第6話 マジシャンの弱点

 女たち三人を送り届け終わり、すっかり暗くなったロスの町中をマリーを乗せたマジシャンのフィアットがゆっくり走行していた。マリーは更衣室の時と同じように、マジシャンにぽつりぽつりと話しかけていた。

 「そういえば今日は、どうしてあそこにいたの?。」

 「たまたまさ、昨日少し長距離移動してきたもんでね、心が疲れた時は酒飲んで少し寝てから外を歩くと心がリフレッシュできるんだ。」

 「じゃぁどうして私たちを助けてくれたの?。」

 「目の前で、女が殴られてるの見逃がしたらせっかくの気分が台無しになるからさ。あと、俺はあいつらみたいな軽薄な感じの男はいけ好かねぇ。散歩中に目障りだっただけさ。」

 「けどおかげで、私たちは助かった。もしあのままだったらどうなってたか…。」

 そういってマリーは自らの肩を抱いた。想像するだけで気分が悪いだろう。そんなマリーを横目に、マジシャンは応えた。

 「不安になるぐらいならもしもなんて考えない方がいい。無駄な気疲れを起こすぞ。」

 「そうね…。」

 そういってマリーは少しの間、また口を噤んだ。

 二人の間に沈黙が続くと、マジシャンは車の速度を緩めて、マリーを向いて言った。

 「マリー、ついたぜ。ここでいいのかい?。」

 「えぇ…。ここでいいわ…。ねぇマジシャン…。」

 「?なんだ?。」

 「やっぱりちゃんとお礼をさせてくれないかしら…?。」

 「礼?。あぁ、茶でもおごってくれるつもりか?そんなに気ぃ使わなくても…」

 「違うわ…。」

 「?じゃあなんだ?。」

 マリーは、少しの間だけまた黙った。しかし、ほんの少し後に決意を固めたように震える声音でマジシャンの目を真っ直ぐ見ながら言った。

 「私の…カラダでお礼をさせてくれないかしら…?。」

 「…は?。」

 マジシャンは理解ができなかった。助手席に座る、自分と歳が変わらないぐらいの二回りは体格差があろうかという美女が突然、礼を体で返したいと提案してきたのだ。混乱するマジシャンに、マリーは続ける。

 「だから、助けてくれたお礼を、ちゃんとしたいし…。でも今私にできるのはこのカラダを使うことぐらいしかできないから…。」

 マリーがそれ以上いう前に、マジシャンはマリーの口の前に手を置き塞ぐ形をとった。

 「そんな、理由で自分を安売りするのはやめろ。」

 睨むような目つきでマジシャンは言う。凄味の効いた鋭い目だった。並みのものだったら蛇にらみにあったカエルのようになっていただろう。だが、マリーは震える手で、口をふさぐ手を退けながら続けた。

 「安売りなんかじゃ…ない…。身勝手なお願いでもあるけど…私はあなたに抱かれたい…。今日初めて出会ったあなたになぜか私はときめいてしまっているの。経験なくて上手くできないかもだけど…よかったら私の”お礼”を受け取ってほしい…。」

 終始、マリーの青く美しい瞳はマジシャンの瞳を真っ直ぐに見ていた。相当の勇気を振り絞っていたことは、目ではなく体に現れていた。肩が小刻みに震えている。ただ、瞳の奥の光に揺らぎはなかった。マジシャンはまた「はぁ」と小さくため息をついた。

 「あんたらみたいな青い瞳の連中はどうも苦手だ。どうも目から感情がよめねぇ…。けどまぁ、ここまでレディーに言わせといて断ったら恥かかせちまうよな…。マリー、お言葉に甘えてアンタの”礼”受け取ってもいいか…?。」

 マリーは静かに頷いてマジシャンの腕によりかかった。

 そして数分後、マジシャンは、マリーの部屋に招かれていた。一人暮らしだという彼女の家は、シンプルで小綺麗に整理整頓されていた。特定の住居にとどまることが少ないマジシャンにはどこか新鮮だった。マリーは一足先にシャワーを浴びにバスルームにいた。マジシャンはなんとなく落ち着かず、胸元から名刺のタロットカードを取り出した。ペンを拝借し、英語で何か書き足すとバスルームの扉に挟んで部屋から出た。


—I’ll go get something to alcohol. Please a little bit waiting.(酒を買いに行ってくる。少し待っててくれ。)


 数種類の酒を買って部屋に戻ると、マリーは風呂から上がっていた。手には、先ほどのカードが握られている。

 「おかえりなさい。部屋が落ち着かなかった?。」

 マリーが訪ねる。

 「あぁすまない。一か所にあんまりとどまることのない身分なもんでね。シャワーお借りしても…?。」

 マジシャンが言うと、マリーは手ぶりで「どうぞ?」と促した。あいにく着替え等は持っていなかったので、近くの店で下着だけ変えを買ってきていた。服をすべて脱ぎ、スーツ類は綺麗にたたみ、下着はビニール袋に突っ込んだ。財布・携帯、拳銃や煙草はスーツの下に目立たないように隠しておいた。蛇口をひねると程よい温度のお湯がシャワーヘッドから出てきた。多少寝たとはいえ、疲労が残る体に暖かいお湯が心地よかった。シャワー中、マリーがタオルと着替えを持ってきてくれたようだった。

 シャワーから上がり、下着にマリーが用意してくれた部屋着を着てリビングに戻った。かなり大判のバスローブで、高身長なマジシャンにもちょうど良かった。マリーはマジシャンが買ってきた酒やスナックをテーブルに広げて待っていたが、マジシャンが上がったのに気づくと、立ち上がってマジシャンに近づいてきた。胸に顔をうずめるようにマリーはマジシャンにしなだれかかった。マジシャンは、何も言わずマリーの頭に右手を置いた。

 「表情には出ないけど、緊張はしてるのね…鼓動が少し早い…。」

 「風呂上がりで血の巡りがいいからさ。」

 マジシャンがごまかす。マリーが続ける。

 「どうしてお酒を…?。」

 「なんとなく飲みたくなっただけさ…。不躾で悪いね。」

 「いいの…。その代わり、私も少し貰っていいかしら。」

 マジシャンはもちろん「いいぜ」と返した。二人して横並びになって座った。沈黙にならないように、マリーはテレビをつけた。定番のコメディーショーだったが、ろくに内容は入ってこなかった。そのまま二人は静かに酒を開け始めた。マリーはあまり酒に強くないようで、発泡酒2缶目を半分ほど飲んだあたりで顔が赤くなり始めた。マジシャンは、マリーが赤くなるころには3缶目を飲み終え、4缶目を開けようとしていた。そんなマジシャンにだいぶ出来上がった様子のマリーが重たくなった口を開いた。

 「ねぇマジシャン、私のようなカラダじゃあまり興奮しないかしら…?。」

 「なぜ今更そんなことを聞くんだ?。」

 「私は今日いたほかの娘たちよりスタイルが良くないし、口下手だし…あんまり男の人が好むタイプじゃないかなって…。さっきからアナタはキスの一つだってしないし…。」

 「タバコ臭い口でしたくないだけさ。それに、俺は逆にあんたみたいな小柄な女が昔は好きだった…。」

 「そう…。今はどんな人が好みなの?。」

 「女を好きになるのはやめた。傷つくことをわざわざもう増やしたくなくなったんでな。」

 「何があったの…?。今からどのみち抱くんだし、良ければ教えて?。」

 それからマジシャンはぽつりぽつりと語り始めた。

 「何年か前、俺は同じ日本人の女に恋をした…。アンタに似て、小柄で気立てが良くて可愛らしくて、いい女だった。俺は彼女に心から夢中になった…。命だってくれてやるつもりで愛してた。結果的に付き合うことはできたが、彼女は俺が彼女を思うように俺を愛してはくれなかった…。俺は別にそれでもよかったが、彼女は自分の中でそれがどうしても引っかかっていたらしい。「君がしてくれるように君を愛せる自信がない。愛し続けられる自信がない。」そう言われてフラれたよ。それから今の仕事を始めて、世の中の腐敗した部分をたくさん見た。当然その中には女が関係したものもあった。女だけじゃないが、人間の闇をたくさん見た。それで、いつしかこじれにこじれて女なんてのは自分にとっては感情を揺らす存在でしかない、仕事しか能のない俺には邪魔だと思うようになったよ。今の俺は、女嫌いというか恐怖心に似たものがあるのかもしれねぇな…。」

 マジシャンの告白を、マリーは酔いが回ったとろんとした青い目でマジシャンの目を見つめながら聞いていた。マジシャンがひとしきり話し終わると、マリーは何も言わずマジシャンの頬にキスをした。マジシャンも酔いが回っており、さすがにこれには動揺を隠せなかった。頬を右手で抑え、少しだけ顔が赤くなった。

 「な、何のつもりだマリー。」

 マジシャンが改めてマリーを見ると、彼女の美しい青い目は涙が今にも零れ落ちそうなほどに湿っていた。マリーはマジシャンに抱き着きながら言う。

 「話してくれてありがとう。あなたはきっと今話しただけでは言い足りないぐらいつらいことを経験してきたのよね…。きっと私には理解できないのかもしれないけれど、今夜だけはどうか全部忘れて…?。何も考えずに私に溺れて…?。私にできることはそれだけだから…。」

 「馬鹿を言うな。マリー、君までもが重く受け止める必要はないんだから。」

 マジシャンの答えに、マリーはマジシャンの胸に顔をうずめながら首を横に振った。

 「私にも少しでいいから背負わせて…?。会って数時間しかたってないけど私、あなたを愛してしまったみたい…。」

 「そうか…。じゃぁ本当に少しだけ今日は君にもたれかかってみようかな。あいにく、君を抱いても俺はもうきっと女を好きにはなれないぞ?。」

 「それでもいい」とマリーはマジシャンの胸の中でつぶやいた。

 マジシャンはそれ以上このことに追求せず、マリーの服の中に手をまわすと胸の下着の拘束を解いた。

 「あと、実は俺も経験はない上に酔ってるもんで拙いのは大目に見てくれよ…?。」

 「うん…。」

 今度はマジシャンがマリーを抱き返し、ベッドに押さえつける形をとった。マジシャンが左手のみで抑えたマリーの両腕は枝のように細かった。マリーの首筋にそっと唇をつけると彼女は小さく体を震わせた。そしてマリーがまた口を開く。

 「キスして…?。そこじゃなくて、私の唇に…。」

 「タバコ臭いぜ?。」

 「いいよ。お願い。」

 一瞬のためらいがマジシャンにあった後、二人の唇が重なった。いつしかマジシャンの左手はほどかれ、マリーの両手はマジシャンの頬に添えられていた。

 「初めてでうまく言できるか、あなたの理想道理にできるかわからないけど、精いっぱい頑張るね。」

 「無理に気張らなくていいよ。俺だってうまくできる気はしてないからな。」

 今度はマリーの方の頭が動いて、マジシャンの唇に重ねられた。唇が離れると、マリーはシャツとショートパンツを脱いだ。小柄な慎重にはどこか不釣り合いに大きいブラのホックは外れ、肩ひもでぶら下がるのみとなっていた。マジシャンは肩ひもを外し、マリーの胸部に触れ、思わず言葉を漏らした。

 「綺麗だ…。」

 「嬉しい。」

 マジシャンの手がマリーの体の線に沿って動かされる。マリーは小さな吐息を漏らしていた。恋をするのはやめたとは言いつつも、マジシャンの体はオスとしての本能に従い自然に準備を始めてしまっていた。マリーの手が伸びてきて、マジシャンのソコに触れた。マリーが赤い頬のまま驚きの表情を浮かべた。

 「え…?こ、こんなにカタいものなの…?。」

 「さぁ?。こっちの国の男よか硬さはあるって聞いたことはあるが、比べたことはないんでね。日本人じゃ割と普通だとは思うが…。」

 マリーは依然、マジシャンのモノに手を這わせたまま、目を丸くしていた。あまりの驚きに若干酔いが覚めているようにも見えた。

 「え?。いや、だって…えぇ…?。こんな、中に鉄の棒が入ったみたいにカタいなんてことあるの…?。こんなの入っちゃったら私の体持ち上げられちゃいそう…。」

 真面目な顔で言うマリーに思わずマジシャンは笑った。

 「さすがに持ち上げる途中で芯が折れちまうよ。」

 「え!?そういうものなの?。」

 「マリー、もしかして君、ポルノの見過ぎなんじゃないかい?。」

 それを聞いたマリーの顔が良く熟れたトマトのように真っ赤になった。それを見たマジシャンは「あら?もしかして図星かい?。」と言って珍しく声を出して笑った。マリーは慌てて弁解しようとしている。

 「ち、違うわ!?と、友達が悪乗りで……、、、自分でも見てた!悪いかしら!?女だって興味はあるのよ!。」

 いっそ開き直ったマリーがヤケクソで言う。マジシャンはというと、いまだに声を出して笑っていた。そして顔を真っ赤にしてあーだこーだ言っているマリーの恥部に手を伸ばした。マリーは口を噤んでビクンと体を震わせた。マジシャンの手が触れたそこは、下着越しとはいえすでに濡れそぼっている様子だった。

 「マリー、そろそろいいかな?。」

 「えぇ…。けどまず、あなたのを見せてもらってもいいかしら…?。」

 「それもそうだな。」

 マジシャンは、一度マリーから体を離し、腰の紐をほどき下着を脱いだ。マリーはまた顔を赤くした。が、目線はマジシャンのそれを凝視したままだった。マリーの目が再び丸くなった。

 「え…?ちょっと待って…カタいのもだけど。そんなに大きいものなの…?。男の人のそれって…?。」

 「さぁね?。この国の男どもより平均は小さいんじゃなかったかな俺らの国は…。自分のサイズもあんまり気にしたことも他人と比べたこともないから基準が分かんねぇな。」

 「えぇ~…。だってこんなの入ったら私、多分子宮まで串刺しにされそうなんだけど…。てかそもそも入るの?これ…?。」

 「それもわからんね、試したこともないもんでな。」

 マジシャンが、買ってきた避妊具を探しながら答えた。マリーは、自分の手を計り代わりに、自身の下半身にあててみていた。

 「やっぱり大きくない?。だって、私のへその下ぐらいまであるじゃない…。お腹内側からえぐられそうなんだけど…。てかまず太すぎて裂けるんじゃない…?。」

 「ならやっぱやめとくかい?。」

 避妊具の箱をつまみ上げながら、マジシャンはマリーの方に向き直った。マリーは力強く首をとこに振った。

 「いいえ…。最後までちゃんとやりきるわ。遠慮しないでマジシャン。」

 マリーも手を貸して避妊具の箱を開けた。その中の一つをつまみだし、マジシャンの性器に着けた。そして、マリーが横になりマジシャンが座って向き合う、いわゆる正常位の体制になった。そのまま二人は、互いに一夜だけのはずの関係に身をゆだね、お互いの初体験をささげた。

 その日、明け方までロスの一角にあるマンションの一室からは、カーテンの隙間からこぼれるかすかな光と、肉と肉のぶつかり合う音、そして女の喘ぎ声が漏れ続けていた。

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