第7話 アルセーヌ殲滅作戦始動

 日がすっかりと空の真ん中に登り切りかけたころ、マジシャンはスマホの着信音で目が覚めた。見渡せば、隣には生まれたままの姿で小さく寝息を立てるマリーがいた。そして机の上に昨日飲んだ酒の空き缶と半分ほど中身が使われた避妊具の箱、スナック類の中に埋もれるように自分のスマホがあった。起き上がってスマホを手に取る。発信者の欄には「テンペランス」と表示されていた。スワイプして電話に出る。

 「もしもし。」

 『よぉ色男、ずいぶん長ぇ散歩じゃねぇか?。メッセージでビーチに行ったってのは見たが…。まさかビーチで好みのロサンゼルスギャルでもとっ捕まえたか?。』

 「そのまさかだ。長くアジトを開けて悪かったな。もうすぐしたらそっちに戻るよ。」

 マジシャンがこう言うと、電話のむこうでゴンと鈍い音がした。おそらくテンペランスがスマホを落としたのだろう。すぐ拾い上げたらしき音がして血相変えたテンペランスの声が聞こえてきたが、パニックになっていたのかほとんどなにを言っているのかわからなかった。仕方がないので「とにかく帰ったら質問には答える。」と言うと、やっとテンペランスは落ち着いたらしく、いったん電話を切ることとなった。電話を切ったあたりで、ちょうどマリーが目を覚ました。寝ぼけ眼をこすってマジシャンを見つけると、マリーゴールドを思わせる明るく可愛らしい笑みを浮かべた。

 「おはよう。マジシャン。」

 「あぁ。すまないね。電話がうるさかったろ?。」

 「ううん。大丈夫。そろそろ起きる時間だったから。電話の相手は…?。」

 「仲間さ。もうじき宿に戻らないとならねぇ…。」

 「そう…。朝ごはん食べてく時間ぐらいはあるかしら?。よければ何か作るわ。」

 「そうだな…。じゃあお言葉に甘えるとしようかな。」

 マジシャンがこう答えると、マリーはまた顔を明るくしキッチンの方へと服を着直してから入っていった。マジシャンはスマホを開いて今後の作戦について確認を始めた。明日は件の窃盗団が行動を起こすはずの日である。なので今日のうちから、テンペランスが練った作戦の再確認や物品、銃の確認、各予想ターゲットの建物を下見する手はずとなっていた。予定よりかは、確かに起きるのは遅くなっていたが、特に支障はない時間帯ではあった。ある程度確認すると、スマホを閉じていつものスーツ姿に着替え始めた。

 しばらくすると、マリーがトレーに湯気立った皿をいくつか乗せて戻ってきた。今朝がたまで体を重ねた相手を改めて視界にいれ、マジシャンは思わず昨夜のことを思い出した。マリーが机に置いたトレーには、ベーコンエッグやスープ、そしてバターとジャムが添えられたトーストなど、が二人分置かれていた。

 「アレルギーや嫌いなものはなかったかしら?。」

 「何もないよ。むしろ好物ばかりだ。ありがとう。」

 二人して机の前に座ると、食事をとり始めようとした。マジシャンは、食材に手を合わせいつも当たり前にしていた言葉を言った。

 「いただきます。」

 この言葉は、マリーの好奇心を煽ったようだった。すぐマジシャンの方をちらりと見て、青い瞳でマジシャンを見つめながら問いかけた。

 「マジシャン。今の何…?イタダキマス?っていうやつ。」

 「んぁ?あぁ日本流の食い物への感謝を示す言葉さ。俺の体の一部になってくれて、俺の命をつなぐ一部になってくれてありがとう。って食材や、それを作るのにかかわった者に感謝と敬意を示すんだ。」

 「日本人ってすごく礼儀正しいのね…。いつか日本に行ってみたいものだわ。」

 「ちなみに、食い終わりにはご馳走様でしたっていうんだぜ。」

 マリーはマジシャンが解説した日本文化に終始感動した様子だった。言い終わってから、マジシャンはマリーが用意してくれた一口、口に含んでから「こりゃうめぇ!。」といった。マリーは満足そうに笑っていた。食事を終えて、諸々の持ち物をスーツにしまっていると、マリーがまた口を開く。

 「ねぇマジシャン、良かったら煙草を吸うところを見せてくれないかしら?。」

 「あいにく、副流煙吸わせたくないんで却下だ。」

 「じゃああなたの煙草を一本いただけない…?。」

 「どうして?。」

 「実は特に理由はないの。もう少しだけ、あなたをここにとどめたいだけ。」

 「…あんたにゃさすがにやれない。あと、一本だけだ。ベランダと空き缶を一本借りる。」

 そういうと、マジシャンはベランダに出て戸を閉めようとしたが、マリーもついてきた。わざわざ煙の当たる場所で見たいらしい。

 「煙被るぜ?。」

 「いいの。ここがいい。」

 マジシャンが、いつものようにマルボロを箱から取り出し、ライターで火をつけた。軽く口の中に煙を含んでからフーッと吐き出した。それを横から見ていたマリーがまた話しかけてきた。

 「ねぇマジシャン。またいつか会えないかしら…?。」

 「そうさねぇ…。俺がまたロスに来ることがあれば会えるかもしれないなぁ…。」

 「あなたが昨日くれたカードの番号に掛けたらあなたの電話につながるかしら?。」

 「おすすめはしないがね。仕事中以外ならたぶん出るよ。」

 「じゃあ…。」

 ここで言葉を切ると、マリーはマジシャンの頬にまたキスをした。そして少しだけ動揺で瞳が揺れたマジシャンに言葉の続きを投げかけた。

 「またいつか、昨日みたいに私を抱きに来てくれるかしら…?。」

 マジシャンは少しだけ考えるそぶりを見せた。そして、またマルボロに口をつけてから煙を吐き出すと、目線をそらしたまま答えた。

 「それもわからないね。ただ、もし昨日の夜が恋しく思えた時は来ちまうかもしれ

ないね。」

 「可能性があるならよかったわ。あとは、その日を私は祈り続けるだけよ。」

 「できる限り早めに忘れて、いい相手を見つけるこった。」

 こう言って、マジシャンは煙草を吸い切った。火を消して、空き缶に突っ込んだ。そして、それを持ったまま部屋の玄関に向かった。帽子をかぶり直し、ドアノブに手をかけて出ようとすると、またマリーが後ろから声をかけられた。

 「マジシャン、私待ってるわ。今の私にはあなた以外考えられないもの。私は絶対あなたを忘れない…。きっとこれから、あなたは何か危険なところに行くんでしょ?。私は直接できることは何もないけど、またあなたに会えるのを祈っているわ。」

 「そうか…。そこまで言われちゃ俺も何もしないわけにはいかねぇかな…。」

 そういって、マジシャンは先ほどベランダで取り出したマルボロの箱を取り出してマリーに渡した。

 「これは…?。」

 「あんたがさっき欲しがった。俺らが愛煙してる煙草だ。煙草は湿気ると不味くなるんだが、一カ月ぐらいならまぁ何とか吸える。だから、一カ月以内に俺はこの煙草を取りに来る。早けりゃ明日か、もしくはホントに一か月後かもしれない。けど俺は必ず君のもとに姿を現す。無事で仕事をやり切ったって証拠にな。」

 今度こそ、マジシャンは戸を開けて出ていった。ドアが閉まる寸前、ドアノブを掴んだまま、「すまないが、空き缶やスナックのゴミ…任せてもいいかな?。」といった。マリーは頷き、マジシャンはもう一度「すまないね」と言って扉を閉めた。


 マジシャンは、マリーのマンション前に止めてあったフィアットに乗り込むとすぐさまアジトへ急いだ。昼下がりのロスの道路は、渋滞ほどではないがやや混んでいた。

 アジトについてすぐマジシャンを待っていたのは、仲間たちの好奇を含んだ生暖かい目と、ジャッジメントの羽交い絞めだった。

 「おい、何の真似だ。」

 「言わなくてもわかるだろ?。」

 テンペランスが言った。なんとなくマジシャンは察して自分の答えを出した。

 「アジトを長時間開けたことと、連絡を絶っていたこと。あとは、電話での話の内容に対する追求ってとこか?。」

 「大正解だ。まぁアジトを長時間開けたことや連絡立ちしたことについては、俺らはさほどキレちゃいない。お前がその辺のチンピラやギャングなんぞにやられるわけないのは俺らが一番よく知ってるからな。」

 今度はフールが答えた。そして、マジシャンの背後でいまだに彼を押さえつけているジャッジメントが今度は口を開いた。

 「マジシャン、ここ最近どうしたんだ?。今までお前含めみんなで世界中に行った…。中東でも、ロシアでも、中国でも、ヨーロッパでも、そしてアメリカでも、お前は今まで一度も女にはなびかなかった…。そんなお前がここ最近女に対して優しいというか…やたらと拒まなくなったというか…。何か悩みでもあんのか…?。」

 ジャッジメントの声は、一抹の不安を持たせたものだった。フールもテンペランスも、目には好奇のほかに不安や心配の色があった。マジシャンはフッと笑っていった。

 「何のこたぁねぇよ。たまたま酔ってたり、疲れ気味だっただけだ。あと、あぁいう青い目の女は苦手だ。心が読めねぇからな。あの目で真っ直ぐ見られるとなんだか落ち着かねぇのさ。」

 マジシャンの回答に、三人は納得したのか不安の色を消した。ジャッジメントは羽交い絞めを解いて、マジシャンを立たせた。スーツの裾をはたきながらマジシャンはまた言った。

 「とはいえ、アジトを長く開けたのも、連絡しなかったのは問題があった。何か罰を受けてしかるべきだろう。」

 そして、ジャケットとベストを脱いで、ネクタイもほどいた。シャツのボタンも開いて、上半身は下着のみとなった。そして、鳩尾のあたりを右手の人差し指で刺し、トントンとつついて言った。

 「一発ずつここを殴ってくれ。じゃねぇと俺の気がすまねぇ。」

 マジシャンの目を見て、ほか三人は顔を見合わせて頷いた。そして、テンペランスがまず前に出た。拳を固めてマジシャンの鳩尾に突き刺した。マジシャンは一瞬よろけたが膝はつかなかった。続いてフール、ジャッジメントの順でマジシャンの腹に打ち込んだ。三人全員が打ち込み終えると、さすがにマジシャンは膝をついた。

 「ゴフッ…。やっぱり、キクねぇ…。」

 大きく息を吸い込むと、スクッと立ち上がりアジトの真ん中にある机には飲みかけのウイスキーのボトル、グラス、空のペットボトルのほかに、作戦のメモ書きと整備済みの銃が置いてあった。愛銃のS&W M29をとって、シリンダーを開く。隅々まで丁寧に手入れされ、グリースのムラもなかった。「完璧だ」とつぶやいてから机に置かれていた44マグナム弾をシリンダーに装填し右腰につけているホルスターに差した。

 「もう大丈夫なのか?。」

 テンペランスが聞いた。マジシャンは「あぁ」と短く答えた。そこに続くようにフールが口を開いた。

 「それじゃぁ。各々持ち場の場所に行ってみようか。」

 ジャッジメントが、腰にデザートイーグルを腰に差しながら、クルーザー車に歩を進めた。運転席で地図を広げ、ルートを確認していた。

 「テンペランスの今回の割り出しでは、次のターゲットになりうるのは個人の家が三軒で、美術館が一軒だな。さっさと行くとしよう。」

 各々、ハンドガンだけを携帯し、クルーザー車に乗り込んだ。アジトのシャッターを開いて、またロスの道に繰り出した。30分ほど車を走らせると、まず美術館についた。事前にマジシャンがアポを取っていたため、スムーズに館長室に四人は通されて茶を出された。部屋には、恰幅の良く高そうなスーツを着た白髪の男と若い女の秘書がいた。白髪の男の顔には、不安と緊張が見て取れた。四人が入ると、男は進み出て出迎えた。

 「は、初めまして。ロマンスの皆さん、私当館館長のジェイムズです。後ろにいるのは秘書のミス・アビゲイル・ミラーです。」

 ジェイムズはマジシャンと握手しながら後ろの秘書にちらりと視線を送った。アビゲイルと呼ばれた秘書は、小さく会釈をした。

 「電話させてもらった。マジシャンです。単刀直入に、我々の予測では明日ここが話題のコソ泥集団に襲われる可能性が極めて高いことが考えられました。ロサンゼルス警察やFBI等からの依頼により、あなたたちのサポート兼連中の殲滅を担当させていただきます。」

 ジェイムズの握手に力強く応じつつ、マジシャンは堂々と言った。握手を終えると、四人はジェイムズに促されるまま立派な革製のソファーに座った。目の前にあるこれまた立派な長机には湯気を立てるティーカップ6つとポットが置かれていた。

 「さて、ミスター・マジシャン、失礼ながら今回の作戦について話していただけませんでしょうか?。」

 「えぇ。しかし作戦については、私からではなくうちの作戦立案担当のテンペランスが詳しくやってくれます。」

 そういってマジシャンがテンペランスに視線を送った。テンペランスは小さく頷き口を開いた。

 「今回は、囮作戦を採用させていただきます。おそらく、敵さんは貴館で最も持ち出しやすく高価である宝石が使われたアクセサリー類を狙うと予想しています。そして、当然この美術館の規模は普通の家なんかとはわけが違うほど広い。メンバーの中で、特に軽装ゆえに機動力に優れるマジシャンがここに残って見張ります。連中を撤退させつつ、逃げるのに使う乗り物に発信機をつけて、アジトに戻ったところに全員が集合し、アジトごと奴らを吹っ飛ばしてこの件は終了です。予想だと、ほかに3軒、狙われている場所があるため、そこにも我々が一人ずつつく予定です。」

 ジェイムズは、テンペランスの話を一通り聞くと、大きくうなづいて、テンペランスにも握手を求めた。

 「なるほど、一切把握しました。この町を脅かす悪党どもを懲らしめるため、大事な収蔵品を守るため当館は全力であなたたちをバックアップします。」

 「ご協力感謝いたします。それでは我々はこの後も他の3軒を回りますので、いったん失礼いたします。後程私が戻ってまいりますので。」

 マジシャンはこう言って、目の前の紅茶を飲みほした。ほか3人もそれに続き、紅茶を飲み干すと席を立った。

 

 それから4人は、ほかの3軒にも同様の対応と説明を行い協力にこぎつけた。そして、一度用意を整えるためにアジトに戻った。アジトに戻ると、4人は各々必要な武器の確認を始めた。テンペランスが、それぞれの建物の見取り図や宝の情報をもとに適切な銃を割り出し始めた。

 「まずマジシャン担当の美術館は、ガラス張りのところが多い上に、お宝も多い。できる限り威力が高いものやフルオートは使わない方がいい。索敵用に1903を、近接用にはピットバイパーを持っていくといい。」

 マジシャンは頷き、左腰にピットバイパー用のホルスターをつけた。そして、近くにおいてあった大きなトランクケースからスプリングフィールドM1903 ライフルを取り出した。

 「フールも屋上からの索敵を行うだろう。お前の担当屋敷は、3つの家の中じゃ一番広い。SRSに加えて、グロック18とマキシム9をもっていくといい。」

 「おうよ。もとからそのつもりだぜ。」

 フールは、右足にグロックのホルスターをつけ、左腰にマキシム9用のホルスターをつけた。そして、SRSを肩に担いだ。

 「ジャッジメント、お前の担当場所は、建物こそ狭いが庭が広い。多少耕しても問題ねぇそうだから。スパス持ってって、ミンチにした連中を庭の養分にしてやれ。あとは、MPにスコープ乗せれば、お前なら見えるだろ。」

 「OK任せとけ。」

 ジャッジメントも、愛用のスパスを用意すると、MP5にスコープを取り付けた。言い終えると、テンペランスも両腰のベレッタに加えて、M700ライフルを用意した。

 そうして夕方になると、ロマンスのメンバーは各々の持ち場へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る