかかったままのベレッタからマガジンを抜き、スライドとハンマーを戻した。バイオレットはテンペランスが突然発砲するのに驚き耳を塞いでいたが、撃ち終わると少し怒った様子で耳から手を離した。

 「もう!撃つなら撃つと一言言ってくださいな!。」

 「悪い悪い。とりあえず、この銃なら俺も教えられると思う。」

 そういいながら、テンペランスはバイオレットにベレッタとマガジン一式を渡した。バイオレットは銃を受け取ると、テンペランスに促され25メートルのレンジに立った。そして、テンペランスによる指導が始まった。

 「まずはマガジンをグリップ下の穴にはめ込みな。ゆっくりだ、激しくやるとチャンバーにストレスがかかる。素人の場合、けがの可能性も十分あるからな。」

 バイオレットは静かに頷きながらマガジンを挿入した。

 「次はスライドの後ろ側を引っ張って初弾をチャンバーに送るんだ。引き終わってスライドが戻ったら、今度は半分だけ引いて、チャンバーにちゃんと弾が送られているか確認する。チャンバーチェックってやつだ。」

 バイオレットは、またもや頷き、ゆっくりとコッキングとチャンバーチェックを行った。チャンバーチェックをした後は、テンペランスに「ちゃんと送られていますわ。」と報告した。

 「よし、いよいよ的を狙うぞ?。まずは正確に体の中心を狙うんだ。基本的にシャツのボタンを狙えばズレは5センチだが、シャツ全体を的にしちまったら最悪50はズレる。それだと肝心な時に当たらなかったり、まったく狙う気のなかったところを撃ち抜いちまうことがある。」

 テンペランスの言うことにバイオレットは「なるほど。」と言って頷いた。そしてテンペランスは、おもむろにバイオレットが握っている銃のセーフティをいじってデコッキング機能を使ってハンマーを下ろした。

 「この拳銃はデコッキング機能って言って起こしたハンマーを下ろす機能がついてる。暴発の危険性が抑えられてるわけさ。携帯するときはこの機能を使うんだ。」

 バイオレットは目をキラキラとさせながらテンペランスの話に聞き入っていた。テンペランスはというと、もう一度セーフティを操作し、安全装置を外した。

 「んじゃ。構えな。」

 テンペランスの言葉を受けて、バイオレットは右手でグリップを握り、左手を添えた。

 「うん、基本の構えはよくできてるな。あとは利き目を視点に、ドットを覗きな。この銃は3ドットタイプだから、手前二つの白い点の真ん中に奥の点が来たら、銃がまっすぐになってるってこった。言い方を変えれば、奥の点がズレていたらズレているところに当たるってわけだ。」

 バイオレットはテンペランスの言葉を受けて、左目を閉じて、右目でエイムを合わせた。

 「慣れてくると、両目を開けて狙うんだ。今はいいが、片目を閉じると、遠近感が曖昧になったり、視野が狭まって死角ができちまう。それとその銃はダブルアクション式だ。引き金を引くだけで勝手にハンマーが起きて弾が出る。」

 バイオレットは小さくうなずいて、閉じていた左目を開けた。そしてそのままテンペランスの合図を待っていた。

 「よし、じゃあ撃ってみな。」

 バイオレットがゆっくりと引き金を引いた。ドンッと音が鳴り素早くスライドが下がり空薬莢がカンと音を立てて床に転がった。レンジの先にある人型の的には、おおよそ心臓のあたりに弾が当たった跡がつき、かすかに揺れていた。

 「おぉ…。初っ端で当てたか、大したもんだ。よし、そのまま1マガジン分撃っちまいな。」

 テンペランスの言葉を受けてバイオレットはベレッタを連続で撃った。全弾撃ち、スライドストップがかかると、ベレッタを机の上に置いた。弾の当たった的はしばらく揺れていた。撃ち終わったバイオレットの手は少しだけ震えているようだった。

 「全弾命中だな。まだバラつきがあるが…。初めて銃を撃ってこれならすごいもんだ。おそらくブレてるのは、反動でズレた分を修正しきってないうちに撃ったのと、シンプルに焦ったな。だが、ほんとに大したもんだ。」

 テンペランスは的の方を見ながら言った。バイオレットはテンペランスの方を見て、また目をキラキラとさせて、笑顔を浮かべた。

 「本当ですか!。」

 「あぁ…いいセンスだ。」

 テンペランスにこう言われ、バイオレットはまた嬉しそうに笑った。スミレの花を思わせるような、控えめだが品のある笑顔だった。

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Team ROMANCE 刀丸一之進 @katana913

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